第18話 魔王の哄笑

「ここまでが、検証となりますが、反省点すべきは戦闘以前に帝国軍の陣営がこれまでと違っていることに対し、わが軍がこの意図に対して無警戒であったことです」

 うむ、とエスペランザは頷くと先を促した。

「この時、各将軍に警戒と兵の統制を厳にするよう指示し、攻撃と防衛の指示を守るように命じる必要があったと考えます。」

 ギールは一礼し、席に戻った。


 少しの沈黙のあと、四天王を見渡すとエスペランザは口を開いた。

「ギールの検証と指摘した反省点についてはこれからの防衛作戦に生かすように。

 今の報告に付け加える点があるとすれば、我らは強きゆえにそれが欠点となる旨は各幹部、将兵に理解が及んでいるが、これがいったん戦闘になると失われてしまうのは、ただ理性の有無にあるということだ」

 わかるな、というようにエスペランザは言葉を切ると一同を見た。


「確かに戦いには感情的なものは必要だ。

 しかし、手段は常に理性的でなければならぬ。理性的というのは、戦いにおいていかなることか。

 それは相手の求めるものを先にを知ることである。

 帝国には今回の侵攻に目的があった。それがわかっておれば、我を含めてあのような失策は無かったのだ。

 カイルよ、帝国軍の目的がわかるか」


 そう問われてカイルはその意外な問いに動揺しながら答えた。

「恐れながら陛下を倒すことかと」

 エスペランザは、違う、そうではないと断言し、わかる者がいるかと残りの三名を見たが、発言する者は無かった。


「今回は我の失態もあるが故、わかりにくいのかもしれないな。

 では今回の勇者とかつての勇者が戦うとなったらいずれが勝つか」

「それはかつての勇者ではないかと」

 カイルは即答した。

「であれば、帝国の目的が我の討伐という前提が崩れるではないか。

 初めから今回の勇者はとても我を倒すほどの実力は無く、かつての勇者であった皇帝はそれをわかっていながら侵攻したということだ」


 四天王は一同、あっけにとられたようにエスペランザを見た。

「優秀な魔術師がいたが、あれはすぐにでも退却ために用意されたものだ。

 案の定、勇者は我に歯が立たず、転移魔法で一行は去った」


 そこでいち早くエスペランザの言うことを理解したラーラが答えた。

「目的は魔王の間に行けば、あるいは陛下と闘う状況にすればよかったということですね」

 魔王はその言葉に頷き、褒めるようにラーラに笑みを浮かべて見せた。


「言っておくが勇者無しに帝国兵が何万人来ようと、我を倒すことはできない。

 また、それほどの兵力を帝国が動員することはできない。

 となれば、現皇帝ほどの力のある勇者が現れないことには、我も我が魔族領も帝国は恐れるに足らぬ存在であり、安泰であるということだ」


 それを聞いてもカイルは納得できないというようにエスペランザに訊ねた。

「ではなぜ、帝国は魔族領に侵攻しようとするのですか」

「我らが魔族の戦力を削ぐため、だろうな」

「それだけのためにですか」

「というのは、建前だ。実際はこれだ」

 エスペランザは人差し指と親指で丸を作った。

「金、ですか。あんなもののために」

 カイルはあきれたような顔ををした。

「我々にとっては無用の長物でも、彼らにとってはあれで世界が成り立っている。

 魔王討伐と言って金を集めて、その報酬としてその何割かを懐に入れて帝国を潤す。しかし、このところはそれはうまくいっていなかったようだがな」

 エスペランザはハッハッハと高笑いをした。


 それを見てカイルは自分が立てた作戦を実行する必要はないのだ、と内心気落ちしていた。しかし、エスペランザはそんなカイルの表情を見逃がさなかった。

「カイルよ、何か思う所があれば言ってみよ。帝国の懐具合をこちらが心配してやる必要は無いのだ」

 カイルはその言葉にハッとして顔上げると、エスペランザは何かを期待するようにジッとカイルを見ていた。

 意を決するようにカイルは立ち上がった。

 

「帝国領に侵攻する作戦の立案と実行をお許しください」

 エスペランザはそれを聞くとフムと思案するように顎に手をやった。

「他の者はどうだ」

 それを聞くとラーラ、ギール、デントも立ち上がり、どうかお許しください、と頭を下げた。

「それでは我が反対する理由がない。許す。作戦の立案は進めよ。だが、我にも考えがある。合わせて実行の時期を定めるということでよいな」


 それを聞くと四天王一同に安堵の表情が浮かんだが、カイルは魔王に訊ねた。

「陛下のお考えというのを教えて頂けませんか」

 エスペランザは手を上げると、まあ、待てと制した。

「これには我もゴラムと話をせねばならぬ。これが難題だ」

と、エスペランザは大げさに渋面をつくり、四天王の笑みを誘った。

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