<3>【農英雄カルビン】英雄は畑に居る

 人は、酒と共に生きてきた。


「もっと酒を寄越せ!

 じゃんじゃん持ってこい!」


 どんな片田舎の農村にだって、憩いの場としての酒屋・酒場はあるものだ。たまにやってくる旅人のための宿屋を兼ねるものも多い。

 ただ、その日、ヨノ村ただ一つの酒場で昼間から酒をかっくらっていたのは、どちらかと言えば招かれざる客であった。


 鎧も剣も着けたまま酒場に上がり込み、食べ散らかし、呑み散らかす男どもが四人。

 山賊のような柄の悪さで、実際その精神性は人や犬よりも山賊に近いものだったが、彼らは歴とした冒険者であった。


「ったく、貸し馬も高えぜ。

 こんなクソ田舎まで出張ったんだ、その分埋め合わせて貰わなきゃ、やってらんねえよ」

「あのお、まさかとは思いますが、お代は……」

「あん?」


 酒場のオヤジは、ヤケクソ盛りの料理を持ってきたついでに、震えながら問う。

 しかし冒険者の男は、酒に濁った目で睨んで返した。


「なあ、おい。俺たち“ドラゴンクジラ団”が、どうしてこんなクソ田舎に居ると思ってる」

「あ、あの、魔物退治で……」

「そうだよ!

