貝瀬学院大学学食忘年会 3
「あらー! ナイトの登場ねぇー!」
「安原さん、ナイトって……!」
「ちょっともー白南風君、聞いたわよぉ~!」
「お熱いんだから、もーっ!」
「
白南風さんの周りをわらわらと囲み、彼の肩をバシバシと叩きながら、おばちゃん達のボルテージは最高潮である。が、それ以上に――、
「ちょ、あの人何、芸能人?」
「めっちゃカッコ良くない? え、あのおばちゃん達の息子さんとか?」
「誘う? ねぇ、声かけてみない?」
近くの席のイケてるお姉さん達の目がギラついている。絶対にこうなると思った。だからあんまり来てほしくなかったというか。ていうかこういう時、私って何したら良いんだろう。この人私の婚約者なんです、って言うとか? 無理無理無理。そんなの言えるわけないし! いや、私だってね、正直なこと言えば、まだちょっと信じられないしね?!
「おーい、マチコさんー。なぁ、どうした? おーい」
顔の前でササッと手を振られ、我に返る。百人中百人が口をそろえてイケメンと絶叫するであろうご尊顔がすぐ目の前にある。
「ヒッ!」
「えっ、何その反応。嘘でしょ」
「あ、ご、ごめんなさい。ちょっとびっくりして。というか、あの私、来なくて良いって」
言ったんですけど、と口にしてから、まぁメッセージだから、厳密には「言った」わけではないよな、なんて馬鹿正直に考えたりする。
そんな余計なことを考えていると、す、と手を取られた。
「来なくて良いとか、寂しいこと言わないでよ」
「ヒエッ」
きゅ、と私の手を握り、自身の頬に当てる。白南風さんの手も頬もまだ冷たかった。ここまで歩いて来たのだろうか。あのメッセージを受信してから数分しか経っていないから、恐らく近くにはいたのだ。ここまで冷えているということは、ずっと外にいたのかもしれない。
「ちょっと白南風君、マチコちゃんがびっくりしてるじゃないの」
「そうよ、白南風君のイケメンムーブはマチコちゃんには刺激が強いのよ」
テキパキと身仕度を済ませながら、安原さんと小林さんが言う。小林さんの手にはいつ徴収したのか、数枚のお札と伝票があった。あれっ!? 待ってください、私まだ払ってません!
「ねぇマチコさん、一緒に帰ろ?」
捨て犬のような目でこちらを見る白南風さんは、正直心臓に悪い。悪いけれども、まずはちょっと一旦支払いの方をさせていただきたい。
そう思い、ちょっとすみません、と断ってから小林さんに「あの、私お金を」と声をかける。鞄は手を伸ばせば届くところにある。白南風さんに片方の手を取られたままの姿勢で、どうにかそれを引き寄せた。
が。
「良いの良いの。今日はね、あたしらに奢らせて」
「え」
「そぉよマチコちゃん。たっぷり良い話聞かせてもらったもの」
「もうね、逆にお金払いたいくらいよ、ねぇ?」
「そうそう、この二時間で確実に五歳は若返ったわね」
「そ、そんな! 私の話にそんなアンチエイジング効果があるとは思えません!」
「良いから良いから。とっととそのイケメン連れて帰りなさいな。じゃないと、その辺の肉食お姉さん達に取られちゃうわよぉ?!」
小林さんが、ガオッと獲物に飛びかかるライオンのようなジェスチャーをすると、視界の隅にちらりと見えたきれいなお姉さん達が気まずそうに視線を逸らした。
「と、取られるとか――おぶっ」
そんな、と言おうとしたところで、勢いよく抱きつかれた。まだひんやりとするコートに顔面からダイブすることとなり、視界が一瞬で暗くなる。ちょ、ちょっと待ってください! あの! け、化粧がっ! いま結構皮脂とか浮いてて崩れやすいのでっ!
「俺は大丈夫〜。それよりマチコさんでしょ。その辺のおっさんに連れてかれたら大変」
待って!
私そんな子どもじゃないからね!?
連れてかれるとか、そんなことあり得ないしね!?
どうにか拘束から逃れようとするけれど、さすがは男の人、力が強い。なんとか顔の間に手を差し込み、呼吸の確保といまさらだけどお化粧ガードをする。そこでやっと少しだけ安堵したけど、いやよく考えたらこの体勢何!?
「し、白南風さん、あの……」
こんな人の多いところでなんてことを!
いや、人がいなかったら良いというわけでもないけど!
とりあえずちょっと離れましょう? そう声を絞り出す。なんかもう暑い! そもそも室温が高いのもあるのだろうけど、白南風さんの体温がコート越しにも伝わってくるようで、顔から火が出そう。
もぞもぞと身を捩らせてわずかばかりの抵抗を試みると、白南風さんの拘束が緩んだ。チャンス、と顔を上げて大きく息を吸い、顔面ダイブを決め込んでしまったコートの胸元を見る。良かった、キャメル色のコートだからか、悲惨なことにはなってない。いや、目立たないだけかもしれないけど。
「……言ったな?」
「え? あ、あぁ!」
私を見下ろす彼は、にんまりと悪い笑みを浮かべている。
「いや、あの」
だらだらと冷や汗をかきながら、どう弁解したものかと言葉を探していると、真壁さんと笹川さんが割って入ってくれた。
「あらあら、どうしたの、マチコちゃん」
「ちょっともう白南風君もね、こんなところでイチャイチャしないのよ。ほら、離れて離れて」
ちぇー、と言って、拘束を解いてくれたが、手は取られたままだ。
「これってもう解散ですよね? 連れて帰って良いすか?」
その手を高く上げ、学食おばちゃんズに向かってそう尋ねると、彼女達はそれはそれはきらきらと瞳を輝かせて、「どうぞどうぞ!」、「お持ち帰りしちゃって!」、「テイクアウトよ!」と大興奮である。
「よっしゃ。そんじゃ、行こうかマチコさん」
「は、はい」
慌ててコートを羽織り、ちょっとつんのめりながらブーツに足を入れる。白南風さんはその度に「いや、そんな焦んなくて良いって」と笑っていたけど、これ以上ボロを出す前にここを去りたい。あと、普通にお姉さん達の視線が痛い。怖い。
『何であんなおばさんが?』
『ホストのお迎えとかなんじゃない? 相当貢いでそう』
なんかもうそんな声まで聞こえてきそうだ。
ホストは言い過ぎだとしても、『何であんなおばさんが』というのはある。絶対にある。
ショートブーツのチャックを上げ、「行きましょうか、白南風さん」と腰を上げると、彼はまた繋いだ手を周囲に見せつけるように上げ、それを左右に軽く振った後でにこりと笑った。
お姉さん達のため息が聞こえてきそうなフルスマイルを大盤振る舞いした後で、少しだけ身をかがめる。そうして、私の耳元で低く囁いた。
「さっきといまので二回な。こっから先は俺のこと『ダーリン』でよろしく、ハニー?」
「ひえええええ」
しまった、私としたことが!
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