第5話 まずは敵を知ること 「皇帝」編
元魔王バルビローリは考えた。
皇帝のエスペランザはどうしたのか、こうして目覚めたということは、何かがエスペランザの身に起こったということだろう。
宰相ルーベルは長年皇帝に仕え、最も新任が厚い。この状況に至っては、頼るほかない。
目覚めてからすでに三日がたっていたがバルビローリは、寝室から出ることはなかった。宰相ルーベルだけが皇帝の呼び出しに応じて、面会が許されていた。
目覚めて間もなくバルビローリは少しばかり混乱したことを、長い悪夢から目覚めたせいだとごまかした。医師とルーベルはそれを聞いて、ホッと胸をなでおろした。
そして医師にはよくその勤めを果たしたと労い、何かあれば呼ぶのでそれまでは普段通りの勤めに戻るよう命じた。
医師が一礼し、退室するとバルビローリはルーベルを近くに呼んだ。
「これからしばらくは静養する。許可なく寝室には誰も通すな。用があれば呼ぶ。宰相には面倒を掛けるが、控えの間で執務をしてくれ」
「承知いたしました」
「それと、今度のことで考えるところがあった。帝国の状況についてはおおむね把握してはいるが、改めて詳しく知りたい。軍事、外交、内政、宮廷の資料をまとめさせるよう。ここで目を通し、今後の方針を考えたい」
「それでは、ついに帝位の後継者を」
ルーベルの言葉にバルビローリは手でこれを制した。
「そう焦るな、それらのことは今後の方針を定める中で決まることだ。何事にも準備というものが必要なのだ」
ルーベルはハッとして控え、跪くと首を垂れた。
「申し訳ありません」
それには気にするな、と言いながらバルビローリは頭を左右に振ると訊ねた。
「ところで、少しばかり記憶が曖昧なので訊ねるのだが、我が意識を無くしていたのはなぜだ。頭を打ったということはわかるのだが思い出せぬのだ」
「陛下は遠乗りの最中に躓いた馬に振り落とされまして、あのような状態になられたのであります」
「おお、そういえばそんなことをしていた気がする」
と、さも思い出したかのように頷いた。
「色々と政務でのお疲れ故だったのでしょう。でもなければ、乗馬はお得意の陛下があのような状況になることはとても考えられませぬ」
「いやいや、年よりの冷や水という所だろう。これからはあまり無理をするまい。
それから忘れていたが、魔王の動向を探るよう伝えよ、勇者との戦いでもしかしたら勇者一行が一矢報いていたやもしれぬからな」
バルビローリはそれだけ言うと、もう、下がってよい、先ほどの資料は早急に用意せよ、と念を押すと上半身を沈めて横になった。
「資料は準備が整い次第、お持ちいたします。魔王については情報部に探るよう命じておきます」
宰相ルーベルは小さく頷き、目を閉じる「皇帝」に一礼すると寝室を後にした。
扉の締まる音がするとバルビローリは目を開いた。
乗馬で事故とはあのエスペランザも老いたものだ、と思わず笑みがこぼれた。
しかし、かくいう自分も勇者ではなく、見たこともない新参の魔術師にやられたことを思い出し、お互いさまということかと自嘲した。
しかし、しばらくは静養ということでごまかせるが、いずれは帝国の連中の前に出ることになる。中でも面倒なのは、王妃、側妃をはじめとする皇族連中と顔を合わせねばならないことだ。
魔族は実力主義で魔王が後継者など指名する必要はない。名乗り上げた魔族が覇を唱え闘い、実力で勝ったものが魔王の座に就くからだ。そうでなければ、そもそも誰も命令など聞く者はいない。
聞かぬ者がいれば、その場で殺してしまえばいい。が、こちらではそういうわけにはいかない。
いわゆる「政治」というものを駆使するしかない。
まあ、いい。とにかく今はは情報が必要だ。
元魔王バルビローリはそう心の中でつぶやくと再び目を閉じた。
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