第8話 タコパ騒動③
「あーもー、最悪だった。ごめんな、カイト」
買い出しからアキラくんの部屋に戻ってくる。
アキラくんはキッチンに食材の入ったレジ袋を置くと頭の後ろに手を回し、ボクに軽く頭を下げた。ボクは首を数回横に振る。
「大丈夫だよ。むしろ汰一さんにはほんとにおごってもらっちゃって……なんか悪いな」
「好きにおごらせとけ。アイツ、俺をからかいたいだけだ。さてと……早いけど、準備するか。おやつがてらゆっくりつまもうぜ」
アキラくんはあっさり汰一さんを切り捨て、袋から食材を取り出していく。
時間は15時過ぎぐらい。
汰一さんが買い物に乱入したことで、予想以上に時間がかかってしまった。
アキラくんは食べるには早いと言ったけど、朝からほとんど何も口にしていないボクにとって、その提案は非常に有り難かった。
ボクもアキラくんもタコパは初めてだから、アキラくんのスマホで『美味しいたこ焼きの作り方』を調べながら作ることにした。
まずは切る必要のある具材の処理。
タコとウィンナーを、アキラくんが包丁でぶつ切りにしてくれた。
卵と水を合わせて混ざったら、小麦粉と和風だしを加えてさらに混ぜる。生地はこれで完成。
次にたこ焼き器に電源を入れ、キッチンペーパーを使ってくぼみ1つ1つに油を引き、焼く用意を進める。鉄板から移す皿も、アキラくんとボクの分合わせて2枚並べた。
鉄板が熱を発してきたところで生地をくぼみに流し入れタコや天かす、刻みネギや紅しょうがなどの具材を一斉に投入する。
タコ以外のメインの具材は汰一さんもいたからじっくり選べなかったけど、アキラくんが教えてくれたキムチ、ウィンナー、チーズとかそのままでも美味しく食べられる無難な食材にした。
後は火が通るまで待つ。火が通ったら竹串で周りの生地も巻き込むようにひっくり返せばいいって書いてあった。
「意外と簡単だったな」
「そうだね」
きゅーきゅーと弱々しく悲鳴をあげるたこ焼きを見て、アキラくんが呟く。
ボクも同じくそれを見つめながら、面白みのない返ししかできなかった。
あぐらをかいて向かい合うボクらを、沈黙が襲う。焼き音がなければ、無音で気まずくなっていたかもしれない。
手持ち無沙汰になったボクは、いそいそとキャップを脱いで床に置かせてもらった。
「焼いてる間に、なんか飲む?」
気を遣ったのか無意識なのか、絶妙なタイミングでアキラくんが机の隣に持ってきていたレジ袋から缶を何本か取り出す。
レモンサワー、ハイボール、カシスオレンジといったチューハイからビールまで多様に入っていた。全部で6本ある。アキラくんは眉根を寄せた。
「うわ……全部ほんとに酒だ。ノンアルないじゃん。俺あんま酒飲んだことないんだけど」
「20歳になったばかりだもんね。見た感じ、どれもそんな度数強くなさそうだから大丈夫だよ」
お酒は自分で好んでは飲まないけど、荻原さんとの付き合いで何回か口にしたことはある。ボク自身、アルコールに強くはないけどたぶん弱くもない。
「そうかなあ」
アキラくんはそれでも納得していないような顔で色とりどりの缶のラベルを渋い顔で見比べていた。
「じゃあ俺、これにする」
「じゃあボクはこれで」
アキラくんがレモンサワーを選んだのを見て、ボクはビールを手に取った。
「かんぱーい」
「乾杯」
ポワンと揺れて、アルミ缶がかち合う。
ボクらはプルタブを捻って酒に口をつけた。
苦味と炭酸の爽やかさが喉に抜ける。
アキラくんはお酒に苦手意識があるみたいだから、選択肢を奪わない範囲でクセや度数が強いのはボクが片付けようと思っていた。
「大学はどう? 楽しい?」
一口飲んでボクは缶を机に置くと、無難な話題をアキラくんに投げる。
きっといろんな人にこの質問をされてきて、うんざりしてるはずだ。だけどアキラくんは缶を持ったまま、無垢なまなざしで口を開いた。
「んー、講義やレポートは大変な時もあるけど、大学自体は自由で楽だ。教職課程も教育学部のカリキュラムに組み込まれているから、時間割がキツいってのも今のところない。……何より学校と違って1人でも浮かないし、俺に合ってるってカンジだな」
アキラくんはそう言うとレモンサワーをまた一口含む。その間にボクは一言挟んだ。
「アキラくん、すぐ友達できそうなのに……でも無理していないのなら、よかった」
「まあ、普通に話せる人はいるし居づらいってことはないけど……つるむってことはないな。やっぱ俺は1人が楽みたいだ」
アキラくんらしい自虐が織り込まれてるけど、充実しているようで安心した。
