第13話
私はコテージに戻った。その頃にはみんな寝ているようで、物音は全く聞こえなかった。コテージに入ってすぐのところにいた一織ちゃんも、すっかり寝落ちしているようで、机に突っ伏して寝ていた。
起こさないようにと忍び足で自分の部屋まで戻ろうとすると、彼女は私に気がついて起き上がった。
一織「………ん?」
響「あ、ごめん一織ちゃん、起こしちゃったね」
一織「んー、あ、響さんですか。いえ、私もすっかり寝落ちしていたようで」
響「こんなところで何してたの?」
一織「特に何もしてないです。ただ、なんとなくここにいたというだけで。そういう響さんはどうなんですか?」
ここで嘘をつこうかと迷ったが、わざわざ嘘をつく理由もない。正直に話してしまってもいいだろう。
響「私は…ちょっと、剣持さんと話をしに」
一織「話?どんな内容ですか?」
響「剣持さんの仕事について、かな」
一織「仕事…ですか…」
少し考え込んでから、彼女はこんなことを聞いてきた。
一織「それ…こんな深夜にしなくてもいいのでは?」
彼女の言いたいことは何も間違ってはいない。夜にコテージを抜け出して港まで出てする会話ではないことは分かる。しかし、私にも夜を選ぶなりの理由はある。
響「それはそうかもだけどさ、昼間だと働いてるわけじゃん?そんな人に聞くことでもないよなぁって。だから、夜にしてもらったの」
一織「あぁ、そうですか」
眠いのだろうか。さっぱり興味なさそうだ。
響「私は自分の部屋に戻るけど、一織ちゃんはどうする?」
一織「私はもうちょっとだけここにいます」
響「そう。じゃあ、体調には気をつけて。おやすみ」
一織「おやすみなさい」
私はそのまま自分の部屋に戻った。自分のせいで起こしてしまわないかと不安だったが、起きたところで不都合なこともないんだしいいだろうと思った。
自分の部屋に戻ったところで、私は今日一日のことを頭の中で整理していた。時計は二時を少し過ぎたころだった。
島に集められた芸能人たち。松原 麗のバラバラ死体。自殺したAD。教会と儀式の祭壇。剣持さんとの会話。色々なことがあった。
そうだ。どうせなら煉獄の塔事件についてもっとしっかり聞けばよかった。こんなことを教えてくれる人なんて、なかなかいないだろうし。
煉獄の塔事件、私はまるで知らないことなのだが、どうやらこの事件のせいで探偵も色々と苦労させられているようだ。
探偵が苦労しているというより、犯人の自由が増えたといった感じだろうか。煉獄の塔事件より前と後とで犯行を行う環境がさっぱり変わったらしい。
警察がまともに機能していない以上捜査する人も減るし、検死もできる人が限られる。監視カメラとかもないし、犯行には都合がいいことが何個も重なっている。
もし自分が犯罪者なら、と考えると恐ろしさと同時に安心感が湧き上がってくる。自分の犯行だとバレなければ、いくらでも犯行が可能だ。まったく、事件を解決する側の負担を増やしやがって。
…そういえば、なんで私はこの事件のことを知っているのだろうか?私はこの事件が起こった時の記憶を失っているはずなのだが。
改めて、自分のことを思い返した。思い返すとは言っても、実はかなり最近の記憶からしか持っていないのだが。
私は目が覚めた時には病院にいた。ベッドの上だった。その頃には自分の記憶が無くなっていた。困惑した。病院にいるということは分かっても、病院に来た理由はおろか、目が覚めるよりも前の記憶が無くなってしまっている。
自分の名前も自分の年齢も分からない。自分がどんな人でどんなことをして生きていたのか、思い出せない。思い出そうとすると、頭が痛くなった。
そんな私に、一人の女性が私のことを教えてくれた。日野 響という名前だということ、探偵をしているということ、そして…彼女の友人だということ。
彼女は毎日のように私に会いにきた。私は次第に打ち解けていき、その頃にようやく名前を聞いた。鞍馬 凪(くらま なぎ)という名前だ。なんとなく記憶に存在している。しかし、誰かは思い出せなかった。
彼女と話していると、ある日、彼女が一人の男性を連れてきた。その人は、私が探偵をしていたという経歴から、自分の事務所にスカウトをしに来たようだ。
私はしばらく迷っていたが、結局彼の事務所の一員として働くことにした。その男性というのが一織ちゃんのお父さんである。
こうして、私は日野 響としての新たな人生を始めることになった。
そして、私は自分の記憶を探るついでに探偵として事件の推理をしている。もしかしたら、逆なのかもしれないが。
そうなると、記憶を失う前の自分に聞きたいのだが、わざわざ中性的な容姿にした理由とはなんなのだろうか。自分である程度中性的な印象になるようにしている点もあるが、入院していた時点で髪は長かったし、何か関係しているのか…?
……あぁ、もう考えるのが面倒だ!大したことも思いつかないのに、考えすぎても無駄だ。今日は寝てしまおう。
というわけで寝た。そして起きた。寝たのが三時ごろで起きたのは六時ごろ。寝不足もいいところだ。まぁ、寝るだけなら後でもいいだろう。
私は自分の部屋を出た。そこにはとっくに起きていた一織ちゃんがいた。話しかけようとしたその時、とてつもない勢いでコテージのドアが開けられた。
和那「誰かっ、誰かーっ!!!」
一織「す、杉本さん?どうかしたんですか?」
和那「た、大変なの!つぼみが、つぼみが!」
響「どうしたんですか。一回落ち着いて…」
一織「うわっ!?響さん、いつの間に起きたんですか」
響「さっき起きたばかりで…それより、どうしたんですか?」
和那「教会に、つぼみが…腕を切り落とされて…!」
響「なんですって!?」
一織「急ぎましょう!」
私たちは、全速力で教会へと向かった。教会は杉本さんが開けたままのようだった。
そして、教会の中に入った。誰か人がいるのが見える。杉本さんのおかげで、その正体は想像していたが、その様子は想像を上回るものだった。
山田 つぼみさん。島に来てからずっと何かに怯え続けていたその人の死体があった。十字架に括った縄で首を絞められていた。右腕を切り落とされていた。
こうして、黒い天使・アズリエルによる処刑が始まった。境界島は、恐ろしい怪物の島、「恐怪島」に姿を変えた。
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