第22話 魔王への親書

 ゴラムは国境に帝国軍が近づいていることを聞くと、すぐさま魔王エスペランザに伝えた。

「規模はどれほどだ」

「それが先ほどの侵攻とは比べ物にならないほど小さいとのことです」

「それは例の件の使者だろう。部隊は護衛だ」

 魔族領内でも、帝国兵の捕虜の件は解決すべき懸案だった。

 それと言うのも、特に両陣営で扱いに関して取り決められたものは無く、だからと言って粗略に扱うのはいらぬ火種を撒くことになる。

 あくまで魔族は魔族領を守ることが重要だったからである。侵攻する口実は与えないのが、魔族の正義だった。

 それゆえ、魔族領では帝国兵の扱いには慎重で、魔王自らこれを厳しく言い渡していた。

 その真意は、人間如きは魔族の敵ではないという矜持がさせるモラルのようなものだった。


「おそらく親書をいつものごとく魔法鳥で届けるつもりだろう。国境の兵にそれが来たらすぐに届けるよう伝えよ」

 はっ、とゴラムは応え、一礼して魔王の私室を出て行った。

 まもなく届いた親書には、こうあった。


 魔王エスペランザに告ぐ。

 先の戦いにおける捕虜の開放について会談を希望する。

 条件は会談で開示する。

 

 四天王諸君の健在を祈る。


 そのあとに皇帝バルビローリの署名があった。


 四天王の下りを読んだエスペランザは頷き、返信をしたためた。


 帝国皇帝バルビローリに告ぐ

 会談に異存なし。

 条件は会談で開示する。


 優秀なる魔術師の活躍に敬服す。


 魔王エスペランザと署名した。


 国境で待つ使者を護衛する部隊は、魔法鳥によって魔王の返信を受け取ると至急王都に戻った。


 皇帝は魔王の親書を見て、頷いた。

 優秀なる魔術師に敬服す、の所で微かに笑みがこぼれた。


 皇帝は、ルーベルを呼んだ。

「カールを探し出し、参上するよう伝えよ。これは皇帝の命令だ」

 ルーベルはこれに驚いた。

「承知いたしました。しかし、なぜ、カール殿下をお呼びに」

「ちょっとした会合に随行させるためだ」

 皇帝はどこか楽しそうにそう言った。

「とにかく至急参上するよう。それからロレーヌも呼べ」

「ロレーヌ様もですか。しかし、ロレーヌ様は参上されるでしょうか」

「今度は必ずくる、はずだ」

 ルーベルは第一皇子と剣聖を呼ぶ意図が全く分からないまま、護衛兵を呼び出すと要件を告げた。


 その後すぐに例の部屋に来るように言われてゆくと、皇帝は地図を広げていた。

「陛下、何をお考えなのですか」

「親書を送った」

「王国にでしょうか」

「何を言っておるのだ。魔王にだ」

 ルーベルは一瞬何を皇帝が言っていることがわからず混乱して聞き返した。

「魔王にですか」

「そうだ。すぐに返信もきた。懸案としている捕虜の交渉をするためだ」

「陛下自ら行かれるというのですか」

「止め立ては無用だ」

 ルーベルはそれでも皇帝を止めようとしたが、目を閉じてジッと腕を組む皇帝を見ると、一つ深く息をすると口を開いた。


「そこまで言われるのであれば、何も申しますまい。しかし、交換する捕虜はもちろん金も足らない。一体どうするおつもりです」

「だから、行くのだ。もちろん皇帝が出向いたからと言って、足らぬものが埋まるわけでもない。しかし、ここはひとつ思案のしどころだ。

 魔族もとっても我が帝国にとっても損のない取引を持ち掛けてみるまで」


 目を開けた皇帝はルーベルがかつて見たことのないほど、老練な一筋縄では行かない表情を見せていた。

 ルーベルは、皇帝はすべてを話す気はないのだと悟った。

 もしも、それを自分に話せば止められることがわかっていたからだ。

「人の命に代えられるものはない」

 皇帝はそれだけを言って立ち上がり窓に向かい、はるか向こうにかすかに見える国境の森を眺めていた。

 

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