第6話 タコパ騒動

 マンションの廊下で導かれるように鉢合わせたボクたち。アキラくんは急な訪問にも関わらず、ボクを歓迎してくれた。


「びっ、くりした! 久しぶり! よくここまで来れたな……。疲れただろ? 汚いけど、上がってけよ」

「ひ、久しぶり……ナナミじゃなくて、ごめんね」

 自分から咄嗟に出た自虐的な言葉に驚いてしまう。

 ――言われても、アキラくんが困っちゃうだけなのに。

 だけどアキラくんは謙遜だって受け取ったのか躊躇なくヘラっと笑った。

「何言ってんだよ、カイトも同じくらい嬉しいって! 連絡してくれれば駅まで迎えに行ったのに……元気だったか?」

「う、うん……元気。アキラくんは?」

「元気だ! てか、カイトに会えて、元気出た!」

 アキラくんは小学生の頃と変わらぬ眩しさでボクに笑いかけてくれた。ボクもつられて口角が上がる。アキラくんは錠前にカードを差し入れ、ダイヤルを回し解錠した。

「ん、どうぞ。ほんと掃除してないけど」

「お、お邪魔します……」

 中に入っていくアキラくんに恐る恐るついていく。ボクは靴を脱ぐと、屈んでぴったりと爪先を揃えた。

 

 アキラくんに向き直ると、服全体に目がいく。

 くすみがかったベージュのロンTに、モスグリーンのVネックカーディガン。ボトムスは、ネイビーの細身のパンツ……テーラードパンツって言うんだっけ? を穿いている。

 Tシャツとジーンズしか着ない、服には無頓着なボクだけど、色合いが綺麗で惹かれた。率直にお洒落だなって思った。

「服、似合ってるね」

 深く考えずこぼした言葉に、なぜかアキラくんは恥ずかしそうにボクから顔を逸らす。

「そ、そうか? ありがと。ナナミのセンスが良いおかげだな」

 ……ああ。ボクは納得する。照れながらも幸せそうな顔。ボクは胸のモヤモヤが出現するのが怖くて、それ以上踏み込んで聞けなかった。

「一緒に出かけると、俺の服も見てくれるんだよ。自分のことみたいに真面目にさ……って、あ、ごめん。身内に手を出している男の惚気なんて、聞きたくないよな」

「そ、そんなことないよ。いいねデート」

 アキラくんはボクの無言をナナミへの嫉妬だと勘違いしたみたい。ボクは慌ててつけ加える。2人のことを応援したい気持ちがあるのは、嘘じゃないから。

「はは、カイトも黒のキャップかっけぇじゃん。イケメンだから映えるな。スタイルもいいし、シンプルでも何でも似合って羨ましいよ」

『デート』と聞くとアキラくんはまた照れくさそうにはにかみ、それをボクへの褒め言葉として見事に昇華していた。

 ジャブで軽く小突いたら、凄まじいコンビネーションで打ち返されたぐらいの衝撃。さすがアキラくん、他人へのフォローが抜け目ない。

 短いホールを抜けると、キッチンが同室に備え付けられているワンルームが広がる。家具はテーブル、テレビとテレビ台、本棚、ベッドが揃っていて、床の敷物とカーテンは青色で統一されていた。

「散らかっててごめん。カイト、どこでもてきとーに座っていいからな」

「あ、うん……」

 アキラくんがボクに話しかけながら背負っていたリュックを下ろすと、どさっと重い音がした。

 

 汚いとか散らかってるって言ってたけど空のペットボトルが机に何本か置かれているぐらいで、そんなに気にならない。それも直ちにアキラくんの手によってキッチンにあるビニール袋に詰め込まれていく。

 やっぱり急に連絡無しで来たのは迷惑だったよね……ボクは反省するように、小さくなって座った。

「正座なんてやめて足崩せよ。あ、そういえば昼飯なんか食べたか?」

 アキラくんはキッチンからボクの前に戻ってくると、机を挟んでボクと向き合うかたちで腰を下ろす。ボクは落ち着いた素振りで頷いた。

「……うん。行きの特急に乗ってた時に少し食べたから、大丈夫だよ」

 嘘だ。乗ってすぐ朝食がてらサンドイッチを食べたのが最後。駅についてからは緊張でそれどころじゃなくて、さっきも言ったけど食べそびれてしまった。

 でも気を遣わせたくないから我慢する。

「そっか、じゃあ夕飯一緒に食べようぜ。明日土曜日だし、泊まってくだろ? 俺、昼過ぎから塾のバイトあるけど、それまでなら大丈夫だし」

「えっと……」

 ナナミからは、往復切符をもらっている。帰りの日程は――翌日の土曜日、確かお昼頃になっていた。

 つまりナナミは、ボクが泊まること前提で切符を渡したわけだ。いや、もしかしたら最初はナナミ自身のために買ったから、そこまで考えてなかったのかもしれない。

 ボクは土曜日は何の予定もないから問題ないけど……。

 アキラくんとその日のうちに別れたり、会えなかった場合は1人でホテルに泊まって帰っていくことも考えていた。けど、アキラくんが好意で言ってくれるなら甘えた方が失礼じゃないんだろうか……?

「アキラくんが、いいなら……」

「おっ、やった!」

 ボクは考えに考えわからなくなり、アキラくんにボクの行方を託す。煮え切らない返事にも関わらず、アキラくんの表情は一段と明るくなった。

「俺は今日はもう何もないよ。晩飯どうする? あ、そうだ……。なんか食べに行ってもいいんだけどさ、金曜だし絶対人多いだろ? だからさ、カイトがいてくれんなら前々から試したいものがあって……ちょっと待っててな」

 アキラくんは矢継ぎ早に話しながら立ち上がって再びキッチンに姿を消していく。

 アキラくん、なんだかテンション高い。喜んでくれてるのかな……? ここまでわかりやすく反応してもらえると、ボクも会いに来てよかったのかなと思い直せる。

 キッチンからは、ガラガラと物を崩す大きな物音。何事かと首を傾げると、「あったあった」とアキラくんが戻ってくる。

 アキラくんがテーブルに置いたのは、小さな穴がたくさんあるホットプレートのようなものだった。


「これは?」

「たこ焼き機。親戚から大学の入学祝いにもらったんだけど、使う機会がなくて」

「? ナナミとは?」

「ナナミが来た時はキッチンで手料理つくってくれるから、あんまホームパーティするような雰囲気じゃなくてさ……。友達に関しては……察してくれ」

「そ、そっか……」

 息を吸うように惚気が出てくる。ボクが気にし過ぎてるだけ? まあ、確かにナナミの手料理は美味しい。過剰に突っ込んでも照れちゃうだろうし、ノータッチで。

 それより友達のことに関して、ボクは何も言えなくなってしまう。アキラくん、こっちでもあまり友達いないのかな? 

 こんなにいい人なのに――何年経っても友達のいない理由がわからない。もはやアキラくんの方からあえて人といることを避けてるんじゃと角度を変えて見てしまうぐらいだ。

 ボクは友達という話題で大人しくなってしまったアキラくんを励まそうと、昔の自分を真似て朗らかに笑った。

「たこ焼きパーティ、しようよ。ボクもやったことないから、やってみたい」

 アキラくんは前向きなボクの言葉を待っていたみたいで、すぐに表情を緩ませ微笑んでくれた。

「そ、そうか? じゃあ決まりだな。早速買い出し行こうぜ」

「うん……!」

 心が躍る。昔に戻ったみたいだ。

 ボクは幾年ぶりに素直に笑い返せた気がした。

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