第4話 アディレス王子

 インティスに連れられてやって来た王子は、短いくせっ毛の金髪が眩しい少年だった。

 いや、外見が少年なだけで、中身は優貴たちと同じ十七歳である。名前はアディレスと言って、フルネームはすごく長いらしい。


「コウコウって、みんなで一緒に勉強するところなんでしょ?」


 興味津々で王子が尋ねると、ことみがざっくり説明した。


「いくつかあるからね、あたしと優貴は同じで、暁は違う」

「どうしてアカツキは違うの?」

「うるせぇな」


 碧い目を丸くして、不思議そうに首を傾げる王子に対し、暁がすぐに回答を拒否した。

 市内の高校なので、優貴は何となくわかる。恐らくことみもだろう。学ランは何校かあるが、暁の通うところは勉強は苦手だけど高校は行っておきたい、という人向けのはずだ。

 だからといってそれが人を見る物差しにはならないと思っている。ただ恐いだけだ。


「いいなぁ……みんなで一緒って楽しそう」

「そういえば、この世界には学校はないの?」


この世界を全く知らないことに気付き、優貴が尋ねる。


「うーん……魔法学院はあるけど、みんな同じ歳っていうわけではないかな。学問についての施設は貴族の人たちが共同で運営してるけど、入れる人は決まってるし、服もバラバラ」


 ということは、この世界に義務教育は存在しないということだ。何だか羨ましい。


「でも、王子の勉強はフェレが教えてるんでしょ?」


 ことみの質問に、王子は満面の笑みで頷いた。


「そう、法律とか王政関係は別の先生がいるけど、それ以外は全部。歴史とか文学とか……植物学と精霊学の基本も。別の先生がいても、フェレナードは法律にも詳しいよ」

「……専属の家庭教師じゃん……」


 つまり王子は、勉強のわからないところを彼に聞きに来て今に至るのだ。さすが教育係って言うだけある。

 というか、現代日本では中学も高校も科目ごとに先生は違うのに、王子にはフェレナードが複数の科目を教えているというのはすごいことのような気がする。


「ねえ、それじゃあ……」


 優貴が言いかけたところで王子の言葉が止まった。

 三人が見ると、王子がテーブルの上で拳を強く握ったまま、俯いて震えていた。


「王子!」


 少し離れたところで聞いていたインティスが、手元に置いておいた分厚いマントを広げ、王子の体を素早く包んだ。

 よく見ると肩当てには沢山の石が埋め込まれていて、青白くぼんやり光り始めた。マントの中からしゅうしゅうと蒸発するような音が聞こえ、白い煙のようなものが立ち上る。

 三人ともその様子を固唾を呑んで見守るしかなかった。後でことみから聞いたが、王子が普段こうして接してくることはあまりないので、彼女も暁もこの光景は初めて見たということだった。

 外見年齢十二歳の少年をマントで包んだまま、インティスが軽々と抱き上げる。

 そのまま床に膝をつくと、インティスの体から一瞬で炎が上がった。


「うわ……!」


 その熱さと迫力に優貴たちは思わず後ずさりしたが、燃え上がる炎はマントに次々と吸収され、それに応じて水蒸気も音も大きくなっていく。

 マントの隙間から覗く足ががくがくと大きく震えていた。ただならぬ光景に、到底声などかけられない。

 それでも一分も経たないうちに炎も水蒸気も音も聞こえなくなり、マントの隙間から黒い石が一つ、ころんと落ちた。手のひらに乗るくらいの小さい石だった。

 部屋に静けさが戻った。

 そのまま少しの間様子を見て、音や蒸気が完全になくなったのを確認してから、インティスはゆっくりとマントの中の王子を膝から下ろした。


「……大丈夫ですか」


 インティスが声をかけると、王子は床に立っている自分の足を見下ろし、変化があまりなかったことを確認してから無言で頷く。


「もしかして……これが……」


 優貴は恐る恐るインティスに聞いた。

 フェレナードから渡された本に書かれていた、王子にかかっている呪いのことではないだろうか。


「……そう」


 マントをたたんで元に戻しながら、インティスが答えた。

 呪いの原因は未だに特定されておらず、わかっているのは、王位継承者が十二歳になると発動し、解き方はまだ解明されていないということ。

 どういう呪いかは人によって違うが、王子の場合はどんどん若返ってしまうということ。

 そしてその解き方を、原因も含めて今フェレナードが調べているということ。

 王子は酷く疲れた様子で、インティスが引いた椅子に座った。


「今の、インティスが止めたの?」


 次に質問したのはことみだ。

 インティスは首を横に振った。赤くて長い髪が揺れた。


「……誰も止められない。王子の生きる力をなるべく吸い取られないよう、もっと大きい別の力を与えて、遅らせてるだけ」


 その大きい別の力というのが、先ほどのインティスの炎ということだろう。そう作用させるためのマントであることも教えてもらった。肩当ての石は、その炎を更に増幅させていると聞いた。

 落ちた黒い石はそれらの作用の副産物で、ゴミのようなものらしい。インティスが踏んで粉々にした。


「それは、今みたいに魔法じゃなきゃ駄目ってこと?」


 ことみが続けて尋ねる。魔法なら自分も少しは使えるから、何かの役に立てるのではないかと思ったのだ。

 だが、それにもインティスは首を横に振った。


「初心者セットの魔法じゃ完全に負ける。何かあっても触るな、俺かフェレを呼んで」

「……わかったわ」


 ことみが頷く。暁は黙って話を聞いていた。


「えっと、どこまで話したっけ」


 王子はもう元の様子に戻っていた。いや、あえてそう見せているのかもしれない。


「……習ってる科目まで聞いたよ」


 優貴が王子に合わせて椅子に座ると、王子はどこかほっとしたようだった。


「じゃあ、何を勉強するのが好き? 僕は植物学と数学が好きだな」

「俺は体育以外なら……」

「あたしは体育かな」

「アカツキは?」

「そんなもんねぇよ」

「えー? 何もないの?」

「ねぇよ」


 一見会話が成り立っているように見えるが、王子が間に入っているからである。会話の輪というよりは、それぞれが王子と会話しているような状態だ。

 この空気……何とも言えない……。

 お互い相容れない雰囲気に満たされた空間で、優貴もいたたまれない気持ちになってしまう。

 ただ、先ほどの王子を蝕む呪いだけは三人の脳裏に焼き付いていた。

 フェレナードからもらった本には、呪いはベッドにいる時以外の間に不定期に訪れると書いてあった。これが彼の日常なのだ。

 これまで目的を深く意識せずに文献や遺産を持ち帰って来たが、事の重大さを思い知らされたような気がした。



    ◇



 ことみや暁は相変わらず優貴と目を合わせてくれなかったが、そうして金曜日の出来事が終わり、それぞれが自分の世界の家へ帰っていった。

 見慣れた自分の部屋に戻って、明日の戦いに備えようと寝る準備を始める。だが、何か忘れているような気がして、枕元にメガネを置こうとした手が止まった。

 母親の声が蘇る。


「土曜はおじいちゃんの遺品の整理手伝ってって」


「……! やばい!」


 土曜は明日、文献調査の続きも明日。

 思い切り予定がかぶっていた。

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