最強四人の5分間 ~S級パーティーを追放された運び屋と、古代文明の落ちこぼれ錬金術師と、引退して畑を耕す元冒険者のおっさんと、怪物に捧げられた嫁贄が(ry~
<2>【錬金術師バルトス】2000年の眠り
<2>【錬金術師バルトス】2000年の眠り
ノウレベイ大学、錬金術学部棟地下、シェルタールーム。
魔王軍の攻撃に備えて造られた部屋は、サイコロを内側から見たみたいに殺風景で、最低限の家具や生存のための物資と設備のみが置かれている。
「ふぁああ……あれ? なんで俺、こんなとこで寝てるんだ?」
その日は『11号』にとって歓喜の日だった。
組み立て式の簡易ベッドで眠っていたバルトスが、伸びをして起き上がったのだ。
「お答え致します。
バルトス様が調合された疲労回復用の
「わ!
びっくりした!」
寝起きの独り言にいきなり返事があったせいで、バルトスは飛び上がらんばかりに驚いていた。
錬金術師、と言っても色々あるのだが、その仕事はもっぱら
徹夜でVRFPSゲームをしていたというバルトスは、
そして(あってはならないことに)その途中でトイレに行って調合台から目を離し、その隙に同じ
結果としてバルトスは眠り続けていたのだ。
「おはようございます、バルトス様」
「おはよう、レイブン」
「それは正式に承認されていない愛称です」
レイブンこと『ゴーレム11号』は、律儀に訂正した。
「またリュミナイの奴かよ……
どうせ俺を
今度という今度はもう許さねえ! 一発ぶん殴ってやる!」
「それは不可能です」
「なんで!」
「リュミナイ様は2081年と7ヶ月13日前にお亡くなりになりました」
バルトスは、信じられないという以前に理解が追いつかない様子で、ぽかんと口を開けていた。
「え……?」
「バルトス様がお眠りになった晩、大学は魔王軍による軌道爆撃を受けました。
リュミナイ様は生体インプラントの破損と、その直前の身体機能停止を確認しております」
「じゃ、じゃあ、なんで俺とか……君は無事なんだよ。
つーか2081年も経ってるって、どういうことだよ!」
「奇跡的に地下研究室は難を逃れましたが、我ら、錬金術学部の備品であるメイドゴーレム五体はバルトス様と共に閉じ込められました。
学生の命を守ることは、我らにとって最優先事項の一つです。
バルトス様を治療し、目覚めさせることはできませんでしたが、幸いにもバルトス様の身体は魔法薬の効果で完全な冷凍睡眠状態にありました。
故に我らは魔法薬の効果が切れるまでバルトス様をシェルターに隠し、守るべきだという結論に至りました」
説明を聞いてバルトスは、シェルターの中を見回す。
サイコロの内側みたいに殺風景なシェルターの、その隅に、ゴーレムのパーツが整然と安置されている。
関節部で取り外された腕と足。切り開かれた腹部と頭部。出血が無いことを除けば、まるでバラバラ殺人事件だ。
パーツは四人分……いや、四体分。
そして彼女らが身に纏っていた、揃いの制服である合成アラクニド
最後に残った11号が、それをやったのだ。
「1175年目に3号が経年劣化により稼働不能となりました。
残った四体は3号の身体からまだ使えるパーツを取って自己修復を行いました。
1462年目に14号が経年劣化により稼働不能となりました。
残った三体は14号の身体からまだ使えるパーツを取って自己修復を行いました。
1507年目に6号が経年劣化により稼働不能となりました。
残った二体は6号の身体からまだ使えるパーツを取って自己修復を行いました。
1698年目に9号が経年劣化により稼働不能となりました。
残った私は9号の身体からまだ使えるパーツを取って自己修復を行いました」
インデックス化されていた記憶が、11号の
あまりにも長い時間だった。
軍用素材で造られたメイドゴーレムの機体は2000年以上の時を経ても無事だったが、その内部構造は徐々に摩耗していった。
