二人の真ん中の 1

 突然聞こえて来た義孝の声に慌てて白南風さんから離れる。少々乱れた部屋着をサッと直して、「起きてるよ」と返すと、すぅ、と障子が開いて「悪いな、新婚さん」とおどけた様子の義孝が顔を出した。あの、いつからそこにいたの? 怖くて聞けないけど。


「どうしたの、こんな時間に」

 

 立ち話もなんだし、座って、と促すと、白南風さんはわざと大袈裟に迷惑そうな顔を作って見せた。


「どうせアレだろ? 俺とマチコさんがここでイチャイチャしないようにって釘刺しに来たんだろ」


 ちゃんと弁えてますぅ、ちゃんとセーブしてますぅ、と彼が悪い顔を向けると義孝も「どうだかな」と似たような表情で応戦する。なんだか学生時代に戻ったみたいだ。義孝は学生の頃はよく自宅に友人を呼んでいたのである。私と違って義孝は友達が多いのだ。皆明るくて良い子達で、ウチで夕飯を食べていったりもしてくれたっけ。さすがにただでとはいかないけど、ご飯の大盛りくらいはサービスしたものだ。その子らはいまでもよく食べに来てくれているらしい。


「まぁ、さすがに良い年した大人が実家で盛ることはないだろうとは思ってるけど」

「さ、盛っ!? そんなことするわけないでしょ! で、ですよね、白南風さん!」

「恭太な。いや、マジで当たり前でしょ。俺そんなスリルとか求めてないし」

「それ聞いて安心したわ」


 はっは、と笑って、膝を叩く。良かった良かった、なんて言いながら、両手で顔を覆い、そのままごしごしと擦る。どうしたんだろう。眠いのだろうか。ていうか、本当にそれを確認するためだけにここに来たの? あなたいつもこの時間には夢の中でしょうに! 大晦日だからって無理しないの!


 眠いなら自分の部屋で、と肩を軽くゆすると、顔を覆ったままの義孝が、聞き取れるギリギリの小さな声で「ごめん」と呟いた。


「どうしたの?」


 私に向けての言葉なのかはわからない。わからないけれども、その声が震えていたような気がする。異様な雰囲気を感じ取って、思わず白南風さんの方を見ると、彼も何やら神妙な顔つきで眉を寄せている。


「あの、私、話聞くよ?」

「義孝さん、俺、外すからさ」


 と、白南風さんが腰を浮かせると、「いい」と短い言葉が返って来る。


「外すったって、お前こんな時間にドコ行く気だよ」

「まぁ……そうなんだけどさ」

「良いから、お前もここにいろ」

「でも」

「良いから。お前にも関係あるやつだから」


 そう言われて、白南風さんは再び布団の上に腰を下ろした。とすん、という振動が伝わったのか、やっと義孝は顔を覆っていた手を下ろした。目が赤い。


「あのさ、籍はいつ入れんの? それと、式はいつ頃の予定?」

「え、と。急にそんなこと言われても。その、まだそこまで」

「俺としては籍はもうすぐにでも入れたいよ。マチコさんさえ良ければ。あっ、でも、結婚記念日って大事だしな。マチコさんの誕生日とかにした方が良かったり?」


 なぁ、どうする?


 とろりとした目で首を傾げる。ここへ来てから、白南風さんはなんだかずっと機嫌が良い。二人きりの時は特に、私を見つめる目が優しいのだ。まさか義孝の前でもこんな顔を向けられるとは思わなかったけど。


「――わ、私の誕生日だと八月になってしまいますけど」


 恐る恐る挙手をする。そういえばまだ私達はお互いの誕生日すら知らない。何せまだお付き合いを始めて数日なのだ。


 案の定白南風さんは「そうなん?」となぜかかなり驚いた顔をし、義孝に「何でお前知らねぇんだよ」と呆れられている。仕方ないじゃない。そういう話をしてなかったんだもん。