 村の近くにやべえ魔物が出たろ? このままじゃ畑は滅茶苦茶、てめえらも一人ずつ魔物のエサになっちまう。

 だから俺らが呼ばれたんだよ! 分かるか!? 俺たちが魔物を退治しなかったら、この村、終わっちまうぜ!?」


 人族の生活は常に魔物に脅かされている。

 冒険者とは、魔物を退治して人々を守る者だ。


「そしたらよ、命の恩人に対しては誠意ってもんが要るよな」

「そんな……」


 だがその全てが英雄的精神の持ち主とは限らない。むしろ冒険者の多くは、腕っ節以外に売るものが無い荒くれ者だった。

 村が冒険者ギルドに魔物退治を依頼して、それで派遣されてきたパーティー“ドラゴンクジラ団”も、そうだった。


 騒ぎを聞きつけた村の衆が、ざわざわと、酒場の入口から中を覗き込んでいる。

 皆、この横暴に恐れ怒ってはいるだろう。だが誰も止めには来ない。暴れられたら始末に負えないからだ。


「おぉい、厨房に女が居るぞ!」

「あっ!」


 冒険者の一人が、奥の厨房を覗き込み、そこで料理を作っていた女の腕を掴んで引っ張り出してきた。

 この食堂兼酒場兼宿屋の娘だ。


「嫌! やめてください!」

「だ、ダメです! それだけは……!」

「堅えこと言うなよ、おっさん。

 なあちょっと、もてなして貰おうじゃんか」

「とりあえず脱げ、上だけで許してやろう」


 女の悲鳴。

 酒に焼けた、下卑た笑い。


「やめとけよ」


 そこで、割って入る者があった。


 村人たちの人垣が、ぱっと左右に分かれ道を空けた。

 食堂の古い床板を軋ませ、つかつかとやってくるのは、三十代半ばほどの風采が上がらぬ男だ。

 いかにも農民らしい、土に汚れて擦り切れたズボンとシャツ姿。首からは、これまた汚れた手ぬぐいを提げて、麦わら帽子を被っていた。


「あ? 誰だテメエ」

「俺はカルビン。村の者だ」


 カルビンは真っ直ぐ歩み寄ると、あっけにとられている冒険者の手を払いのけ、酒場の娘を解放する。


「酒は悪くねえ。昼間から飲む酒ってのは格別だ。人生にゃ、そういう日があってもいいさ。

 でもな、酒を飲んで迷惑掛けるのは、よくねえよ。

 だからもうちょっと静かに飲んでくれ。な?」

「あ?」


 酔いも覚めた様子で眉間に皺を寄せ、冒険者たちは顔を見合わせた。


「どうする?」

「ちっと揉んでやれ。お前の拳なら証拠も残らねえ」

「あいよ」


 トゲ付き腕輪を着けた格闘家グラップラーが、酒場の床に唾を吐き、指を鳴らした。


「この田舎者に、都会の礼儀ってもんを教えげほあっ!?」


 その腹に、稲妻の如きカルビンの拳が叩き込まれた。

 格闘家は白目を剥き、飲んだばかりの酒を吐き戻しながら身を折って崩れ落ちた。


「……る気で立ち会ったなら、御託の前に決着を付けるべきだ。

 違うか?」

「こいつ……!」


 仲間を返り討ちにされて、冒険者の一人が激昂し、剣を抜いた。

 “ドラゴンクジラ団”のリーダー、ボルドである。


 澱んだ灰銀色の輝きを見て、見ていた人々は悲鳴を上げた。


「きゃあああ!」

「チッ。喧嘩でそんなもん抜くなよな」


 カルビンは首に掛けていたタオルを左腕に巻いた。

 何が役に立つか分からないからだ。


「この野郎!」


 ボルドは剣を振り上げ、猛進。

 さらに、悶絶中の一名を除き、仲間たちも続く。


 “ドラゴンクジラ団”は、決して弱くない。

 己の腕っ節だけで怪物どもと渡り合ってきた猛者どもだ。おおよそ中堅と言える。素行には目を瞑ろう、冒険者の平均値はこんなものだ。

 それが三人がかりで、一人を相手に襲いかかったのだ。


 カルビンは即座に、向かってくる三人の動きを見極める。

 そして、手ぬぐいを鋭く、ボルド目がけて投じた。


「あっ!」


 狙い違わぬ目隠しとなり、土色の手ぬぐいはボルドの顔にへばりつく。

 即座にカルビンはボルドの手をひっぱたき、剣を取り落とさせ、流れるような動きで自らが掬い取る。


 そして、手首を返し、切っ先と反対の堅い柄で、ボルドの眉間を強打した。


「ぐぺ!」

「うぎあ!」

「ぎゃっ!」


 残りの二名も、殴られる場所が違うだけでほぼ同じ目に遭った。

 山賊の如き男どもは、子犬のような情けないうめき声を上げながら倒れ込む。


「そら。返すぞ、お前の剣。

 斬ってないから刃こぼれはしてねえ。弁償しなくて良いよな?」

「う、うぐぐ……」

「あー、それと、ちょっと来てくれ」


 ボルドの剣を無理やり、彼の提げていた鞘に突き戻しながら、カルビンはボルドの巨体を軽々、引きずり起こす。

 そしてボルドが動けないのも構わず、酒場の外まで引きずっていった。


 そこには巨大な荷車があって、巨大な魔物が積まれていた。

 身体の形が分からぬほどに毛むくじゃらで、家ほどもある巨体で、人間など一度に二人丸呑みにできそうな魔獣だ。

 だがそいつはすでに絶命している。脳天を破砕する一撃で倒れ、最早ピクリとも動かないのだ。


 荷車から落ちないように縄で縛ったそいつを指差し、カルビンはボルドを放り出した。


「お前らの獲物ってのは、こいつでいいんだよな。

 持って帰りな」

「あ……う……」

「嘘だろ……

 ど、どう、やったんだよ」

クワで頭カチ割りゃ、大抵の魔物は死ぬぜ?

 ここまで引っ張ってくる方が大変だった」


 冒険者たちは、酔いも覚めきり、傷の痛みも忘れた様子で、唖然。

 半端者には任せられない大仕事として、“ドラゴンクジラ団”にお鉢が回ってきたのだ。だからこそ酒をたかる程度は当然の権利だと思ったわけだが。


「お前らがのんびり酒飲んでる間に俺の畑に来ちまったもんで、流石にほっとけなかった。

 お前らが退治したことにしとけ。俺も黙ってる。

 冒険者ギルドは、非加盟者の魔物退治に厳しいからなぁ」


 カルビンは肩を回して、溜息一つつくだけだ。


「じゃあな。薬草の植え付けがあるんで、俺はこれで」

「冒険者の皆さん。

 うちの村だって、ギルドにゃあ世話になってるんだ。だから顔は立てとる。仕事はちゃんとギルドに回しとる。

 だが勘違いせんでくれ。あんたらがわしらの命を握ってて、何でも好き勝手できると思っとるなら、大間違いだ」


 ひらひらと手を振ってカルビンは帰って行き、その場に居た村長が『早く帰れ』と言わんばかりの顔で釘を刺す。

 遠巻きに冒険者たちを見ている村人の視線は、もはや恐怖ではなく、軽蔑と嘲笑に変わっていた。

 だが冒険者たちはそれさえ気にならなかった。


「……ありえねえだろ」


 北風が、ボルドの呟きを攫っていった。

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