忘年会のその後で 2

「なんかおっかない顔してる」


 義孝からのメッセージに『帰るよ』と返信をし、スマホをテーブルの上に置く。白南風さんの言葉で顔を上げると、彼は自身の眉間をトントンと指差して「しわが寄ってる」と教えてくれた。


「義孝さん、何だって? ていうか俺、聞いても良いやつ?」

「はい、あの、年末帰って来るか、っていう確認です。この時期は必ず来るんです」

「義孝さんが確認すんの? 毎回?」


 そういうのって親だったりしない? と首を傾げられる。確かにそう思うだろう。


「何年か前までは母親から来てたんです。だけど、一昨年スマホに替えたら、操作が面倒とか言って、弟に投げるようになって。一緒に住んでるので」

「そっか、同居なのか。えっと、確か実家、食堂って言ってたっけ」

「そうです。よく覚えてますね」

「そりゃね。それで? 毎年恒例なのに、そんな顔すんの?」

「え――……と、あの、なんていうか」

「いや、言いづらいことなら別に良い。無理に聞かない聞かない」


 顔の前で手をパタパタと振って、パンケーキにぐさりとフォークを刺す。


「あの、違うんです。出来ればちょっと聞いていただきたい話ではあるというか」

「どういうこと?」

「何ていうか、私一人で抱えるのはちょっと、っていう内容かもしれなくて。その、私の考えすぎなら全然良いんですけど。ただ、なんていうか、こんな話をしても良いのかどうか、という気もして」

「何だそりゃ。良いじゃん。これから家族になるんだし。マチコさんが話したいことは話して良いよ。隠したいことは隠しても良いけど、話したいんなら話して」

「いまのところ隠したいことは特にないですけど。あの、なんていうか、ですね。弟の奥さんの話なんですけど」


 そんな前置きで、私はぽつぽつとクリスマスのことを話した。白南風さんは「それで義孝さんが送って来たのか」と納得したような声を上げたものの、「でもまぁ、普通に考えてさ」と、眉間にしわを寄せた。


 そして、


「それはさ、不倫してんじゃね?」


 私が躊躇っていたその一言をズバリと吐く。

 

「私もちょっと考えたんですけど、でもまだ蓮君小さいのに」

「子どもが小さいとか関係ないでしょ。俺はその奥さんのこと知らないけど、そんな月に何回も子ども預けるとかおかしくない?」

「その、息抜きとか必要なのかな、って思って」

「まぁ、息抜きは必要だろうけどさ。例えばさ、迎えに来たその奥さん、髪とか爪とかきれいになってたりした?」

「いえ。――あ、でも、いい匂いはしました」

「いい匂い?」

「はい。だからきっと美容院に行ったんだと」

「長さとか色とか変わってた?」

「それは……たぶん変わってないですけど。でも、トリートメントとか、ヘッドスパとかありますし」

「トリートメントとか、ヘッドスパ、ねぇ。まぁマチコさんがそう思いたい気持ちもわからないでもないし、ほんとのところは俺らには知りようがないけど」

「それは、そうなんですけど」

「それで、義孝さんが元気がない気がする、と」

「そうです」


 正直なところ、心配なのはやはり弟の義孝と、その子どもである蓮君である。冷たい言い方をすれば、やはり麻美さんは『他人』なのだ。もちろん、弟が選んだ人だし、甥の母親であるわけだから、良好な関係を築きたいとは思っているけれど、何かあった時に味方に付きたいと思うのは肉親である。とはいえ、それは義孝側に何の落ち度もない、というのが前提の話にはなるけど。


「その、年末の帰省だけどさ」

「はい」

「俺もついて行って良い?」

「え」

「ほら、ご挨拶もしなきゃだし」

「それは――、確かに」

「もちろん、会ってもらえるなら、って話だけど」

「それは、大丈夫だと、はい。たぶん」


 結婚をあきらめていた(と思う)三十二の娘が婚約者を連れて来るとなれば、ウチの両親なら諸手を挙げて歓迎するはずだ。たぶん。


「ちなみにだけど、マチコさんのご両親ってどんな人? 俺、殴られたりするかな?」

「それはないと思います。父は暴力をふるったりする人ではありませんし。母は、まぁ、良くしゃべる感じの、なんていうか、『食堂のおばちゃん』ですかね」

「成る程、母子共に『食堂のおばちゃん』と」

「で、でも、性格はもう全然逆で! 母はあの、お客さんからも愛されるタイプというか!」


 慌てて否定する。確かに肩書は同じだけど、全然違うのだ。それに私は『学食のおばちゃん』であって、『食堂のおばちゃん』ではない。何がどう違うのかと言われると、そこに接客の要素があるか否かだ。学食のおばちゃんは持ち場によってはほぼほぼ接客をしないというか。


「そんなムキになって否定しなくても」


 そんな私を見て、白南風さんがくつくつと声を殺して笑う。


「いや、ちゃんと愛されてんじゃん、客に」

「え」

「俺、めっちゃ常連客なんだけど」

「た、確かに!」

「俺以外の客からは愛されないでね」

「その心配は皆無かと……」

「いーや、わからん! 現に岩井、アイツ! アイツは特に油断なんねぇから!」

「落ち着いてください、白南風さん!」

「恭太でプリーズ」

「恭太さん!」


 などと話は脱線しつつも、とりあえず、今年の帰省は『二人で』ということになった。

 白南風さんは帰らなくて良いのかと聞いたけれど、「ウチの親、年末年始とか関係なく仕事入ってて忙しいからなぁ」の一言だった。

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