最強四人の5分間 ~S級パーティーを追放された運び屋と、古代文明の落ちこぼれ錬金術師と、引退して畑を耕す元冒険者のおっさんと、怪物に捧げられた嫁贄が(ry~

パッセリ / 霧崎 雀

<1>【運び屋アリオン】パーティー追放

「どけよ、ポーター。ここは冒険者の酒場だ」


 冒険者ギルド支部の食堂兼酒場は、安くて量が多い。

 冒険者たちは支部に勤務しているわけでもないのに、昼時ともなればどこからともなく集まって、食堂は大賑わいだった。


 その隅っこの席で、一番安い飯を食っていた男・アリオンを睨み付けて、冒険者アダンは言い放つ。


 全体的に筋肉濃度が高い食堂で、アリオンは柳のように細く少年のように小柄な男で、異彩を放っていた。

 一発殴れば折れてしまいそうで、『弱そうに見える』ということは、己の力を信ずる冒険者たちにとって悪であった。

 懲らしめられた悪は黙って席を立ち、プレートを手に持ったまま壁の花となって食事を再開した。


「知ってるのか?」


 アダンと一緒に食堂に来た、相方の冒険者ヨナスは、先程まで人が座っていたとは思えないほど冷たい椅子に座って問う。


「ああ。我が迷宮都市が誇るS級パーティー・“白き流星”のスタッフさ。

 ……スタッフだな。クビになったんだとよ」

「経理か何かか?」

「ポーター。荷物持ちだ」

「はぁ?

 荷物なんか収納ポーチに突っ込みゃいいだろ」

「そうそう、そうだよ。今時、一般市民パンピーでも収納ポーチを持ってる時代だってのに」


 アダンは笑って、腰のポーチを叩く。

 見た目の三倍は物が入る、魔法のアイテムだ。こういった収納アイテムが安価に出回るようになったことで、冒険者が持ち歩ける道具の量は飛躍的に増えた。

 ……そして、荷物持ちは不要になった。


 『ポーター』や『シェルパ』というのは、一部で使われていた支援職だ。

 危険地帯に侵入し、探索や魔物退治をする冒険者について回る、荷物持ちである。


 魔物を相手に斬った張ったするのだから、大荷物を抱えていては邪魔だが、便利な道具アイテムを沢山持って行けば、対応可能な状況が増える。荷物持ちは間接的に戦力となるのだ。

 一方で、支援要員など足手まといなのだから連れて行く方が面倒になるという意見もあり、実際ポーターが使われるのは一部に限られていた。ポーターを雇うような余裕がある強いパーティーほど、一般人では同行できない危険な依頼クエストを受ける、というのもジレンマだ。


 そして、それでも生き残っていた一部のポーターさえ、収納アイテムの大量生産が実現したことで姿を消しつつあった。


「時代遅れの仕事だよ。

 だからポーターは『棺桶担ぎ』なんて言われてるのさ。

 仲間の死体か、仲間が見つけたやつか、まあ、それを担いで帰るのが一番デケえ仕事だから」


 アダンはせせら笑う。

 薄暗い食堂の隅で、立ったまま飯を食うしょぼくれた姿は、ポーターという職種の現在そのものだった。


 だがそこに、思いも寄らぬ人物が駆け寄っていった。


「アリオン!

