第11話 過去を知る者

 ゴラムは四天王に釘を刺す魔王を見て何か懐かしい思いを抱いていた。約二十年前、帝国の侵攻を受け、かつていない強力な勇者を迎え撃った時のことを。


 当時、魔族軍には四天王はおらず、魔王直下に十二将軍がおり、ゴラムはその中で最も若い将軍だった。父が退いた後を継ぐべく領内の候補者との戦いを制してようやくその地位について初めての戦いだった。

 その頃の魔王は将軍以下魔族軍などは露払い程度にしか考えていなかったが、それでも長年、帝国の勇者が魔王の玉座を脅かすことはなかった。

 それは即ち、魔族軍の強固で盤石な軍事力を前に、魔王が自らその座を立つことすらなく帝国軍を退けていたということだった。


 しかし、あの勇者の時は違っていた。数名の魔術師を率いた勇者は並み居る魔族の将軍をものともせず倒すと、魔王の間にその姿を見せた。

 ゴラムは初戦ということもあり、魔王の脇に控えて戦況を伝えると同時に諸将軍の戦いを見てその力を学ぶはずだった。

 しかし、勇者が魔王の間に現れた時、ゴラムが立ち向かおうとするのを制し、笑いながらこう言った。


「あれらの将軍の手に余る者をお前が何とかできるものか。我が直々に退ける。それを見とどけろ。少しは学ぶところもあろう」


 そういうと、魔王は聖剣を片手に下げた勇者をジッと見た。

 その瞬間、戦いは何の前置きもなく始まった。

 帝国軍の魔術師による防御障壁は魔族軍の攻撃をかろうじて防いではいたが、その中でもルーベルと呼ばれている魔術師は勇者に強力な付与魔法をかけていた。

 ゴラムはたまらず飛び出してルーベルへの攻撃を始めた。ルーベルはゴラムを認めると微かに口元を歪めた。

 すでにすべての将軍を倒したと思っていたにもかかわらず、将軍であるゴラムが現れたからである。


 これで勇者への付与魔法は弱まったが、しかし勇者はこれを見越して温存していた力を解放し始めた。魔王はこれを見ると、

「ようやく本気か」

と、勇者に告げた。

 勇者はそれを聞くと応えた。

「強者と闘うにはそれなりの戦い方がある」

 魔王の口元が微かに笑みを含んだ、と見ると


「夜」ノクス


という声が響いた。その時、勇者は直後にルーベルに退却せよ、と告げた。


 ゴラムはそれを阻止するため、ルーベルに向かって


「縛」ヴィンチオ


と、詠唱したが


「解放」リリース


と返され無効化された。

 そして直後に転移魔法を展開され、ルーベルと帝国の魔術師たちは姿を消した。


 しかし、勇者は魔王が発動した闇に閉ざされ転移はできなかった。また、魔王も同様に闇に閉ざされており、魔族も入ることはできなかった。

 ゴラムをはじめ、魔族もただ深い闇に覆われたドーム状の空間を見つめることしかできなかったのである。


 しばらくすると闇のドームが消え、二人の姿も消えてしまった。

 しかし、翌日、ひどい重傷を負った姿で魔王の間に現れた。片膝をつき、袈裟懸けに聖剣で切られた深い傷があったが、それでも倒れる前に居並ぶ魔族軍の幹部にこう告げた。

「勇者は仕留めそこなったが、これでしばらく帝国も動けまい」

 それだけ言い残すと、意識を失ってしまった。


 だが、魔王はそれから十日ばかりで皆の前に姿を現した。

 そして数年かけて魔族軍の再生に取り掛かり、四天王を置き、その麾下に将軍と副官を置くという改革を行ったのである。

 ゴラムはその改革のさなか能力を認められて侍従職を奉ずることとなったが、あの若かりし日に目の当たりにした魔王の覇気に満ちた姿と、何者をも恐れることのない傲岸さを二度と感じることはなかった。


 その後も魔王の力の強大さは感じたが、その力は懐深くに納められ、あの時のように解放されることはなかったと言って良い。

 だが、先ほど四天王にわずかに見せた酷薄な表情にはあの時の覇気と傲岸さが微かにうかがわれ、四天王の目に見えてわかる恐れの表情は彼らがかつて見せたことがないほどのものだった。


 そのことにゴラムはかつての魔王の復活の予感を感じたのである。

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