マチコのヤキモチ 3
「え、と。ちなみに、それで、あの、連絡先は」
一応親戚になるのだ。
別に交換したって何の問題もない。と思う。たぶん。親戚ってそういうものだし。私だって麻美さんと交換してるし。でも、私達の場合は、麻美さんからすれば『夫の姉』であり、私からすれば『弟の妻』だけど、白南風さんは『妻の弟の妻』になるわけで……。でも、親戚は、親戚? だよね?
「え? しないしない。いらなくない?」
むく、と顔を上げ、こともなげに言う。
「でも一応、親戚というか」
「親戚っつっても、厳密には何の関係もない人だけど」
「そうなんですか? だってさっき親戚って」
「まぁ蓮君は義理の甥ではあるけど、実はその母親は無関係なんだよな。でもほら、そういう法律的な? そういうんじゃなくてさ、まぁ『蓮君の親だし、親戚だよね』みたいなの、あるじゃん」
「何となくわかります」
「でしょ? ってだけのやつだから、俺が『妻の弟の奥さん』なんて遠い遠い人と連絡先を交換しなきゃいけない大義名分なんかないわけ」
そりゃもともと知り合いだったとか、仕事関係とか、趣味の関係でよほど仲良くしたいとかなら違うけど、と付け加えてから、身体を少し起こして、私と視線を合わせる。
「ほっとした? マチコさん」
「え」
「ちょっと心配だったりしたんじゃない? 俺が麻美さんと連絡先交換して、仲良くなっちゃったらどうしようとか」
「いえ、あの、別に、し、恭太さんの交友関係に口を出すつもりは――」
そう言いかけたものの、何もかもお見通しとでも言わんばかりの顔で、余裕たっぷりに微笑まれれば、もう何もかも白状するしかない気持ちになる。
「すみません、ちょっと、その、嫌だな、とは思いました。べ、別にその、仲良くしないでってことでは、ないんですけど」
「良いんだって。少し警戒した方が良いと思うよ、マチコさんは」
「警戒?」
「義孝さんの奥さんにこんなこと言うのもアレだけどさ。絶対おかしいから、あの人の距離の詰め方」
「そうなんですか?」
「まぁ俺だからかもしれないけど」
すごい。
モテ男にしか吐けない台詞だけど、でも白南風さんなら説得力がある。
「とにかく、ああいう手合いは隙を見せたり、下手に接触したらアウトなわけ。ありもしない熱愛疑惑でっちあげる週刊誌みたいなもん。複数人で会ってても、上手いこと切り取って二人きりで会ってるように見せてくるから」
「こ、こわぁ……」
「というわけで、疚しいことは一切ございません。俺はマチコさんしか見てない。大丈夫。ご安心ください」
スマホ見る?
そうそう、前々から思ってたんだけど、GPSアプリとか入れようか?
俺、マチコさんになら全然知られても良いし。それで安心してもらえるならむしろ全然。
などと言いながらぐいぐいと迫って来る。
と。
「あ」
白南風さんが何かに気付いたような顔をした。それで、マチコさんマチコさん、と私の背中を優しく叩く。いや、名前を呼ぶだけでもわかりますから。
「どうしました?」
「年明けてた」
「えっ?! あ!」
会話に夢中で年越しの瞬間を逃した――!
まぁ別に良いんだけど。良いんだけどさ。
すり、と背中をひと撫でしてから少し距離を取って座りなおし、三つ指をつく。
「明けましておめでとうございます」
きれいな所作に見とれている場合ではない。私も慌ててそれに倣った。
「明けましておめでとうございます」
新年を迎えたら、あとはもう寝るだけである。このために起きていたわけだし。だから、「もう寝ましょうか」と布団をめくった。
「なぁマチコさん。やっぱり布団って別?」
「え? も、もももちろんですよ! だってここ、実家ですし?!」
「だよなぁ。その方が良いよなぁ」
そんなことを言いながら、ちょっと渋々と隣の布団に潜り込む。電気消しちゃいますね、と枕元に置いてあるリモコンを手に取ると、「なぁマチコさん」と声をかけられた。
「どうしました?」
「俺ら、結婚するんだよな?」
「急にどうしたんですか? さっきからさんざんそういう話をしたじゃないですか。すると思ってましたけど……?」
もしかしていまさら後悔してる?!
このタイミングで?!
はっ、もしやこれがマリッジブルーとかいう……!
「ごめん。いまの失言だった。マチコさんがまた良くないこと考えてる気がする」
「い、いや、その」
「違うからな? 別にやっぱ結婚なしとかそういう話じゃなくて。単なる確認のつもりだったというか。幸せを嚙みしめただけ」
「そう、なんですか?」
「そ。マジでごめんな、変なタイミングで」
マチコさんちょっと手、と言って、もぞり、とこちらの布団の中に手を伸ばして来る。
「繋いで良い? それくらいなら良いでしょ」
「大丈夫ですよ。ただ、寝てる時に離れちゃうかもですけど」
「それはお互い様だし。んじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
普段こんな時間まで起きていることがないからさすがに眠たい。色んなことが起こりすぎて脳もかなり疲れているだろうし。起きたら蓮君にお年玉を渡して、お雑煮を食べて、落ち着いたら初詣に行って。
そんなことを考えているうちに、どろんとした睡魔が襲ってくる。
まだ手は繋がれたままだ。さすがに朝になれば離れてしまうだろうけど。
こっそりと、少しだけ力を入れると、同じだけの力が返って来る。
そのことに安堵しながら、隣の彼の寝息が聞こえるよりも早く、私は眠りについた。
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