第21話 王国特使の告白

「アレク殿自ら特使に来られるとは、何かありましたかな」

 宰相ルーベルはアレクの表情からただならぬ緊張を感じていたが、それを感じないふりをしていた。

「私が参りましたのには少々お願いがあると思っていただければ、お話もしやすいのですが」

と、アレクはルーベルに目配せして、一葉のメモを手渡した。


 ルーベルはこれに目を落とすと、無言で承知したというようにアレクを見た。

「では、これから王の間にて皇帝陛下に謁見され、女王陛下からの親書をお渡しされると良い」

 そう告げると謁見の間へとアレクを導いた。ドアの外にいる護衛兵士にルーベルは何か耳打ちすると、そのままアレクと共に謁見の間へと歩いて行った。


 魔獣討伐から帰還したリヒトは、王宮で魔獣討伐の報告書の作成をしていた。

 そこに護衛兵から、すぐに宰相の下に参上せよという伝言があった。

 即座に用意を整え、参上すると謁見の間から出てきたルーベルは、よく来たと言い、防諜結界を展開した。

「何かありましたか」

 リヒトは年に似合わない落ち着いた様子でルーベルに訊ねた。

「ちょっとしたネズミの駆除をやってほしいのだ」

「どこから入り込んだものですか」

「王国だ」

「承知しました。で、どのようにいたします」

「少々訊ねたいこともある。しかし、容赦は無用だ。これはすでに外交的な違反行為だからな」

 リヒトは一礼し、部屋を出てゆくと通信魔法で諜報部に指示を出し、自らも広域探索魔法の網を広げた。そしてその座標を部下に示すと、罠で捕らえよと命じた。


 彼の探索は細密を優先すると王宮内が限界でそれ以上の広さは帝国各地域に設置された諜報部の魔法探査装置で対象を検知していた。


 しばらくするとルーベルは謁見の間に戻り、皇帝に何か耳打ちした。

「アレク殿、お話を伺いましょう。念のためこちらで」

 ルーベルは玉座の背後にある隠しドアを開けると導いた。


 王国の宰相アレクを通した部屋は完全防諜魔法で覆われていた。

 術式内部の暗号は八桁の数字で、これを解除するには帝国の暗号解読班でも最低三か月はかかると言われたものである。帝国以外の国ではここまでの機密防衛システムはないので破られる可能性はほとんどない。

 そこでアレクによって語られた話は、皇帝とルーベルの想定内の話だった。

 ただ、一点違うのはアレクが帝国に亡命を希望したことだった。


「それほどまでに王国で危険な立場になっているのか」

 皇帝はアレクにそう訊ねた。

「私はいくつかの理由を挙げて帝国の供出金には応じるよう女王には進言したのですが、ことごとく反論され聴き入れられませんでした。

 やむなく、私が帝国を説得するというので、特使として参った次第です」

 皇帝はルーベルと目を見合わせて笑った。

「女王はさすがじゃじゃ馬と言われるだけのことはある」

「私が亡命を希望しましたのは、女王に反論したというだけではなく、近年、女王の配下の『紋章』という組織の支配が強まっているためです」

 アレクは皇帝とルーベルに怯えを隠す様子もなかった。


「では、今回のネズミもその手の者ですか」

 ルーベルが訊ねるとアレクは首を横に振った。

「あれはおそらく国の情報収集部隊でしょう。『紋章』にも関係はしますが、管轄は別の組織です。

 『紋章』は女王直属の反逆者を捕えるための組織でしたが、今では女王の意に背いた者を秘密裏に暗殺する組織に変わってしまいました。

 最近では有力貴族ですら、彼らの標的になりつつあります」

「なるほど、いずれその『紋章』のトップはあなたにとって代わるつもりか」

 そうなってもおかしくありません、とアレクは青ざめた顔で頷いた。

 皇帝はそんなアレクに柔和な表情で、安心されよ。我が国に『紋章』が侵入することはない、と告げた。


「とりあえず諜報の件を利用させてもらおう。

 アレク殿の差し金で行われた諜報活動だとして、帝国は貴殿を逮捕し拘留する。

 もちろん帝国は貴殿の亡命の申し出は受け入れるし、いずれ王国とのパイプとして役に立ってくれればそれでよい。どうかな」

 アレクはそれを聞くとホッとしたように明るい表情になった。

「そのようにしていただければ幸いです。しかし、供出金の交渉の件はどうなりますか」

「どうでもいい。王国が同盟を離脱するというのであればすればよい。

 女王は言わなかったかな、商売は国策とは別と」

 アレクは、あっと声を上げた。

 それを見てルーベルは皇帝に冗談がきついですな、と苦言を呈した。

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