無事なパーツを抜き取って移植し、時には簡単な加工もして補修用のパッチパーツを作った。
そして、11号だけは未だ稼働している。
「シェルター機能は私のメンテナンスにより健在です。
抗老化ライフペースト精製装置は、向こう200年以上の稼働を保証します。
おそらく、外の世界に、精製装置を作る技術と材料は既に存在しません」
「そんな、なんで、こんな……」
いきなり全てを告げられてバルトスは愕然としていたが、11号は、ただただ、誇らしかった。
バルトスを眠らせた薬の効果がいつ切れるかは、分からなかった。もしかしたら永遠に眠ったままかも知れなかった。
それでも2000年以上の間、ただただ、あるかも分からないバルトスの目覚めに備えてきたのだ。彼が目覚めたとき、命を繋げるようにと。
成し遂げたのだ。
「……11号さん?」
11号は先程から動いていない。
膝を突いた姿勢のまま、言葉を紡いでいた。
少しでも機体への負荷を減らしたかった。もはや、辛うじて動いている状態。説明の言葉すら惜しまなければならないほどなのだから。
「すみま、せ……擦り切れた導線に、魔力を……オーバーロード……辛うじて、話し……私も、もう……」
「ちょ、ちょっと! 待ってくれよ!」
「職務を全う……幸せでした」
そこで11号の意識はシャットダウンされた。
* * *
そして11号は再び、起動した。
所定のセーフブート手順を終えるや、復活したAI意識は驚きに満ちた。
「…………機能の復旧を確認。
何故……」
「よかったあああ!」
「バルトス様?」
バルトスは11号の手を取り、握手のようにぶんぶん振り回す。
その彼の背後に工具とスクラップが散乱していた。
シェルター内に置かれていた
「これは!」
「あっはっは! よっしゃ、ゴーレムを驚かせたのは偉業だぞ!」
バルトスはきゃたきゃた笑って、照れたように頭を掻いた。
「……2000年も俺のために働いてくれたレイブンを、見捨てるなんて、できねえよ。
だからさ……使っちゃった。
ごめん! 折角俺のためにずーっとメンテしてくれたのに!」
今度は11号の方が愕然とする番だった。
軽い調子でバルトスは謝っている。
だが、その決断がどれほど重いか、11号は分かっている。
唯一残った抗老化ライフペースト精製装置……これを破壊するのは、バルトスにとって、およそ200年分ほどの寿命を放棄することになる。
だがバルトスは、己の命よりも、命無き人形を救わんと欲したのだ。
仕事に関する判断は、量子魔動機頭脳によってゼロコンマの判断を下せる11号だが、情動は人と同じ速度だ。
いくつもの異なる感情が押し寄せて、11号は混乱し、
「どしたの? もしかしてまだどこか壊れて……」
「いえ、大丈夫です!
高等ゴーレムとして造られ、感情を与えられたことに……運命に感謝しておりました」
声を掛けられて11号は慌てて首を振った。
動作は十全。量子頭脳も通常駆動レベルでは不備無し。
バルトスは、辛うじて単位を揃えているような、錬金術学部の落ちこぼれであった。
そのためか錬金術師としての心得も未熟であった。……道具に過ぎないゴーレムに情けを掛けるなど、本来あってはならぬことなのだ。
だとしても11号は、その『不心得』が、嬉しかった。
「……ちなみに念のため聞きたいんだけど、解呪用の魔法薬ってある?
『幼児化』と『性転換』の」
腰の下まで届く焔色の髪と、深みがある鮮やかな翠眼を持つ幼い少女は、11号に問う。
「申し訳ありませんが、シェルターの常備薬リストにはございません」
「だよな……」
デタラメに材料を混ぜた魔法薬は危険だ。誰も意図していない効果が発現することもある。
かつてバルトス自身が着ていたはずのシャツは、今やブカブカのワンピースのように、白く細く柔らかな身体を覆っていた。
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