第19話 勇者の報告

 皇帝は勇者の謁見の希望を聞き、すぐに謁見の間に出向いた。

 勇者クレイと魔術師リヒト、聖女アンヌは皇帝を迎えると跪いて首を垂れた。

「魔獣の駆除、ご苦労であった。もうそのような形式ばったことは無用だ」

 そう言って、ルーベルを呼ぶと、例の部屋に通し、三人を座らせると紅茶と菓子をふるまった。


「陛下に取り急ぎ報告したいことがあり、参りました」

「おお、何かあったか」

 皇帝はわずかに身を乗りだした。

「実は魔獣は我々が到着する前に駆除されておりました」

 クレイがそう言うと皇帝の表情は変わった。

「それはどういうことだ」

「一刀の下に倒された死体を先遣の調査隊が発見したのです」

「それは何者の仕業なのだ」

 クレイは首を横に振った。

「近隣の村で聴き取りを行いましたが、それらしき者を見たというものはいませんでした」

 ふむ、と皇帝は考え込んだ。


「その上、奇妙なのは死体が放置されていたのです」

「それはどういうことだ」

「魔獣はその部位が高価に通り引きされます。もちろんその記録は厳重に行われ各、冒険者の組合にも届け出があるのが通例となっております」

「なるほど、普通であれば魔獣を倒せば、高価に売買できるにもかかわらず、それを放置しているのは解せぬというわけか」

「それに、死体の様子をみましたが、これを倒した者は、どう見ても尋常な腕の持ち主とは思われません」

「うむ、それは気になるな」


 そこでリヒトが口を開いた。

「今、私が勤務している調査部でもそのような死体が他の地域でもないか調べていますが、実はこの三年ほどの間に数件、放置された魔獣の死体が見つかっております。

 売買した発見者の記録があったのでその者たちに聞いたところ、ほとんどが綺麗なまま放置されていたようで、驚いたとのことでした」


 皇帝はクレイに、意外なことだがお前たちを派遣した甲斐があったなと告げた。

「それは、どういうことでしょうか」

「考えてもみよ、お前たちが出向いて発見したからこれらのことが発覚した。もしも、このままであれば、その腕の立つ何者かはいなかったも同然ではないか」

「当初の目的とは違いますが、お役に立てて何よりです」

 クレイは頭を下げ、恐縮しながらも嬉しそうにそう言った。


「しかし、それだけの腕の持ち主を在野に置くのは惜しいな」

 そこでクレイは一抹の疑いを持ったことを打ち明けた。

「私はもしかして、これは人ではないものの仕業ではないかとも考えました」

 皇帝はその意見を聞くと、うんうんと嬉しそうな表情を浮かべた。

「さすが勇者だな、確かにその考えに及ぶのは、実際に魔族と闘ったものでないと浮かばない発想だ。しかし、それはない」


 皇帝は断言したが、少し黙ったのち、こう言った。

「これは可能性のことだが、仮に人化魔法で人として剣技を磨こうという奇特な魔族がいたとすれば、その考えもないとは言えない。

 しかし、もともと魔族は魔獣を使役する。人にとっての家畜のようなもので、無駄に殺すようなことはしないのだ」

 皇帝はそう説明した。

「陛下は魔族の生活にも精通しておられるのですね」

 聖女アンヌは、感心したように言った。


「彼らが我らの生活を知らないことはない以上、我々も彼らの生活や習慣を知る必要がある。

 人間はともすると魔族は力のみの存在で知性は劣る者などと考える者があるが、それはおかしな話だ」

 勇者たちは皇帝の話に聞き入っていた。

「考えてもみよ、我々は先の戦いでようやく、魔王の間に到達できた。

 それまで十年の間、彼らの堅牢な防衛陣を打ち破れずに苦戦を強いられたのだ。

 それはなぜかと言えば、魔王軍自体が組織として対帝国軍を退ける作戦を立て実行しているからに他ならない。

 軍事ですらそれだけの能力を持つ者が、その生活で人類に劣るはずがないだろう。そのことを忘れはならない」


 少し説教臭くなったな、と皇帝は恥ずかしさをごまかすように笑った。

「いいえ、我々も気づかぬうちにどこかで彼らを侮っていたかもしれません。強さにはそれなりの理由があるということですね」

 うむ、と皇帝は頷いた。そしてリヒトを見ると、調査を進めて何としてもその謎の剣士を探して欲しいと言った。

 リヒトは承知しました、と一礼した。

 そして、皇帝は今日は慰労を兼ねての晩餐を用意してある、楽しんでくれ、と言い残して部屋を出て行った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る