第17話 第一皇子カール

 帝国の華と謳われるエンパイヤ劇場の女優テレーズは訊ねた。

「カール様は皇帝になられるのですか」

 劇場には応接室があった。そこで上演後に貴賓を招いて懇談することができる。

 しかしこの数年、そこはテレーズとカール専用の部屋のようになっていた。

「君の期待に添えずに悪いが、ちょっと難しいかな。君とのことだけではなく、色々と噂が広まっているからな」

 テレーズはフフッと口を扇で隠して笑った。


「そうでしょうか。王宮の噂と街の評判は少々違うような気もしますが。

 それに私はカール様のおかげで恋人あれとの関係を周りに悟られずに助かっておりますし」

「それはこちらも同様。王宮内で僕が皇帝になるのを諦めていないのは母ぐらいなものだ」

「王妃様を思うと誠に申し分けないことをしていると、胸が痛みます」

 カールはそれには気にするなと手を振った。

「君が悪いわけではない。むしろ、そのことで君に悪い評判が立つことの方が申し訳ない。僕の代わりは他にもいるが、テレーズは二人といないからな」

 美貌の皇子はわずかに頭を下げて「帝国の華」を恐縮させた。


 第一皇子というのは別に努力して手に入れた地位ではない。

 彼のそうした考えは、皇帝の出自を知った時に芽生えた考えだった。


 父である皇帝は、地方の領主である貴族の子弟だったが、三男でいずれは家を出るしかない身の上だった。

 有力な貴族の子弟であれば上級官僚や近衛師団員になれるが、地方の下級貴族の長男以外は富裕な平民の家の婿になるか下級官僚か一般の軍人になるのが普通だった。

 しかし父は家を出ると冒険者になり、十年余りそこで技を磨き、能力を発現させ、勇者の使命を受け魔王討伐で功績をあげた。

 そして、その功績をもって王妃を娶り、皇帝となったのである。

 カールはこの父とは出自こそ違っても、志は同じくしたかった。


 学園在学中、カールは優れた学友に恵まれ、そこで稀な人材の知遇を受けた。

 オットーもその一人だった。

 二人は学業でも武術体術でも常にトップを競うような関係でもあった。

 オットーは帝国でも建国期以来の古い貴族の嫡男だった。先祖には宰相や侍従になった者を輩出した帝国の要と言われる有力貴族の一員だった。


 学園の卒業式典の後、オットーはカールに付き合ってくれと言われて市中の喫茶店に誘われた。

 なんでこんなところで、といぶかるオットーにカールは早速、首元のスカーフをとると、シャツの前を寛げた。

「どうしたんだ」

「今日から僕は自由にやることにした」

「自由と言ったって君はこの帝国の第一皇子だし、次期皇帝の最右翼だぞ」

「それを止めるのさ」

「やめられるものじゃないだろう」

 オットーはさすがにその言葉には笑うしかなかった。


「第一皇子は仕方ないが、次期皇帝はやめられる」

「それはどういうことだ」

 冗談はやめろ、とでもいうようにオットーは真顔になった。

「僕はね、このまま生きていくのはゴメンだ。帝国の将来なんて優秀な君らがいれば問題なかろう」

「おいおい、それを束ねているのは皇帝陛下だぞ」

「陛下がなぜ、それができるか君ならわかるだろう。

 父は王族でも有力貴族出身でもない。なので、僕も帝位にふさわしくない衣装を身につけようと思ってね。

 ついては君の父上の懇意にしている腕利きの冒険者たちを紹介してほしい」

 反対するオットーをカールは脅したりすかしたりし、彼の父メストを通して現役の冒険者たちと知り合うこととなった。


 メストは「王妃に殺されるかもしれない」と冗談を言いながらもカールの意図することを理解し、息子のオットーにもこのことは内密にするように釘を刺した。

 それがもう十年前の話である。


 オットーは父のメストの言いつけを守り、何度なくカールの不評を否定したい衝動に駆られたがそのたび親友の志を思い口をつぐんだ。

 しかし、その動静には手の者によって常に把握するようにしていた。

 カールは冒険者らと魔獣討伐に身分を隠して参加し、実力を蓄えると最後にある人物に弟子入りした。

 メストの紹介が無ければ弟子入りは難しく、メストは紹介に足る能力をカールが身に着けるまで待ったのである。

 この時カールは学園卒業から五年、二十才となっていた。

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