第14話 思慕の終わり

「カイト! 大丈夫か!?」

 

 汰一さんと入れ替わるようにアキラくんの声が近くなって、背後へと着実に迫ってきているのをひしひしと感じる。

 ボクはどんな顔をしたら良いか分からず、背中を向いたまま車道に視線を落としていた。


「ア、アキラくん、どうして……」

「汰一から連絡来てさ。こんな写真送ってくるから……見てみろよ」


 そう言ってアキラくんが促すから、仕方なく液晶画面だけを求めて後ろに視線を走らせる。

 アキラくんがボクに見せてきたスマホの画面には『二つ坂橋でイケメン口説いてる』というメッセージが、ボクの目つきの悪い振り返り様の写真とともに映っていた。

 

 汰一さん、話の合間にスマホを触ってるとは気になっていたけど、まさかアキラくんに連絡していたとは。見た目に似合わず意外とおせっかい。

 アキラくんを傷つけた過去も悪いと後悔してたみたいだし、素直じゃないだけで良い人……なのか? いやそんなことより……。


「汰一に何もされてねぇか? アイツ、目をつけるとすぐちょっかいだすから……」

「……どうして」

「え?」

 ボクは回れ右をし、アキラくんにありのままの暗い顔をさらした。

「……どうして、をしたのに、まだボクの心配をしているの?」

 襲われたことなど綺麗さっぱり忘れてしまったかのように、普段通り優しく接してくれるアキラくんに耐えかねて、ボクから切り出してしまう。


「もうわかってるよね? 君が見ているボクは、ボクじゃない。ボクはアキラくんがナナミと仲良くしている姿を見ると、どうしようもなく苦しくなるんだ。だから避けてた。……アキラくんの親友でいられた、昔の純粋なボクはどこにもいないんだよ。今のボクは汚いボクもアキラくんに受け入れてほしくて、そのためならアキラくんをどうするかわからない。また襲われてもいいの?」

 もちろん、繰り返し襲うつもりなんて微塵もない。アキラくんを引き離すためのただの脅しだ。

 これ以上期待しないように、傷つかないように……ボクなりの予防線でもあった。

 

 ようやく確認できたアキラくんの顔は、驚きと怯えが混ざっている。

 沈黙を利用して、ボクは帽子のつばを下に引いた。アキラくんの答えに傷ついても立ち続けられるように、備えていた。


「……だって、あんな別れ方嫌だろ」

 俯きがちに、アキラくんがつぶやく。

 それから真正面にいるボクに顔を上げた。


「カイトは大切な親友だから、失いたくないんだよ」

 予想外の言葉に、立ち尽くす。

 アキラくんは凛々しく発言した後、なおもボクに訴えた。

「むしろ変わる方が普通じゃん。何おかしいみたいに言ってんだよ。俺だって自暴自棄になったことあるし、そん時もカイト見捨てないで止めに来てくれただろ。……今みたいになんでも話してくれよ。前みたいに、誰にも言えず抱え込んで苦しんでたなんて、その方がつらいだろ。……気づかなくて、ごめんな」

 あぁ……あの頃を思い出す。

 ボクがアキラくんに過去を話したことを。

 無知を恐れず誠実に向き合ってくれた彼の態度を。あの時から優しすぎる本質は全く変わっていない。

 

 アキラくんは棒立ちのボクにゆっくりと近づいてくる。

「俺はナナミもカイトも大好きだ。……けど、カイトのことは今まで友達だと思ってて……正直、気持ちは追いついてない」

 アキラくんから苦しそうに抽出された言葉は、どんな悪態よりもボクの心を鋭利にえぐった。

 

 でも同時に安心したんだ。

 これで、ようやくあきらめがつく。

 

 この二度と叶わない思いを抱えるのは、ナナミからお母さんとお父さんを奪ってしまった罪だと思っている。ボクが一生背負っていかなければならない業だ。

 ボクは悲しい感情を包み隠すように、微笑むことを意識して口を開く。

「そうだよね……ごめん、ボクは……」

「でも……嫌じゃなかった」

 込み上げる感情を飲み込み声を絞り出したボクを、アキラくんは言葉で遮る。

 必然とボクはアキラくんに注目し、視線がぶつかってしまう。その瞬間、アキラくんの目は左右に泳ぎ、頬と耳がみるみる間に朱色に染まっていった。

 

 あれ……? 

 なんだこの違和感と緊張感は……。

 誠実だったアキラくんの態度が、一変する。

 なんでアキラくんは、こんなに赤面しているんだろう。


「むしろ、その……気持ち良くて……。ナナミがいるのにどうかしてるよな、俺……」

 アキラくんはボクから目線を外したままつぶやく。

 色めく雰囲気にボクの心臓は自分で鼓動を感じられるぐらいに高鳴っていく。


「俺もカイトが思うような、『良い人』じゃねぇよ」

 

 アキラくんは不意に、ボクの帽子を奪った。


 正面から迫ってきたアキラくんは、ボクから奪った帽子で表通りから口元を隠す。かと思うと、もう片方の手で肩に手を置き、背伸びをする。ボクの唇とアキラくんの唇が重なるかと錯覚するほど顔と顔が近づいた間際、告げられる。


「俺を好きになってくれてありがとう、カイト。――俺も、愛してるよ」


 囁きとともに鼻腔をくすぐる、柑橘のこう

 

 それは、おとぎ話の王子様や勇者がお姫様に与える奇跡のように――アキラくんがボクに差し出してくれた愛のかたちが、ボクの中の毒という呪いを浄化していく。

 

 そして目が醒める。

 ボクはナナミからアキラくんを奪って独占したかった訳じゃない。2人に置いてけぼりにされるのが、怖かったんだ。

 ボクとアキラくんの冒険が、秘密が、付き合ったナナミとの思い出に上書きされて、失われてしまうんじゃないかって……。

 アキラくんやナナミがボクを見捨てるなんてことをするはずがないのに、信じてあげられる勇気を持つことができなかった。

 

 失ったはずの情熱が呼び戻されていく。

 

 ボクは帽子をアキラくんから取り返し、つばを後ろ向きにして被り直した。

 自分を偽る事も輝きを疎む理由も、この先には必要ない。――それに、口づけの邪魔になる。


「……うん。ボクは家族として、君とナナミに幸せになってほしい。……心の底からそう願ってるよ」


 これが紛れもない本心。ずっとずっとアキラくんにかけてあげたかった言葉。

 これまでもこれからも、アキラくんはボクのヒーローで……親友なんだ。

 

 ボクは大事に噛み締めるように救いようのない毒を温もりに代えて、アキラくんの額へと優しく明け渡した。

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