 クビになったって本当か!?」


 中年の冒険者、シルヴァだ。

 貴族的な洗練された出で立ちの男で、実際どこぞの下級貴族の、家督を継ぐ見込みも無い四男坊だったらしい。

 彼はアリオンがクビにされた“白き流星”と並ぶ、この街のトップパーティー“六勝七羽アムプトウィング”のリーダーで、誰もが一目置くベテランだ。

 それがポーター如きに声を掛けたのだから、アダンはぎょっとしたほどだ。


「ええ……

 『一日金貨二枚は高い。今日から一枚にしろ』って。

 ……それじゃ流石に生活できない」

「嘘だろう!? ふざけんな、お前は二枚でも安すぎだ!」

「シルヴァさんのとこ、どうですか」

「うちの編成にポーターは合わねえな。とにかくからよ。

 ……力になれなくて済まねえ」

「いえ、そんな……無理なお願いをしちゃって、こちらこそ済みません」


 シルヴァはまるで、我がことのように無念そうだった。

 そうしてそれから、やにわに、鋭い目をしてアリオンを見据える。


「なあ、アリオン。お前が金貨二枚で付き合ってたの、レイナルドの親父さんに恩があるからだろ。

 でも、もう、いいだろ。これ以上はもう、お前の仕事じゃねえ」


 既にアリオンは料理を食べ終えていて、是とも非とも言う様子無く、俯きがちなまま立ち去った。

 アダンとヨナスは、シルヴァの気迫がこちらまで打ち寄せてくるようで、飯に口を付けるのも忘れて話を聞いていた。


 そしてアダンがようやくフォークを手にしたとき、シルヴァが急にこちらへ向かってきて被さるように肩を抱いたものだから、二人は縮み上がる。


「ルーキーども。お前らの減らず口なんざ聞き流してもよかったんだが、一つだけジジイの説教聞いてけや。『棺桶担ぎ』を、馬鹿にすんなよ」


 悲鳴を上げてしまいそうだった。

 アダンがアリオンに言ったことを、彼はしっかり聞き咎めていたようだ。


「棺桶を担ぐってのが、どういうことか分かるか?

 仲間が全員殺されたとき、死体を安全に回収して街まで戻るってこった。全員をぶち殺した、えげつねえ魔物から逃げおおせて、な」

「は、ぁあ!? そんなことが荷物持ちにできるわけ……」

「それをできるし、やるから、あいつは『棺桶担ぎ』って呼ばれてる。

 ……古いタイプのポーターさ」


 * * *


 レイナルドは目を開けるなり、上体を跳ね起こした。


「こ、ここは……」

「おめでとうございます、“白き流星”のレイナルド様。

 蘇生は成功致しました」


 女神を描いたステンドグラスから色鮮やかな光が差し込む、静謐な礼拝堂だった。

 レイナルドは埋葬用ではない、死体運搬用の棺桶に寝かされていた。


 の記憶が頭の中で繋ぎ合わせられていく。

 レイナルドたち“白き流星”は、街の地下にある大迷宮へ深く深く潜った。

 最強のパーティーだけが到達できる深みへ、そして……


『くそ! 帰還陣リターンポートはジンが持ってるんだぞ!』

『荷物だけでも……取り返しに行くか?』

『馬鹿。蘇生のために死体も取り返さなきゃ』


 まずは仲間の一人、ジンが死んだ。

 勝てるはずの魔物に勝てなかった。レイナルドたち、残りのメンバー三人は、ジンの死体も荷物も回収できずに逃げ出した。

 ジンは魔術師ウィザードで、一歩引いた場所から魔法を使うのが役目だった。怪我を負う回数自体が他のメンバーより少なく、そのため重要な荷物はジンに持たせていた。

 迷宮から街へ転移するための『帰還陣リターンポート』は、今までポーターに預けていたが、それもジンに持たせた。結果、ジンと彼の荷物を失った時点で、レイナルドたちは大迷宮の地下三十二階から脱出できなくなった。


『いぎああああああ!! 痛え! 痛えよおおお!!』

『回復魔法が効かない……!』

『こ、こんなマイナーな毒の解毒薬がっ……必要に、なるなんて……』


 次にニコラが死んだ。

 単純な、毒ガスが噴き出す罠だった。しかし魔物に追われながら罠を回避する余裕は無く、罠を探るアイテムも持ってきていなかった。……アイテムによる罠探知は誰でもできるが精度が悪い。持ち歩くアイテムを減らすなら、切るべき対象だった。

 罠は単純だが、毒は悪質だった。ニコラは悶え苦しみ、腐った内臓混じりの血を吐いて死んだ。 


『……ァ…………』

『ローザアアアアア!!』


 そしてレイナルドが最期に見た光景は。


「ろ、ローザ! ローザの蘇生は!」


 四本腕の獣巨人の爪に貫かれるローザを、レイナルドは確かに見た。

 そして直後にレイナルドも死んだ。


 レイナルドの棺桶と並んで、もう一つ、棺桶が置かれていた。

 そこにもはや死体は無く、焼け焦げた灰がこんもりと収められていた。蘇生魔法に多重失敗した死体のなれの果てだ。

 引き裂かれて乾いた血の付いた、もはやボロ布としか言えないローブの残骸が申し訳程度に畳まれて、灰の山の上に置かれていた。


「……発見者によると、ご遺体の半分ほどしか回収できなかったとのことで……

 力は尽くしましたが……申し訳ありません」

「あ、ああああああああ!!」


 レイナルドは棺桶に縋って泣き崩れる。

 滴る涙が灰の山を穿った。


 “白き流星”は駆け出しの頃、全滅を経験していた。

 その時は全員が蘇生に成功した。

 『全員の死体を担いで帰ったのだ』と、確か、アリオンは言った。実際は通りすがりの冒険者に助けを借りたのだろうと思ったが、それでもレイナルドは礼を言った。

 そんな、還らざる思い出が、何故だか克明に浮かんできた。

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