第10話 慰めと憤り

 もうすっかり良いのかと「皇帝」バルビローリは勇者クレイに親しく声をかけた。

「はい、聖女アンヌの回復魔法のおかげで傷は癒えました」

 そこでバルビローリはアンヌを見ると

「よくぞ、勇者を癒してくれた。勇者は我が国の宝。帝国民になり代わり感謝する」

と軽く頭を下げた。

「いいえ、今回の戦いで勇者を支え、無事に帰国できたのは魔術師リヒトの的確な判断と強力な魔力のおかげです」

 おお、汝が魔術師リヒトか、その才は天賦のものであると聞き及んでおるぞ、バルビローリは声をかけた。

「ありがとうございます。しかしこの度は勇者一行に参加するという栄誉を賜りながら、報いることができず誠に残念です」

 リヒトは悔しそうな表情を浮かべた。


「一同、そのように力を落とすことはないぞ。

 勇者も帰り、聖女、魔術師の両名も無事だ。これに勝る喜びはない。

 魔王は倒せずとも帝国の力は十分に示した。重要なことは、魔族の力を削ぐことであり、無用な犠牲を出して讃えることではない。そうした犠牲を出さずに、魔王に迫ったことは成果である。

 ただ、いましばらくはそなたらには、魔獣駆除に尽力してほしい」

 バルビローリは三人にそう告げた。

 クレイはそれを聞くと驚いたように顔を上げた。

「では、魔王討伐はどうなるのでしょう」

 その言葉にアンヌとリヒトは慌てた。

「リヒト、そのようなことを」

 アンヌはクレイに黙るよう視線を送った。


「よいよい、勇者が猛るのもわからぬでもない。

 しかし、魔王討伐には金がかかるのだ。今回の遠征にかかった資金の調達配分もようやく周辺諸国に納得させたところだ。それに数年続いている天候不良による農産物の不作のせいで帝国でも食糧問題も深刻になっている。まずはこれを解決し、民の生活の安寧を図らねばならぬのだ」

 バルビローリはわかってくれというように静かに語りかけた。

「申し訳ありません」

 リヒトは自分の身勝手な言葉に恥ずかしさに身が縮んだ。

 それを聞いてバルビローリは頷くと言葉を継いだ。

「今後は帝国兵と共に住民の安全のために尽力を頼む。そのことで何か希望や改善すべきところがあれば、いつでも訪ねてくれて構わない。宰相にも優先事項として面会を許すことを命じて置く」

「ありがとうございます。これからご命令に従い、魔獣駆除に全力を尽くします」

 そのクレイの言葉は魔王討伐への未練を振り切るように力強かった。

 そして三人は一礼すると、皇帝の間を後にした。


 クレイは皇帝との謁見を終えると、アンヌ、リヒトと共に王宮内の庭園で休息をとっていた。朝から続いた慰労会と皇帝の謁見で体ではなく精神的な疲労がドッと押し寄せてきた感じだった。

「クレイがあんなことを言うからどうなるかと思ったわよ」

「気持ちはわかりますが」

アンヌの言葉にクレイは相変わらずクレイをかばった。

「今日の慰労会での連中を見ただろう」

 クレイは手を握り締めて怒りを抑えていた。

「確かに周辺諸国の大使や貴族連中は酷かったですね。皇帝の見ていない所ではクレイさんに侮った視線を向けていたし、魔王は倒せなかったのに何でこんなことをしているのだ、と言わんばかりでしたからね」

 あの馬鹿どもにはあきれますよ、とリヒトは肩をすくめた。

「俺は良い、確かに力不足で魔王に一蹴されたのだから。しかし、将軍ほか帝国兵へのあの態度は許せない」

「帝国軍の関係者に誰も感謝していないのはあからさまでしたね。あれではあんまりです。それに皇帝が言っていた討伐軍の資金配分の会議もだいぶ紛糾したとの話です」

 アンヌも深くため息をついた。

「魔獣討伐で連中の対応で何かあれば、俺は皇帝にぶちまけるつもりだ」

「異論はありません」

「そういうことがあれば、私も反対はしませんが、しばらくは何もない事を祈ります。何しろ慌ただしかったですからね」

 アンヌのその言葉に二人は全くその通りだというように苦笑し、昏くなり始めた王宮の庭園を後にした。

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