貝瀬学院大学学食忘年会 2

 結局アルコールは最初の一杯のみにとどめた。元々強い方ではないのだ。調子に乗って飲みすぎればどんなことを口走るかわからない。


 その後も聞かれるがまま何とか事実だけを淡々と述べただけのはずなのだが、七名は何だか肌をつやつやさせて「いやぁ、若いって良いわぁ」、「あたし今日一日で若返った気分」と上機嫌である。


「いやぁ、でも白南風君がねぇ。ふふ、ふふふ」


 小林さんに至っては、もう何杯目かわからない生中のジョッキを片手に、さっきからずっと笑っている。


「マチコちゃん、式には呼んでくれるのよね?」

「えっ」

「えっ、って何?! えっ、って! えぇ、もしかして呼んでくれないのぉ?!」

「酷いわぁ、マチコちゃん! あたし達、ご祝儀弾むわよぉ?」

「そうよ、あたしあれ、キャッチしてみたかったのに! あれ、ほら! あの……花束!」

「花束って……! ブーケでしょ、ブーケ!」

「ちょっと山岡さん、あなた何回結婚する気なのよ! 既にもう二回目でしょうが! 若い人に譲るのよ、そういうのは!」


 山田さんから、さらりととんでもないツッコミが入る。えっ、山岡さんってバツイチだったんですね?!


 いや、それは置いといて。


「ち、違うんです。あの、呼ばないとか、そういうのではなくて!」

「それじゃあ何? もしかして式とか挙げないの?」

「いま若い人そういうの多いわよね。ほら、写真だけとか」

「そういう感じ?」

「いえ、その、まだそういうの全然話してなくて」

「あらっ、そうなの?」


 何せ結婚を前提としたお付き合いがスタートしてからまだ三日である。何ならあの日からまだ一度も会っていない。院生に冬休みなどというものは――さすがに年末年始の数日くらいはあるけど――あってないようなものらしく、再びゼミ室に缶詰めであれこれしているのだとか。もちろん、電話やメッセージのやり取りくらいはしているし、今日の忘年会のことだって伝えている。恐らく――いや、確実に自分達の関係についてあれこれ聞かれるだろうから、その時は正直に答えても良いですか、という了承もちゃんと得ておいた。


「それで? マチコちゃんとしては? 挙げたい? どうなの?」

「私としては――まぁ、式だけでも、という気持ちはあります」


 豪華な披露宴、というのは正直考えていない。だって、呼ぶような友人なんて正直にいえば親友一人くらいしかいない。だったら教会なり神社なりで式だけ挙げて、それで軽くお食事会とか、そういうのでも良い。


「成る程ねぇ。まぁ、その辺は二人で決めることだし、良いんじゃないかしら」

「あ、で、でも、もし挙げるとなれば、あの、その時は、ぜひ、皆さんにも来ていただけたら。あの、ご迷惑でなければ、ですけど」


 慌ててそう言うと、七人はそろって吹き出した。


「ご迷惑だなんて、あるわけないじゃない!」

「あたし、いまから身体絞っておかなくちゃ!」

「あっ、あたしも危ないかもしれないわ。ちょっと確認しておかないと!」

「やぁねぇ、買わせりゃ良いのよぉ、新しいのを!」

「ちょ、真壁さんったら!」


 そんな話で沸いていると、ポケットに入れていたスマホが振動した。いまの話題は『新しいドレスを買うかどうか』になっているので、確認するくらいは良いだろう。そう思って、ポケットから取り出す。


 私のスマホを震わせるのなんて、家族――と白南風さんくらいしかいない。案の定、彼からである。画面にはメッセージアプリのウィンドウが表示されていて、そこに彼の名前と、中途半端なところで途切れたメッセージが見えた。


『忘年会、何時まで?あまり遅くなるようなら迎えに行くけど。』


 ウィンドウをタップすると、表示されたのはこのメッセージだった。


 いや、お迎えとか! 良いです良いです。もう絶対に来ていただかなくて良いです! 全然帰れます! 一人で!


 慌てて、返事を打つ。絶対に、絶対にお迎えなんて来てほしくない。


 が、焦れば焦るほどうまくいかない。さすがにフリック入力が出来ない、という年齢ではないけれど、角度が悪いのか、どうにもうまくいかないのである。ミスしては消し、ミスしては消し、とやっていると、小林さんが「白南風君から?」と声をかけて来た。


「え、あ、はい。すみません」


 先輩との飲みの席でスマホをいじるなんて、とそれを鞄に入れようとしたところで、「良いって良いって」とそれを止められた。そんな私達のやり取りに気付いた真壁さんが「何? ダーリンから?」と笑う。


 だ、だだだダーリンとか! その!


「茶化さないの、真壁さん。ほら、マチコちゃん、メッセージ返しちゃいな?」

「何? もしかしてお迎え来るとか、そういう話だったり?」

「え、えと、はい。もし遅くなるようなら、って」


 今度は焦らずゆっくりと文字を入力する。とりあえず、『そろそろお開きになりますから、迎えに来ていただかなくて大丈夫です。』と返すことが出来た。これだけの文字を打つのにどれだけの時間をかけているんだ私は。


「あらっ、それじゃあ白南風君、こっち来るのね?」

「いえ、断りましたので、来ません」


 どうする、白南風君も一緒に二次会とか、などと盛り上がり始めたところへそう言うと、「えぇっ?!」と七名が一斉に私を見た。


「断るとかある?!」

「いやー、マチコちゃん、そこは甘えないと!」

「白南風君絶対来る気満々だったって!」

「頼られたいものよ? 男って」

「え、ええ?」


 そうなの?!

 そういうものなの?!

 でも、ほんとにこの場には来てほしくないというか……。


「いまからでも『やっぱり来て』って言ってみたら?」

「いや、でも」

「絶対その方が良いわよぉ!」

「そぉよ! 何、白南風君いまどこにいるの? 家?」

「ええと、たぶん、さすがに家だと」

「白南風君の家ってここから近い?」

六月町ろくがつまちの方なので、遠くはないですかね」

「だったら!」

「で、でも! あの、ほんとにちょっとこの場には、っていうか」

「この場には? あらっ? もしかしてこのお店に何かあるの?」

「もしかして、元カノと修羅場って出禁になってるとか?!」

「うわ、白南風君ならありそう……ってごめんごめん、冗談冗談」

「いや、修羅場とかは聞いたことないです」

「だったらどうして?」


 ずいずいと迫りくるおばちゃんズの圧が凄い。ええと、その、違うんです。修羅場とかではなくて。


「もしかして、あたし達に会わせたくないとか!?

「あらっ、何?! ヤキモチ?! 他の女にとられたくないとか?!」

「やぁーだ、山岡さんったら。白南風君があたしらなんて見るわけないでしょうに!」

「それもそっか! そうよね、アハハ!」


 私を取り囲んでわいわいと騒いでいると、お店の入り口の方で、ひと際威勢の良い「いらっしゃいませー!」が聞こえてくる。随分と盛況している店のようだ。私達もそろそろ出ないと次のお客さんが入れないだろう。そう思い、そろそろお開きにしませんか、と切り出そうとした時だった。


「マチコさーん、迎えに来たよ」


 おばちゃんバリケードの間から、ぬ、と白南風さんが顔を出した。


 それがあまりに予想外で、突然すぎて、たぶん本来は来てくれた嬉しさに舞い上がるところなんだと思うんだけど、


「ヒエッ?! な、何でいるんですか!」


 まるでストーカーでも現れたかのような反応になってしまった私である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る