第26話 魔族侵攻

 会談の決裂は帝国並びに同盟各国と魔族領に衝撃を与えた。

 そして、今一つの問題は王国宰相アレクの逮捕だった。

 同盟各国には王国の帝国への諜報活動を公開し、事件については帝国と王国間で解決する旨を通達した。無用な干渉を避けるためである。

 いうまでもなく首長国、諸国連合はこれに同意し、不干渉を表明した。


 王国では女王がジレンマに陥っていた。

 宰相の指示ではないと言えば、宰相の立場は守られるが、そうなると誰が指示したかは明らかである。そうなれば女王は国内の反女王派の批判にさらされるばかりでなく、同盟国との関係も悪化する。

 事件の解決は二国間の問題だが、他の二国にも王国による諜報活動がなされた疑いが生まれるからである。


 帝国では宰相ルーベルが重大問題を一度にかかえ神経が磨り減る思いで過ごしていた。

 しかし、皇帝はというとそんなルーベルの心配をよそに

「なるようにしかならんだろう」

と言っていた。

 ところが会談を終えて三日後、皇帝は急に具合が悪いと伏せってしまった。

 医師が診察をしたが原因は不明とのことだった。

 これには王妃をはじめとする側妃、皇子、皇女も心配し世話を申し出たが、前回と同様、面会も許されず気をもむばかりだった。


 そんな中、執務を行っていたルーベルのもとに緊急の連絡が入った。

 魔族軍の侵攻である。

 ルーベルは急ぎ皇帝の下に向かったが、医師から面会は許可されなかった。

 近衛師団長もルーベルの下に参じたが、軍の出動に関する命令はなかった。

 一計を案じた近衛師団長はメストを動かし、第一皇子カールに皇帝の面会を願うように要請した。

 カールは宮中に参じるとルーベルに迫った。

 しかしルーベルは、軍の出動は皇帝の命令が無くてはできない、とにかく陛下の容体が回復するのを待つしかないというだけだった。


 魔族軍は一日で森の半ばまで進軍し、このことは同盟各国に伝わった。

 これと同時に帝国皇帝は病に伏しており、帝国軍は動けないことも知らされた。

 これにもっとも混乱したのは王国だった。

 女王は『紋章』に出動を命令したが、女王の護衛はできるが魔族との戦闘は難しいと進言され、怒声を浴びせると『紋章』を反逆者として彼らを牢につないだ。

 その上で、女王は帝国に保護を通達したが、帝国皇帝は病床に伏しており、帝国軍は動かせないとの返答を受けた。

 これを知った王国貴族や商人は国外に逃れる準備をはじめ、これが王都の住民に知られることとなり、市中は大混乱状態に陥った。


 魔族侵攻から二日目の夕刻、皇帝の容体が回復したとの医師からの知らせを受けてルーベルが代表として面会することになった。

「勇者とカール、ロレーヌを呼べ」

 バルビローリはベッドに横たわったまま、そう告げた。

 皇帝の下にはせ参じた勇者クレイ、第一皇子カール、剣聖ロレーヌは病床のバルビローリから命令を受けた。


 バルビローリは告げた。

「勇者クレイと聖女アンヌは近衛師団共に王国に向かい、魔族を国境で迎え撃て。王国の民を守るのだ」

「陛下、たとえこの命に代えても魔族を押し返して見せましょう」

「いや、必ず生きて帰れ。これは皇帝の命令だと心得よ」

 はっ、必ず生きて朗報をお伝えますとクレイは答え、一礼した。


「そしてカール、ロレーヌよ。お前たちは首長国に駐留している帝国軍の師団と協力し、リヒトと魔術師団を率いて魔族を挟撃せよ。そして魔族第二軍を指揮する四天王の一人ラーラを捕えよ」

 剣聖ロレーヌはこれを聞き、皇帝に進言した。

「ラーラは私がお相手いたしましょう」

「わかった。ロレーヌ、お前に任せよう。

 カールはリヒトと協力し、二軍と三軍を分断せよ」

 カールはそれを聞くと首を垂れて言った。

「出陣を命じられたこと、感謝に堪えません」

 うむとバルビローリは頷き、ベッドの脇に跪くカールの肩に手を置いた。

「頼むぞ」

 バルビローリのその声にカールは涙がこみ上げた。

 一同は立ち上がり「では、参ります」と一礼し、皇帝の部屋を後にした。


 勇者クレイと聖女アンヌ、近衛師団は王国に急ぎ向かい、帝国軍と魔術師団、カール、ロレーヌは森に進軍、その道中で作戦を確認した。

 リヒトと魔術師団は森を囲う物理防壁に攻撃を続け、これを一部でも破壊したらロレーヌを先頭に第二軍に向かい、魔術師団を防衛するとともにカールが魔族三軍に攻撃を仕掛ける。

 この間に首長国側の物理防壁を破壊し、首長国軍を森に進軍させて二軍と三軍の間を分断する。ラーラを捕縛したのちは全軍速やかに撤退する。

 この作戦指示には理由があった。

 魔王の強力な物理防壁をリヒトら魔術師団が破壊し続けるのには、時間的な限界があったからである。

  

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