第2話



 シミュレーションをしていたおかげだろう。想定していたよりも難なく扉の前までいくことが出来てしまった。あまりにもあっけなさすぎて、少しばかり残念に思う。

 

 しかしそもそもの目的は、自宅の状況確認だ。何かあってもその処理がまた面倒を運んでくる。だからこれで良かったのだと、残念に思う心にそう納得させながら、扉をスライドさせた。

 

 自宅、アトリエといっても1つのアパートの一室の中にある。キッチンやユニットバスが隣接している6帖の部屋がある方を自宅、その隣にある8帖の部屋をアトリエとして勝手に分けて、使っているだけなのだ。わざわざ外に出たり、別々で家賃を出したりしなくていいし、急に描きたくなってもすぐに取り掛かれるのも本当に良い。


 

 しかし、扉を開いてみたが、なんということだろう。

 

 先程までのカラフルな荒野から一転、アトリエに比べて整理整頓された部屋に出迎えられた。この前ユイが整えたばかりだし、それ以来ほとんどアトリエで過ごしていた。だから当然といえば当然だろう。

 

 基本的に私は一人で家にいる時、一日のほとんどをアトリエ側で過ごす。キッチンは使うものの、ユイが来ていなければテーブルの前では食べず、作業をしつつ簡単に済ます。寝るのも基本、制作途中で力尽きてそのまま床に突っ伏する。そのためベッドはまともに役目を全うすることが出来ない。他の家具、家電もそうだ。ある程度この家には揃っているが、ユイがこの家に来なければほとんど機能しない。

 

 私に生活力があまりないことを感じさせられる。ユイには本当に感謝しているし、ユイがいなければ生きていけないようにも感じている。

 

 しかしこの考えはユイが私から離れてしまったら大きな問題として身に降りかかる。これが原因で愛想つかれても仕方ない。今のところ改善する気も、できる気もしないのだけれど。

 

 しかしこのまま、なあなあにし続けるのは良くない。どうにかしないといけないし、そろそろ心を決めて、答えを出す必要がある。



 不意にひゅうっとささやかな風に頬を撫でられた。それにつられて、自分の身体が冷え始めていることを自覚してしまう。


 季節は秋から冬へと衣替えを始めた。枯葉が増え、ありは土の下へ籠り、パンジーがあちこちで咲いている。暖房をつけなければ昼を過ぎると部屋はだいぶ冷えるようになってきた。


 それにしても、部屋の中は普段よりも涼しく感じる。風邪をひきかけているのだろうか。


 暖房をつけていなければ、電気もつけていない。風邪をひきかけているにしろ、空き巣が入ったかもしれないにしろ、どちらもつけなければどうしようもない。


 壁にあるスイッチを押すと、カチッと音を鳴らして灯す。リモコンのボタンを押せばピッと可愛らしい音の後騒々しい稼働音がなり、遠慮がちに温かな風が部屋を行き交い始める。


 明るくしてみても、やはりこの部屋は何も変化がない。


 きちんと整えられたベッドに、定位置でお行儀よく座っている棚の上のクマ達、朝に触れたクローゼットはその時のまま開きっぱなしで、そこから見える物達も、机の上に片付け忘れたユイとお揃いのマグカップも静かにそこにいる。動かされた形跡も見当たらない。


 一応ベッドの下に隠している、少し大きいお菓子の缶を取り出す。この中には通帳や銀行の印鑑を入れているが、これも何も減っていなければ増えてもいない。

 

 アトリエの方とは一変して、自宅の方は驚くほどに家を出る前と同じ姿を保っていた。


 空き巣でなかったのかもしれない。しかし、ならアトリエはあんなにも荒れていたのだろう。


 少し思考を働かせているうちに閃いて、思わず手を打つ。我ながらいい音がなったと思う。


 そもそも、実はこの部屋は少し変わっている。――それは自宅とアトリエの両方に玄関があるということ。


 私がこの一室を自宅とアトリエを分けて使っているのは実はそれが1番の理由だ。どんなに生活力が無くても、やはりプライベートと仕事は分けたいし、中に招く人も分けたい。


 なぜ両方にあるのかは、忘れた。確か、私の前に住んでいた大家さんの息子が作ったとかなんとか……。訳ありではないのは確かだ。


 とにかく、私はまだ、自宅側の玄関に触れていない。今日はこっちの玄関から出てないが、もしかしたら鍵を閉め忘れていて、そこから入ってきた可能性もある。


 でも、そうすると出るのはどこからか。アトリエ側の玄関はちゃんと閉められていた。アトリエを荒らしてから自宅側から出るのは面倒だし、あの荒れ様だ。服はきっと汚れていただろうし、その人物が荒らしていたのであれば、自宅側を汚さずに出るのは難しいだろう。


 いや、もしかしたら汚れることを見越して、何か対策を練っていたかもしれない。もしそうだとしたら計画的な犯行だ。



 あれこれ考えていても埒が開かない。


 とにかく一旦、鍵がかかっているか確認することにする。


 部屋を出て、キッチンを通り過ぎて、鍵に触れた。


 恐る恐る、回すために力を込める。――しかし鍵は、力を込めるまでもなく回った。


 そして玄関は私以外の力によって、ゆっくり、開いていった。

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