第25話 会談の終わり
ひとしきりの沈黙のあと、エスペランザはバルビローリに語り掛けた。
「詫びなければならないことがある」
「なんだ。魔王が詫びるなど前代未聞だ」
エスペランザは苦笑した。しかし、話し始めた口調は真摯なものだった。
「お前の家族のことだ。ごくたまに食事をすることはあったが、執務を言い訳にほとんど会わずに済ませてきた。
特に王妃には寂しい日々だったと思う。ようやく戻ったのだから労わってやれ」
「それはそうなのだが、あまりに久しぶりでどう接したらいいか戸惑っている。
彼らに実はこうでしたとも言えないしな。少しずつ以前に戻れればと思っている。その方が自然だろう」
「そうだな、それでちょうどいいのかもしれない。あとは本題か」
エスペランザは切り出した。
「どうしようかと思っている。これは相談になるが」
バルビローリは難しい顔で条件を提示した。
「国境の森を割譲するがどうだ」
「あれはもともと魔族領だった土地だ」
「自力で奪い返すというのなら受けて立つが、いつになるかわからないぞ」
バルビローリはニヤリと不敵な笑いを浮かべた。
「そちらこそ痩せ我慢はたいがいにしろ。捕虜は助けたい、金はないというのはお見通しだ。我は昨日まで皇帝だったのだからな」
「やりにくいことこの上ないな」
「しかし、こちらも困っている。四天王が失策の汚名を返上しようと、帝国侵攻を提案してきた」
「それは自業自得だろう」
「今回の帝国の攻勢は皇帝の発言力を守るためのものだ。結果的にはお前のためになったんだぞ」
まあ、それもそうかとバルビローリはつぶやいたが、二人はしばらく黙り込んで考えを巡らせた。
「仕方がない。仮病でも使うか」
とバルビローリは言った。
「帝国軍の指揮権を利用するということだな」
「作戦指揮を皇帝に握らせるとは、エスペランザらしい。実力主義の魔族でないとその発想はないな」
「皇帝には元勇者としての功績があるからな。
貴族も同盟国も反対するまいと踏んだのだ。それに魔王討伐に関して最も詳しいのは皇帝だ」
「しかし、そうはいっても帝国領に侵攻されたとなると、同盟国や貴族がうるさい。
抑えられるのはせいぜい二日三日だろう。それで王国国境付近まで進軍できるか」
「森は首長国の駐留軍と帝国軍に挟まれては分が悪い。物理防壁を使っても、あの魔術師クレイに出てこられると厄介だが・・・。
ふむ、あのクレイを使って一時的にでも防壁を破り四天王の一人を捕えるというのはどうだ」
エスペランザはそう言ってバルビローリを見た。
「そんなことが可能か。あの四人はどれも帝国軍が手を焼く連中だぞ」
バルビローリはそう言ったがエスペランザは一考の後、つぶやいた。
「ラーラであれば可能性はある」
うむ、とバルビローリは顎に手をやった。
「あとのことを考えると心配だが、他の三人となると難しい。ラーラは決して弱くはないが頭脳派だ。考える時間さえ与えなければいい」
「それはわかる。それゆえ軍での戦闘ではなく作戦参謀に当てた。あれは本当に頭が良いからな」
バルビローリもラーラを思い浮かべ、少し表情を硬くした。
「捕らえられたとなると、自裁してしまう可能性がある」
「我が出陣の命令の際に決して死んではならないと言い含める。
万が一捕えられても我が必ず救い出すと伝えれば、思いとどまるだろう」
「そう願いたいな」
二人はラーラを何としても死なせたくなかった。感情が豊かで健気なラーラを二人はよく知っていたし、常に見守っていたのだ。
「とにかく停戦のタイミングがすべてだ。ラーラを捕えたら即時停戦を申し入れる」
「そこで国境の森の割譲とラーラと帝国兵の捕虜の交換で手を打つということだな」
計画はできたが、その困難さに二人はともに重圧を感じていた。何よりラーラのことを考えると気が重かった。
バルビローリはエスペランザにこう告げた。
「ラーラの待遇は捕虜ではなく賓客として扱い、私が会って話をしよう」
それを聞くとエスペランザは頼むと言ってバルビローリを見た。
「その代わりと言っては何だが、森の割譲の条件として帝国とは向こう十年の停戦を約束しよう。
しかし、これは我とお前の密約だ」
「悪くない申し入れだ。せいぜい同盟国から絞りとるとしよう」
では戻るとするか、とエスペランザはバルビローリに言った。
会談を行ったことになっている部屋に戻ると、エスペランザはバルビローリに魔石が埋められた指輪を取り出した。
「これを渡しておこう。これがあれば誰にも悟らせず我と会話ができる」
バルビローリは受け取ると指にはめたが、すぐに透明になり見えなくなった。
「これがあれば機会を失わず停戦ができる」
うむ、ではさらばだ、バルビローリよ。
また、会おう。エスペランザ。
二人は背を向けると部屋を後にした。
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