食堂さわだへ 3

「別に俺は最初から反対する気なんてねぇんだ」


 それが父の返事だった。


「まぁよっぽどちゃらんぽらんなやつが来たら追い返してやろうと思ったけどよ。食べ方もきれいだったし、箸の使い方も悪くない。食ってる時の姿勢も良い」

「お父さん、そんなところ見てたの?」

「当たり前だろ? 義理の息子になるかもしれねぇんだから」


 やっぱり照れ臭そうにそう言って、頭を掻く。


「何かよくわからねぇけど、その、何だ。博士? になるんだろ? 俺は学がねぇっつぅか、勉強なんて大嫌いだったからな。それでこっちの道に逃げたってぇのもあるんだが。一つのことに真面目に取り組んでその道を極めるってぇのはすげぇことだ。根性があるんだろ。努力出来るのも才能だろうしな。――義孝」


 そこで名を呼び、義孝の肩に手を置く。義孝は「何だよ」と不満そうな声を上げて眉を顰めた。


「姉さん取られて悔しいのはわかるがな、認めてやれって」

「別に悔しいなんて言ってないだろ」

「お前は昔っから姉さん子だったからなぁ」

「うるさいな」


 そのまま頭をぐしぐしと撫でられる様は、昔から変わらぬ『父』と『子』だ。


「真知子は昔から大人しくて真面目な子でな。ウチの手伝いもよくしてくれたし、ほら、こんな姉さん子になっちまうくらい弟の面倒見も良くてさ」

「おい、そこは良いだろ」

「良かねぇよ、大事なところだろ。親としては、こんなに気立ても良いのにどうして浮いた話の一つもねぇんだろうって心配してたところだったんだ。まぁ、時代っていうかな、晩婚とか言うだろ、いま。だから仕方ないのかとは思ったりもしてたんだが、それでもついつい、急かすようなこと言っちまってなぁ」


 そしたら、なんか相談所? そういうのに入会したとか言ってきてな、と、父がぽつぽつ語る。


「何か俺達が追い詰めちまったのかななんて思ってな。それからはもう何も言わないようにしたんだ。ほら、プレッシャーになると思ってな。まぁ、いまさらだけども。あの内気な真知子がそういうのに入ってまで結婚したいって思ってるわけだから、それで見つけた相手に対して、俺がどうこう口出すことではないよなって。――恭太君」


 名を呼ばれ、白南風さんが「はい」と気持ち前のめりになる。


「俺の娘は、人を見る目はあるんだ。あると信じてる。まさかここまでの色男を連れてくるとは思わなかったが、真知子のことだからきっと、君の見た目とか肩書とかそんなのを抜きにして、内面で選んだんだろ」

「それは、間違いないです。僕の見た目や肩書で寄って来る女性とは違いました。振り向かせるの、本当に大変でした」

「はっはっは。だろうなぁ。こいつはな、案外頑固なところがあるから」

「ちょ、ちょっとお父さん?! 私そんなに頑固じゃ……!」


 待って待って。

 何かおかしな方向に行ってない?

 いまの流れ弾だよね?! 何で私が頑固だって話になるの?! ていうか私頑固じゃないと思うし!


「いやいや、そういうところも可愛いよ、真知子さん」


 私に視線を向け、ははっ、と軽く笑う白南風さんに、母が「あらっ!」と口元を押さえる。


「こんなところで惚気られるなんて、すごいわねぇ!」

「の、惚気るとか! あの、白南風さんも変なこと言わないでください!」

「えっ? いま変なこと言った?」

「言いました!」


 悪びれる様子もなくきょとんとした顔をしている彼の脇腹を小突くと、それまでむすっとしていた義孝が観念したように息を吐いた。


「まぁ、別に俺だって、姉さんが選んだやつをやみくもに反対したいわけじゃないけどさ」

「そ、そうなの?」

「そりゃそうでしょ。でも、第一印象がアレだったしさぁ」


 そう言って、目を細め、にんまりと口角を上げた。その表情に、ぎくり、と肩が震えて、ちらりと隣を盗み見る。白南風さんの表情も心なしか引きつっているようだ。


「あの時はほんと、失礼しました。まさか真知子さんの弟さんとは思わず」

「いや? 当然の反応ではあるんじゃない? 付き合ってる彼女が見知らぬ男の車に乗って現れたらそりゃあ警戒するでしょ」

「まぁ……それは」

「俺も大人気なかったと思うし。悪かったって。ほら、これからよろしく、えっと、義理の兄貴になんのか。俺の方が年上なのにな」


 ひひ、と笑って手を出す。


「いやもう、普通に義孝さんのが『兄』ですって」


 軽い調子でそう返し、その手を取って、固い握手を交わす。二人のやり取りを見ていた両親がほっとしたような顔をする。どうやらこれで一応は『許しを得られた』ということらしい。やはり今回のキーマンは父ではなく、弟だったのだ。


 とりあえずはこれで一安心だ。さっきまでの重い空気はそこになく、父も母も朗らかな表情で、一触即発の雰囲気さえ合った義孝までもがけらけらと調子よく笑っている。結婚とは、こうやって祝福されながらするものなのだと噛みしめる。


 安堵のままに顔を上げると、うとうとしている蓮君を抱っこしている麻美さんと目が合った。こんな時は、どういう顔をしたら良いのだろう。笑顔――、は意味がわからないだろうし。でも、会釈も何か違うような気がする。これからよろしく、と言うとしたら、それは白南風さんなのだろうし。そんな事を考えて、リアクションに数秒の遅れが出る。


 と。


「チッ」


 かすかにそう聞こえた。

 口元を歪ませて、ものすごく不満そうな顔をして。


 ええと、私何かしましたか……?

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