「俺、マチコさんは絶対に冬生まれだと思ってた」

「なんですか、そのイメージは。私は夏生まれです」

「まぁでも何となくわかるよ。姉さんは冬っぽいよな、うん」

「でしょ? なんか落ち着いた清楚系美人は冬生まれってイメージがあるんだよなぁ」

「――んなっ?! な、何を」


 冬生まれにそんなイメージあるの?! なんか、冷たい人とか根暗な人とかのイメージだと思ったけど?! ってそれは酷いか。


「お前さらっと惚気てくるのな。良いけどさ。ていうか、冬生まれなのは恭太の方なんじゃねぇの? お前なんか冬っぽくね?」

 

 義孝の中で『冬生まれ』が一体どういうイメージなのかはわからないが、彼にしてみれば、白南風さんは『冬』っぽいらしい。


「そ? ちなみに、マチコさんはどう思う? 俺って、冬生まれっぽい?」

「えっ」

 

 そんなこと急に言われても。

 

 私達がお互いを認知したのはお盆明けだ。それから今日に至るまで誕生日の話題は出なかったし、白南風さんは一貫して二十七歳と言ってたから、九月から十二月の間ではないはず。などと分析していると、「そうじゃなくて」と両手を取られた。


「マチコさんのイメージを教えてよ。俺って、どの季節っぽい?」


 そういうの、聞かせてほしいんだけど、と目を細める。おい、実家ココで盛んなっつたろ、と義孝は呆れ声を上げつつもちょっと楽しそうだ。


「え、ええと……。あの、は、春、とか」

「それは、どうして? 春なんて、一番良い季節だと思うけど?」


 酔っているのか、なんだかちょっとほわほわと眠そうな顔だ。さっきちょっとだけお酒も飲んだし、もしかして白南風さん、もう眠い? 確かにそういう時間だし。


「特に深い理由はなくて、あの、なんか、暖かい、から?」

「へぇ。マチコさんには俺がそう見えてるんだ。そうかそうか。んで、義孝さんは冬、と。そんじゃ、正解発表と行くかな」


 そう宣言した割に、すぐに発表とはいかず、たっぷりと間をあける。そんな風に焦らされると、何となく私達も前のめりになってしまう。白南風さんはそんな私と義孝を何度か交互に見つめた後で、ぷ、と吹き出した。


「俺、六月生まれ。残念でした」

「何だよ、もったいつけやがって。どっちも外れじゃねぇか」

「いや、ごめんて。なんかさ、マチコさんと義孝さん、おんなじ顔でこっち見てんの面白くて、ついつい」

「同じ顔……してました? 私達、全然似てないってよく言われるんですけど」

「いや、顔の作り云々じゃなくてさ。同じ表情ってこと。やっぱ姉弟だな、って思って。仲良いよね、二人」


 そりゃ姉弟ですし、仲も良いですけど、と義孝を見ると、彼は何とも言えない顔をしている。私と似てるなんて言われて、ちょっと嫌な気持ちになっちゃったのかもしれない。だけど白南風さんの方でも、きっと良かれと思って言ってくれたことなんだろうし、否定するのも悪い。義孝もそう思うから黙っているのだろう。仲が良いのは、まぁ事実ではあるし。


 そう思っていると、がば、と肩を掴まれて抱き寄せられた。


「だろ? 何せ小さい頃からずーっと一緒だからな、俺達は。めちゃくちゃ仲良いんだ」

「へぇっ?!」

「あっ、ちょ! おい、義孝さん!」

「はっはっは。姉弟だからな。これくらいのスキンシップは普通だ!」

「そ、そうなの? そうだっけ?!」


 こんなの小学生の時以来じゃない?


「ほらぁ、マチコさんが引いてるだろ、離れろよぉ。もう人妻になるんだぞ。俺の! おーれーの!」

「まだお前のじゃねぇし」

「すぐだすぐ! あっ、そうだ、マチコさん、誕生日いつ?」

「え、ですから。八月って」

「何日!?」

「さ、三十です」

「おっけ、わかった。あ、ちなみに俺は二十日。ってわけで、えーっと、じゃあ……」


 そう言って、何やらぶつぶつと計算を始める。そして、「よし!」と膝を叩いた。


「七月の二十五」

「は?」

「俺らの結婚記念日。その日はどう?」

「どう、って。あの、七月も謎ですけど、二十五日はどこから出て来たんですか? あっ、私のお給料日? お給料日と関係がある感じですか?」


 思わずそんなことを口走ると、白南風さんと義孝はそろって吹き出した。

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