しかし一方で、アキラくんに親しい友達がいないことに安心しているボクに疑念を抱く。昼はそんな捻くれた捉え方をしなかったのに。
ボクは缶を手に取り、汚れた心を洗い流すように勢いよくビールを流し込む。
数秒で空き缶と化したそれを置き、新たに言葉を紡いだ。
「……じゃあ、ナナミと離れてもなんともないの? お互い好きなのに、たまにしか会えないって……寂しくならない?」
今度は、一歩踏み込んだ質問。
ナナミは旅から戻ってきたその日に、アキラくんから告白された。「もう後悔したくない。離れている間に、誰かに取られたくない」って言う熱い告白を受けたらしい。
ナナミは浮かれる嬉しさを隠しボクに対する威厳を守りたい――でも自慢したいっていう思いからか、仁王立ちで立って座るボクを見下ろしながら告白の内容を語るというシュールな方法をとっていたことをよく覚えている。
でもボクには、告白したアキラくんの気持ちが正直わからなかった。
進学で遠距離恋愛になってしまうことはわかっていたはずだし、万が一アキラくんのいない間にナナミに魅力的な男性が現れることを恐れて告白したとしても、一緒にいられないのなら思いが通じたとしてもつらいだけじゃないのかなとボクは考えてしまう。
アキラくんは一拍置いて眉を八の字にすると、困ったように笑った。
「うーん……寂しくないって言ったら嘘になるけど、付き合う前から3年ぐらい会えてなかったからな。それに比べれば、全然」
痛いところを突かれた気がした。
あまりにもうかつな質問をしてしまったのかもしれない。ここはボクも笑い返すべきだったのだろう。だけど、笑えなかった――アキラくんを1人置いていったのは、ボクらだったからだ。
「ご、ごめん……」
途端にアキラくんをまともに見られなくなり、自ずと首と顔の向きが下がっていく。
「……え? あ! 違うんだカイト! 責めてるわけじゃなくて」
人の良いアキラくんは俯きがちになったボクを目で追いかけて、寂しくなるぐらい優しい声で付け加えた。
「勘違いしないでほしいのはさ、俺はカイトとナナミが帰ってくるかどうか関係なく、県外に進学するって決めてたんだ。……だけどナナミを見たら、止まらなくなったんだよ。思いを伝えなきゃって。遠距離がどうとか、考えてる暇なかった。理屈でどうにかなるもんじゃなかったんだ」
アキラくんは息つく間もなく捲し立てる。
ボクを傷つけまいと焦っている姿は、ボクの感傷を一瞬で吹き飛ばしてしまった。
「そっか……そういえば、なんで遠い大学に行こうと思ったとか、聞いてなかったよね」
「それは俺が単純に知らない土地で、一度親元を離れて一人暮らしをしてみたくてさ。……ま、汰一はいるけど……」
「……仲良さそうだったね」
口が滑って、妬みにも似たぼやきがこぼれてしまう。
なんかアキラくんのマンションに帰ってきてから、情緒が不安定になっている。どうしてだろう。
ボクは思い通りにならない自分の感情に悶々としながら、別の新たなビールに手を伸ばしプルタブを捻った。
アキラくんは乾杯当初から同じレモンサワーを握りしめたままだ。
「仲良くねぇよ! アイツ、年一あるかないかの親戚が集合する帰省で会うぐらいなのに、ちょっとモテて勉強ができるからって小さい頃から俺をチビだのガキだのオタクだの見下して……。だから同じ大学に行って、見返してやりたかったんだ。学部は違うけどさ、もう意地だよな。俺は、今のお前に負けねーって」
ボクが2本目のアルコールを体内に摂取している間に、アキラくんは真面目でかっこいいことを言っている。
そっか、あの遠慮のない距離感は親戚だからっていうのと、対抗心からきていたんだ。
また一つ安心材料を得て、ボクの心は不恰好に満たされていく。
「……あ、そろそろ裏返してもいいんじゃね?」
言われてみれば、焼き音と生地から出る気泡が大きくなっている。生地に火が通ったみたいだ。
「……こんな感じかな?」
「おっ、いいんじゃね?」
ボクらは今までの会話を一度やめ、竹串で生地を丸く押し込めるようにひっくり返す。
意外と集中できて楽しい。ボクは無言でたこ焼きを次々とつつく。
おかげでさっきまで表に顔を覗かせていた『醜い感情を抱えた自分』を完全に忘れることができていた。
「はや! カイト職人じゃん」
アキラくんは笑いながらボクの手先を褒めてくれる。ボクは照れながらもはにかみ、作業を続けた。
終始子供の頃に似た穏やかな陽だまりが、ボクらを包み込んだのだった。
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