第12話 資金の真相
魔王討伐には大きな犠牲があった。
それは魔王領に捕らえられている帝国兵の捕虜である。
帝国にも捕えられた魔族はいるが、情報収集のために人化魔法で帝国に侵入を図ったいわばスパイのような者たちで、数は少ない。帝国で捕らえられているこれらの魔族との交換では数が合わない。
捕虜になった帝国兵の家族からは、解放のための陳情はひっきりなしにある。
帝国兵は高給だが、それでも捕虜になった者を放置すれば、兵のなり手が無くなり、兵の質が悪化する。兵の数に困って無法者を雇うと、風紀や規律が乱れるのだ。
魔族と国境を接した国には、帝国から魔族防衛や魔獣駆除のために兵を派遣している。そこで帝国兵が、乱暴や問題を起こすようでは本末転倒になってしまう。
こうしたわけで、ルーベルは宰相として、速やかに捕虜となっている兵の開放を成し遂げねばならなかった。
「皇帝」バルビローリは、内政官との会議を行っている間、憂鬱な表情のルーベルに気が付くと、会議の話があると言って引き留めた。
「何かあるのだろう、申してみよ。お前と私の間で隠し事は許さぬ」
ルーベルはこの言葉に抗する気力もなく、いずれ皇帝には奏上せねばならないこともあってか話すことにした。
「魔族に捕らえられた帝国兵のことです。問題が問題ですので相談する者もおらず、頭を悩ましております」
「なるほど。いかなる条件であれば魔王が承諾すると思う」
「これまでの例ではやはり、黄金との交換でしょう。彼らはこれによって帝国の軍事予算を削ぐつもりです」
魔族世界には黄金など無用だからな、とバルビローリは顔には出さずに苦笑した。無駄なことだが現実的にはもっとも帝国の嫌がることだ。
「必要な量はどれほどのものと考えている」
「一人当たり1万ソブリンとして500万ソブリンと見積もっております」
「そのくらいが妥当かな」
「しかし、今、そんな黄金は帝国の予算だけではとても調達は不可能です。何とか調達できて200万ソブリンほど、それも色々削っての額です。主に軍事関係の予算ですが」
「魔王の思い通りというわけか。ハッハッハッ」
バルビローリは、愉快そうに高笑いした。
「陛下笑い事ではありません」
「許せ。しかしな、こうなったのも我が帝国の自業自得。どうしてこんなことになっているかをよく考えよ」
「それは陛下もよくお分かりのはず」
「我がわかっても執政の長である宰相がわからねば意味がない。
もう一度わかりやすく尋ねよう。いつからこのような状況になった」
ルーベルは、いつから・・・と呟き、何かに気づいたように目を見開いた。
「陛下が勇者として最後に魔王討伐に向かわれた時には、このようなことにはなっていなかったかと」
バルビローリは頷いた。
「なぜ、その頃にはなぜ帝国は金に困らなかったのだ」
「兵器の開発費用が少なかったことや魔術師の養成機関がなかったからではないでしょうか」
「それもあるが、そこまでのものでもあるまい。それに当時の戦いは人海戦術が主で兵士の数は今よりはるかに多い。その費用を考えれば負担は大して変わらん」
バルビローリは「甘いな」と宰相に言った。
しかしよくわからないルーベルは、それを困惑した表情で聞くしかなかった。
仕方ない、というような表情を皇帝は浮かべ、一つ息を吐いた。
「討伐資金のほとんどは同盟国が負担していたのだ。そして帝国が討伐に使ったのはその六、七割ほどだろう」
「というと、同盟国が供出した討伐資金の上前を撥ねていたということですか」
それを聞くと皇帝は苦笑いを浮かべた。
「そう言えば聞こえは悪いが、それくらいの報酬もなくてなぜ戦わねばならぬ。しかも、魔王を恐れて討伐しろと言うのは、連中だ」
「では、なぜ。こうなったのです」
バルビローリはルーベルの問いに、しばらく沈黙し、うーんと小さく唸ると
「何事もやり過ぎはよくないからな」
と、他人事のように言った。
誰でも都合が悪いとそういう言い方になる。
少しばかり帝国の景気が良すぎて、周辺諸国からよからぬ噂が立ち始めたのだ。
やむを得ず当時の宰相はその火消しに、兵器開発研究と魔術師養成機関に費用が掛かるのだ、と言い訳をした。
結果、その通りにすることになり、同時に討伐の供出金も当分の間、据え置きにすると声明を出した、とそんなところだろう。
バルビローリはそう語った。
「そういうことでしたか」
「我の関知するところではないが、そういうことだったのだろう。
だから、お前が以前の体制に戻せばいい。
大体、最近の同盟諸国の連中の態度は目に余る。あれでは勇者も軍も戦った甲斐が無い。喉元過ぎれば熱さを忘れるというのはこのことだ。
煮え湯を飲ませて熱さを思い出させるのはちょうど良い」
宰相はそういうバルビローリの表情を久しぶりに見た気がした。
それはかつて勇者バルビローリが、同僚で若い魔術師であったルーベルに対魔王戦略を色々と語り聞かせてくれた時以来のことだった。
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