§ その他小ネタ集 § ※時系列、視点はまちまちです

【if】学食忘年会

※こちらは、学食忘年会のifとなっております。

 基本的にマチコさんは、お酒は最初の一杯のみと決めているため、泥酔することはほぼないのですが、ついうっかり間違えちゃった的なアレでかなり酔っちゃった設定です。



 年末ムードの漂う駅前通りを、白南風恭太は歩いていた。目指すは『鳥華族とりかぞく』。そこで真知子が務める学食の忘年会が行われている。迎えに来てと言われずとも、迎えに行く気満々であった。


 それでも真知子からお願いされたら嬉しい。それはもう、飛び上がるほどに。頼られたいのである。普段から年の差を感じさせないようにと心がけているものの、それでも現実としてその壁はある。年齢の差はどうしたって埋められないが、頼りがいのある男だと認識されたい。手始めに、「迎えに来てほしい」と、そう請われたい。

 

 だから、いつそのメッセージが来ても良いようにと、スマホを握り締めて駅前を歩いていた。途中、何人かの女性に声をかけられたが、当然のように無視だ。何なら視界にすら入れなかった。これから愛しい婚約者に会いに行くのだ。ただでさえ彼の脳は必要な情報でパンパンなのである。その隙間に詰め込むのは真知子だけで良い。モブにくれてやる隙間も時間もない。


 と。


 手の中のスマホがぶるりと振動する。来た! と画面を見る。送り主は『沢田真知子』。もうじき自分と同じ白南風姓になる予定の女性である。


 が。


「はぁぁっ!?」


 人目も憚らず、そんな声を上げて歩みを止める。


 彼のスマホに表示されたのは、


『白南風くーん、マチコちゃんが大変だから、ヘルプヘルプー!』


 という文面である。

 明らかに真知子からではない。


 恐らくは、というか、確実に彼女の同僚(というか先輩)のいずれかが代理で送って来ている。それはまぁ良い。メッセージアプリのトーク画面も、特に見られて困るような内容など――いや、あるにはあるが、それはどちらかといえば自分の一方的な好意の羅列であるし、送られてきた文面をそのまま受け取れば、緊急事態なのだ。致し方ない。


 恭太は走った。

 目標の鳥華族まではほんの数メートルである。

 人混みを――というほどの混みようではないにせよ――かき分けて走った。


 そして。


「マチコさん!」


 店員からのいらっしゃいませに「すみません、知り合いから連絡が来て」と簡潔に返し、追加で送られてきた『右側の一番奥の席』という情報を頼りに店の奥へと進む。


「あっ、来た来た! おーい、白南風くーん!」


 追加情報などなくともすぐに見つけられそうなくらいに賑やかな卓の真ん中で、学食の小林が彼に向かって大きく手を振っている。その隣には、真っ赤な顔で学食の重鎮・安原にもたれている真知子がいた。


「ちょっ……、どうなってるんですか。マチコさん、ベロンベロンじゃないですか!」


 ヘラヘラと笑う小林を睨みつけるが、彼女は一向に意に介さない様子である。


「ちょっともー、睨まないでよ白南風君」

「あたしらが飲ませたんじゃないわよぉ」

「ほんっと、心外だわぁ」

「マチコちゃんがあたしのウーロンハイと自分のウーロン茶を間違えちゃったの!」

「そぉよぉ。色々二人のこと質問してたら、マチコちゃんが急に一気飲みしたのよぉ」

「顔真っ赤にして一生懸命話してたから、喉乾いちゃったのねぇ」

「というわけだから、あたし達は無罪よ! ね?!」


 そう口々に説明するおばちゃん達である。

 確かにそれなら無罪……と言いたいところだが、そこまでの質問攻めにしたことに関しては多少の罪はあるのでは。そう思う。


 平素の真知子なら安原の二の腕にしがみつくことなどまず有り得ないので、これを知ったら卒倒するのではなかろうか。ならば、このまま放置して酔いを冷ますのは大変危険である。という判断の元、真知子のスマホを拝借したのだ、と告げられ納得する。


 とりあえず、その羨ましいポジションを代われ、安原さん。俺だってマチコさんにしがみつかれたい。


 そんな気持ちを乗せつつ、真知子の肩を軽く揺する。


「マチコさん、おーい、俺だよ、起きて起きて。ほら、帰るよ」


 ぱち、と目を開けた真知子だが、まだ夢現なのか、はたまた酔いのせいか、焦点が定まっていない。やっとそれが恭太に合うと、ふにゃりと笑い、ほわぁ、と声と吐息の中間のような音を発した。


 何だこの可愛い生き物は。


 この場に誰もいなかったら、己の胸をかきむしり、奇声を上げていたかもしれない。


「ま、マチコさん。ほら、こっちおいで。安原さんじゃなくて、俺、俺」


 手を広げて待ち、なおもこっちこっちと声を掛けると、親を見つけた赤子のごとく、パァァと顔をほころばせて彼の胸へ飛び込んできた。


 ア――――――ッ!!


 危なかった。

 危うく叫ぶところだった。

 すぐ後ろの通路を「三名様ご案内ぃぃー!」と威勢の良い店員が通過していなければ危なかった。

 いろんな意味で心臓をバクバクさせながら、彼の胸の中で猫のようにゴロゴロと甘える真知子の背中を擦る。


「えっ……と、あの、連れて帰りますんで」

「はいはい、よろしくね」

「ここはあたしらが出しとくから」

「いや、マチコさんの分は俺が」

「いいのよぉ、いい話たっくさん聞けたし?」

「そぉよぉ、逆にお金払いたいくらいだわぁ」

「待ってください。どんな話したんですか」

「うふふ、ひ・み・つ!」

「ちょ、真壁さん!?」

「ほら、いいからとっとと連れて帰りなさい」

「マチコちゃん潰れてるからって変なことしないのよ?」

「何ですか、変なことって! さすがにこの状態のマチコさんには何もしませんよ!」

「どうかしらぁ〜?」

「しません!」


 その後どうにか真知子を背負い、タクシーに乗せることに成功。まだ彼女の家を知らないためにとりあえず自宅に連れ込んだものの、終始ご機嫌に「しらはえさぁん、しらはえさぁん」と甘えてくる真知子に恭太は蛇の生殺し状態だったという。

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