第20話 剣聖ロレーヌ
ロレーヌが屋敷に帰ると、執事のフランがメスト様からお便りがありましたと、魔術封蝋のついた手紙を差し出した。
従者に鎧を外させ、衣装を改めると急いで手紙を開けた。
それには翌日訪問するので屋敷に居ろと書かれていた。
「メストが来るそうだ、明日は出ない。それから明日の晩餐にはメストの分も頼む」
フランはかしこまりました、と一礼し下がった。
しかし魔術封蝋とは相変わらず用心深い、とロレーヌはメストを思い浮かべて口元を緩めた。
翌日、メストは十数名の護衛付きでロレーヌの屋敷を訪問した。
「少しばかり大げさではないか」
ロレーヌはあきれたようにメストに言ったが、メストのあとに続いて馬車から降りた青年を見ると、ロレーヌは即座に跪いた。
「殿下、お久しぶりでございます」
「そんなことはしなくていいですよ。今日は冒険者カールとしてきましたので」
ロレーヌは「何と」と顔を上げると、カールはロレーヌの腕をとり立たせた。
「お尋ねしたことは色々ありますが。どうぞ、中へ」
ロレーヌはそう言って、屋敷に招き入れた。
「弟子は皇帝の命令以外にはとらないというのが信条というのは知っているが、それを破ってほしいのだ」
メストがそういうと、ロレーヌは笑って首をふった。
「あれは弟子希望を断る方便だ。誰の命令だろうが見込みがなければ取らない」
「全くわがままな奴だ。皇帝陛下も先日は勇者の件では渋面をしていたぞ」
「近衛兵との訓練を陰から見ていたが、あれではまだ私の言うことがわかる段階ではない」
それでは仕方がない、とメストはしぶしぶ頷いた。
ロレーヌはカールをみると首を傾げた。
「しかし、殿下が弟子にというのはいささか合点が行きません」
そこでカールは口を開いた。
「私の望んでいるのは単なる訓練ではなく、剣士としての道を究めたいのです。
皇帝が勇者であった時、その背を預けられる者はロレーヌのみと言われたと聞き及んでおります。
それゆえこうして弟子として修業をさせてもらいたく参上しました」
ロレーヌはこれを聞くと剣を取り、表に出ましょうと言った。
剣聖とロレーヌが言われたのはその剣技の巧みさと強さもさることながら、持久力に特化した魔法を使えたからだった。
通常の人間では疲労のために訓練にも限界があるが、ロレーヌはその疲労を無限に近く回復する魔法を体得していた。
実は皇帝も冒険者であった折に、ロレーヌのこの能力を使って、限界まで訓練したことで勇者としての能力を発現させたのである。
ロレーヌはこの持久力と勇者に次ぐ剣技によって、敗走した帝国軍の殿を務めることも出来たのである。
ロレーヌは、いずこなりとも攻撃をされよ、とカールに告げた。
猛然とロレーヌに襲い掛かったカールはそれを受け止められると、隙をつくロレーヌの刃を受けて素早く下がり、間を置かず突進してくる。
速い!ロレーヌはその動きを見切りつつも感動していた。
まるで背後に目があるように防いでは攻撃し、連続攻撃を避けるように身を引き、間断なくまた攻撃を繰り出してくる。
呼吸も乱れず、攻撃もぶれることなく一点を突いてくる。
その剣の勢いは、盟友であり近衛師団長だった頃のメストを思わせるものだが、若き日の皇帝の剣筋にも似ていた。
それでも剣聖ロレーヌは「ここまでか」と呟くとカールの攻撃の出ばなを制して剣を叩き落とした。
その速さには立会人として見ていたメストも、おおっと声を上げたほどである。
カールは一瞬なにが起こったのわからなかったが、地に落ちた剣を見てやっと口を開いた。
「参りました」
ロレーヌはカールの剣を拾い上げ、それを満面の笑顔で渡した。
「参るのはこちらの方です。剣技もさることながら、その美しさには参りました」
「ご冗談を」
カールは恥ずかしそうに腕で汗を拭くふりをして顔を隠した。
「弟子の件は承諾しましょう」
「本当ですか」
「ただ、条件があります」
「なんでしょう、私ができることであれば何なりと」
ロレーヌは一瞬のためらいのあと、直立して待つカールに告げた。
「王宮主催の舞踏会で私をエスコートしてください。それから私がもういいというまでダンスに付き合って頂きます」
これには聞いていたメストも驚いたが、すぐにクックと笑い声をあげた。
「笑うなメスト。これでも若い時は王宮の薔薇と言われたこともあるのだぞ」
「しかし、陛下の誘いでも乗らなかったお前が、なぜ、カール殿下を」
ふふん、とロレーヌはメストを鼻で笑った。
「陛下では王宮の薔薇には花瓶にもならぬ」
「それは不敬だぞ」
「男女の間に敬も不敬もあるものか。全く野暮なことをいう。
だからお前はモテなかったんだ。メリッサもあんなにきれいで引手数多の聖女だったのに、こんな奴と一緒になるとは」
ロレーヌ目を閉じて大げさに頭を振った。
カールは二人のやり取りに我慢できず、声を上げて笑った。
「殿下も笑いすぎですぞ。言っておくがロレーヌよ、男は顔ではないのだ。心が綺麗であれば、聖女もなびくということだ」
カールはそれを見て、帰ったらその言葉メリッサ様にお伝えしましょう、と冗談めかして言うと、このことはあれにはどうか内密に、とメストは慌てて懇願した。
ロレーヌはこれを見ると、鬼のメストも聖女メリッサにはかなわぬということか、と破顔一笑した。
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