第23話 王妃カトリーヌ

 カールが王宮に着くと、カトリーヌはそれを聞きつけてやってきた。

「カール、一体どこに行っていたのです」

「これは母上。なに、新しい良い香りのバラをみつけました。このところはそれに夢中でした」

 王妃はそれを聞くとまったく、というようにため息をついた。

「また、お前はそんなことを言って。いつになったら陛下のお役に立てるようになるのです」

「さあ、それは父上の慧眼に任すまで。皇帝陛下は優秀な人材を逃さぬと言われておりますからな。

 すみませんが母上、これから重要な要件がありますので、お話はいずれゆっくり伺います」

 カールはにこやかに王妃を抱きしめると、ではと言って回廊を歩き始めた。


 すると今度はアランがやってきて、カールの腕を引いてゆく。

「どうしたアラン、俺はこれからルーベルに会いにゆかねばならぬのだ」

 その言葉にアランはえッと驚いた表情を浮かべたが、それでも強引に応接室に引きずり込んだ。

「兄上、少しは王宮に来てもらわないとこまります。王妃様のお話相手になるのに僕とテレサだけではどうにも困るのです」

 これにはカールも申し訳ないようにアランを見ると肩に手を置き、すまぬと言って頭を下げた。

「しかしなあ、何か話題とと言っても、母上の喜びそうな話はないのだ」

 頭をかきながらカールは苦笑した。


「つまらない王宮の噂で私が帝位をうかがっているなどと言われているのです。そんな中で王妃様に会うのは針の筵にいるようなもの・・・」

「迷惑なことだ。しかし、今しばらくの辛抱だ。今日は久しぶりに父上にも会う。そうなれば、少しは状況も変わるだろう」

「本当ですか」

「うむ。それからテレサは元気か」

 カールは口元に笑みを浮かべると訊ねた。

「ええ、でもこのままだと兄上は忘れられてしまいますよ」

「それは困る、可愛い妹に知らぬ顔をされるのは嫌だからな。と言っても、またしばらく忙しくなりそうなので、お前からよく言っておいてくれ」

 アランは仕方ないですね、と言いながらも久しぶりに兄のカールに会えたことが嬉しかった。

「では、また後日」

 そう言ってカールは部屋を出て行った。


 カールが去ったあと、アランはそのままそこに佇んでいたが、そこにカトリーヌが入ってきた。

「アラン。カールとは何を話していたのですか」

 背後から急に声を掛けられ、ビックリしたアランは少し飛び上がった。

「ごめんなさい。驚かせてしまったわね」

 アランは振り返り、おかしそうに笑うカトリーヌを見つけた。

 少しばかり緊張しながらもアランは答えた。

「兄上もお茶会に出てくださいとお願いしました」

 それを聞くとカトリーヌは首をふって寂し気な表情を浮かべた。

「あの子は来ませんよ。私を避けていますから」

「そんな」

「いいのです。たとえ口うるさいと思われても母というものは、子供を放っては置けないものですから」

 その言葉にアランは母ナタリアを思い浮かべた。


「兄上はわかっておられると思います。もしもカトリーヌ様が何も言わなくなったら、兄上はきっと心配なされます」

「だといいのですけれど・・・。

 あと、帝位争いの噂などあまり気にする必要はありませんよ。皇帝陛下のお言葉があればそれでおしまいですし、私はあまり関わりたくないのです。

 王妃という立場上厳しくはしてしまいますが、母としてはカールの人としての将来の方がずっと大事なのです」


 アランは王妃に近寄り跪いた。

「私はずっと兄上を尊敬し、憧れておりました。それは兄上がご自分の考えを持ち行動できるお方だと思っているからです。

 今の私の力では兄上を守る盾にもなりませんが、それでも兄上のためでしたら一命を捨てる覚悟でおります」

 カトリーヌはアランの頭を優しく撫でると語りかけた。

「命は大切にするのですよ。あなたがカールのために死んでもしまったら、カールは自分を許さないでしょう。ナタリアもソフィアもテレサも悲しみます。

 私たちは家族です。帝国を預かる一族であったとしても、誰がか死んで喜ぶ者は誰もいないのですよ」

 はい、とアランは答え、涙を浮かべた。

 そして思い出したようにカトリーヌに告げた。


「そう言えば、先ほど兄上はルーベル様に呼ばれ、皇帝陛下に会われるとのことでした」

「それは本当ですか」

「はい、何か大変お急ぎの様子でした」

 そうですか、とカトリーヌは何か考えているような様子で黙り込んだ。

 アランは何があったのでしょうか、というようにカトリーヌを見た。

「そのことはいずれルーベルにでも訊ねてみましょう」

 カトリーヌはそう言うと、ナタリアとソフィアにも近いうちに会いたいですね、と微笑むと、応接室を出て行った。

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