白南風百合子との対面 2

 つまり、だ。


 百合子さんの中では、クリスマス前、美波さんから聞いた、


「恭太が好きな子のためにアクセサリー買うって言ってたから一緒に選んだ」


 というのを、『好きな子=もうお付き合いしている』と変換していたようである。それで、年齢的に、『お付き合い=結婚前提』、『アクセサリー=婚約指輪』、まで飛躍したらしい。だから、もうすぐにでも挨拶に来るものだと思ってワクワクしながら待っていた、と。


「それなのに、全然紹介してくれないんだもの。ママ悲しいわ」

「いや、母さん飛躍しすぎだから。ていうか俺まだ指輪あげてないし」

「エッ?! そうなの? 何で?!」

「何で、って言われるとなぁ。タイミング、としか」

「はぁ~? 小さい男ねぇ。そんなのもうズバッて渡しなさいよ」

「こっちにも色々あんだよ!」

「真知子ちゃん、ウチの子で本当に大丈夫? 見たところ、ご両親から大切に育てられた良いトコのお嬢さんですものねぇ。 騙されてない? 顔に」

「だ、騙されてません!」

「そう? 口車に乗せられてない?」

「乗せられてません、大丈夫です!」

「おい、この場で俺を下げんな!」


 何だろう。

 この二人のやり取り、コントだろうか。

 ただとにかく、仲が良いのはわかった。それだけはもうガンガン伝わって来る。


 とにもかくにも、私達の結婚については特に問題はないとのことだった。籍はいつでも入れなさい、と。両家顔合わせについても、そういうことならいくらでも都合つけるわよ、なんてありがたい言葉まで頂戴して。


 で。


「式は?」

「え、えっと」

「七月二十五の予定。式と、それから、豪華な披露宴じゃなくてちょっとした食事会みたいな、そういう感じで」

「式は? チャペル? 神前?」

「それは未定かな。マチコさんどっちが良いとかある?」


 急に振られ、言葉に詰まる。


「真知子ちゃん、ドレスが良い? それとも白無垢かしら」

「わ、私は、その……」

「おい、あんまり迫んなって。圧が凄いんだよ、母さんの顔は」

「んまァッ! 人をそんな化け物みたいに! 酷いわ! 昔は『ぼくのお母さんは世界一きれいです』って作文に書いてくれたのに!」

「いつの話だよ!」

「一年生の時よ! ママ、作文とかぜーんぶファイリングしてるんだから! 真知子ちゃん、あとで見せてあげるわね。アルバムもあるし、動画もあるから。ゆっくりしてって? 今日はお泊まりよね?」

「帰るに決まってるだろ!」


 こんなにペースを乱されている恭太さんを見るのは初めてかもしれない。それが新鮮で仕方なく、つい私も笑ってしまう。恭太さんは終始むすっとしていたけれど、『息子』の一面が見れたのは、収穫だと思う。


 最後まで「どうしてお泊まりじゃないの?」、「せめてお風呂は? ママ、女の子の背中流したいの!」、「じゃ、ご飯! ご飯なら良いわよね!」、「待って、いっそ飲んでかない? ウチで! サービスするから!」と粘っていた百合子さんだったが、それらすべてを恭太さんが断ってくれた。百合子さんと私の間に割って入って、本当に守ってくれたのだ。


「仕方ないから連絡先交換だけで我慢するわよ」


 口を尖らせた百合子さんが、渋々といった体で、スマートフォンを差し出して来る。それくらいなら、と恭太さんからのOKも出、それに応じていると――、


「ま、恭太を通さなけりゃ良いのよね。仲良くしましょうね、真知子ちゃん」


 見惚れるくらいに艶めくリップラインをにんまりとさせ、ばちん、とウィンクされる。


「今度美波も交えてお茶しましょ。連絡するわ」

「わ、わかりました」

「ブライダルエステなんかの相談にも乗るからね」

「助かります」

「あーもー、楽しい! 娘が欲しかったのよねぇ、あたし。恭太、でかしたわ。ママほんとに心配してたんだから。勉強ばっかりで、この子ったら、ほんっっっっとモテないんだもの! その顔は飾りなの!?」

「あ、はは……」


 百合子さん、ほんとに違うんです。

 恭太さんは、それはそれはおモテになるんですよ……。


 それは最後まで言えなかったけど。



 百合子さんに見送られて Blanc を出、きらびやかな街を歩く。


「なんか、まぁ、凄かっただろ」


 凄かったのか、なんて皆まで言わなくてもわかる。


「凄かったです。明るいお母様ですね」

「明るい……、まぁ、そうなんだろうな。あの、引いた?」

「全然。びっくりはしましたけど」


 だけど、あれくらいのパワフルさがあったからこそ、いまの恭太さんがいるのかもしれない。


「今後、何かにつけて連絡が来るかもだけど、しつこいようだったら俺に言って。俺から断るから」

「ええと、その、はい。その時は。でもなるべくは応えたいです。私も仲良くなりたいですし」

「そう? そう言ってくれるのは嬉しい。でもマジですぐつけ上がるから、負担になったらすぐ言ってよ?」

「それは、はい。わかってます」

 

 また一つ結婚に近付いた。そう思うと、頬が熱くなる。自らの熱に押されて、すぐそばにある彼の手を取る。恭太さんは「えっ」と驚いていたが、怯まずに握る。


「つ、繋いでも良いですか?」

「そこで許可取るのがマチコさんだよなぁ」


 しかも、繋いでからとか、と笑って、その手を振る。


「すみま」

「謝んの無し。謝るやつじゃないから。いつでも歓迎」

「ありがとうございます」


 たぶん手汗もすごかったと思うけど、そんなことを気にするよりも上回る幸福で、それどころじゃなかった。

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