第24話 会談の始まり

 帝国軍と魔王軍は、国境で会談を行うために設けた建物を囲むように陣を構えた。

 それは雪も解け、春の香りがする頃だった。 

 魔王と皇帝は建物に入ったが、すぐに魔王の転移魔法によって、別の場所に移動していた。そういうわけで、実際には二人以外は蚊帳の外なのだが、気づかれなければ問題はない。

 わざわざそんなことまでしたのは、二人が話を聞かれることを恐れたからだった。


 まず、口を開いたのは皇帝バルビローリだった。

「間違いなくエスペランザだな、この転移魔法はあの闘いの時使ったものだ」

 ふふっと笑うと魔王エスペランザは頷いた。

「それを知るのはバルビローリだけだ」

「それにしても、驚いた。再び入れかわる日が訪れようとは」

 そのバルビローリの言葉には喜びの中にも複雑な思いが感じられた。


 皇帝バルビローリと魔王エスペランザは、十年前の戦いで相打ちになった時にのだった。

 それが今回不慮の事故で再び入れ替わったことで姿のである。


「十年という歳月は短くない。目が覚めた時はまるで十年前同様、知らぬ連中に囲まれていると思って動揺した」

 エスペランザはそう言って苦笑したが、バルビローリも同じだった。

「まこと、神の悪戯とすれば手が込み過ぎだ」


 移動してきた山中に広がる草原をバルビローリは見回した。

「ここはあの闘いの時に来たところだな」

「ああ、闇で覆った転移魔法で来たところだ。あそこであれ以上戦うのは危険だったからな」

 エスペランザは遠い目をしてそう言った。

「両軍の犠牲を避けたのだな。しかし、最後の魔法には驚いたが、そのあと傷ついた自分が目の前にいるのを見た時には混乱した」

「ああ、今思えば笑い話として語れるが、あの時は何が起こったのか見当もつかなかった」


 十年前のこの場所で起こったことは二人にしか知りえぬことだった。

 重傷を負った上に入れ替わった二人は、何とか生き延びるために手を結び、皇帝バルビローリは魔王エスペランザから転移の術の詠唱を教わり、エスペランザを帝国に自分を魔王領に転移させたのである。


「転移の詠唱を思い出せてよかった。覚えたての時に使っていたくらいで久しぶりだったからな」

「教えてもらったのは良いが、あの時はお前を転移させた後はもう魔力もわずかだったようで、自分を転移させた後は気を失った。思い出すだけでも冷や汗が出る」

 その時に感じた孤独と不安をバルビローリは心の中で蘇らせていた。


「せっかくマスターした魔法が使えなくなってしまったな」

 エスペランザはバルビローリにそう言って笑ったが、すぐに真顔になると訊ねた。

「あの時、なぜ、我を殺さなかった」

 その問いにバルビローリは腕を組むと目を閉じた。

「ほんのわずかな違和感があったのだ。それまでの戦いでは感じなかった何か作為のようなものかな。それであの瞬間わずかに剣先を逸らせたのだ」

「うまくやったと思ったのだがな」

「俺はもともと駆け引きや損得勘定は得意なのだ。

 田舎貴族の次男でなど庶民と変わらないからそういう場面には慣れていた。

 それに使い捨ての勇者になるつもりはなかった。バカバカしいからな」

 バルビローリとエスペランザは答え合わせをするように会話を続けた。


「聞きたいことはまだある。四天王を考えたのは、お前かそれともゴラムか」

 それをきくとバルビローリは、それよと話し始めた。

「俺が提案したのだが、その時のゴラムの頑固さには参った」

 エスペランザはそうだろうというように頷いた。

「だが、俺はやられたことを逆手にとって詰問してやらせた。

 魔族軍は組織として機能していないから今回のようなことになった。

 お前が責任を取って侍従となり、四天王を選抜して軍を再編しろと命じた」

「おかげで帝国軍は歯が立たなくなったのだ」

「しかし今回は参った。特にあのリヒトという魔術師だ」

 バルビローリのその指摘にエスペランザはそうだろうと、誇らしげに話し始めた。


「魔法の重要性を宰相に説いて魔術師の育成と魔力の研究をするように命じたのだ。時間はかかったが、ようやく役に立つようになった」

「以前は兵を強化するだけのためにしか魔法は使えなかったが、今は戦術として使えるのだな」

「あのリヒトは別だが、魔族ほどの魔力を持つ人間は少ない。しかし、その魔力を集めて溜める装置を開発すれば、色々なことに応用できると思ったのだ」

「魔石を使った魔力蓄器か。あれは素晴らしい」

「まさか魔王に戻るとは思わなかったからな、失敗した」

 エスペランザは苦笑したが、バルビローリは即座に否定した。


「よく言うわ。魔族の優位はあれくらいでは覆るものではない。

 しかし、これからも帝国が研究を続けて発展させれば抑止力にはなるし、そうなれば、無益な争いをする必要は無くなるだろう」

 そのバルビローリの言葉には、エスペランザも深く頷いた。

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