第1話 移ろう者

 ガタンと、ふとした振動で目を覚ます。

 

 霞んだ目に映るのは、絶えず移ろう窓の景色と何列も続く赤色の座席。

 どうやら、知らない間に眠りに落ちていたみたいだ。目覚めが悪いし体もだるい。内容はところどころ穴が空いたように抜け落ちて不完全でよく憶えていないけど、なんだかやましい夢を見ていた気が、する……昨日なかなか寝つけなかったせいかな。

 

 意図せず目に入った左腕のデジタル時計は『12:40』と表示されていた。

 ボクが特急列車に乗車してから、おおよそ2時間が経っていることになる。

 意外と寝ていたんだ……ボクは座ったまま手を組んで前方に腕を伸ばし、声を抑え控えめに固まった体をほぐした。


 とはいっても、ボクの隣には誰もいない。

 上の荷物棚に載せたキャップを取るのに立ち上がって車両全体に目を走らせても、平日だからなのかボクのいる車両は着席している人の方が少なかった。

 切符を譲ってくれたナナミが、振替出勤を目論んでまで平日のこの時間帯を選んだ理由がわかる気がする。

 

 ボクは今日私服だけど、ざっと見てもスーツの人が何人か確認できて、出張とか仕事の人が多いんだろうなっていう印象。ボクはボクで一応働いていて真っ当な休日でここにいるはずなのに、理不尽な罪悪感に見舞われる。

 

 キャップを被って座り直し、席の前に掛けたボディバッグを漁る。

 取り出した切符に印字してある予定到着時刻は、13時3分。遅れも出ていないみたいだし、まだ着くまで時間がある。

 ボクは先輩からもらった『お守り』をバックからジーンズのポケットに隠す。なんとなく身につけていたい気がした。

 そのついでに――ボクはバックを身につけ立ち上がると、車両の扉をくぐり抜けた。


 *


 未知の駅に降りて改札を抜けたボクを待ち受けていたのは、早足で多方向に行き交う人の波だった。

 特急の中や乗場とは違って、こっちは想像していたより人が多くて驚く。

 駅の中に商業施設が併設されているからだろうか。お昼時なのも関係があるのかもしれない。

 東口……8番乗り場……。人混みに戸惑いながらもバス乗り場に向かうため東口と書かれた案内を探し、駅構内から外を目指した。

 

 駅を出ると、柱の部分が斜めにねじって組み合わせられたような、珍しい造形の朱色の巨大な門に出迎えられる。

 門の向こう側には、軽快に水を吹き上げる噴水広場と水時計がボクを歓迎してくれた。

 

 ここに、アキラくんが……。

 

 ボクがアキラくんに会いにきた理由はちょっと複雑で、本音を言えば1人で会いに行きたくはなかった。

 

 でも、もう引き返せないところまで来てしまった。

 

 荘厳な建築物を見上げて、いよいよ見知らぬ土地に足を踏み入れた実感を得たボクは、高揚と緊張から唾を飲み込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る