第3話 三人揃ったよ!(親密度:0)

 優貴が下校中に出くわした喧嘩は、どうやら一人対大勢のようだった。

 大勢といっても七~八人だが、現実世界の喧嘩なら十分大勢と言える。

 だがそのたった一人の強いこと強いこと。多勢に無勢の逆パターンだ。

 そしてその一人は金髪で、とにかく目立つ。殴りかかろうとしてくる連中をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……。

 背が高いから中学生ではないだろう。学生服なので、優貴と同じ高校ではないことは確かだ。

 巻き込まれないように、そっと別の道を通って帰ることにした。

 ちょうど迂回路に入った頃、パトカーの音が聞こえた。警察沙汰になるほどの喧嘩なのかと思うと、単純に恐かった。



    ◇



 帰宅後、早速ネラスに飛んで呪いの文献の調査に参加したが、先程のちぎっては投げられる側の気持ちが痛いくらいわかりそうなほど、今回の遺産の守護獣は強かった。いや、現在進行形で強い。

 獣は羊の形をしていて相変わらず大きいが、こいつは特に堅い。

 羊なんだから回りの毛は柔らかいと思っていたが、それが堅いのだ。蛇も馬も剣で簡単に刺せたのに、この羊は全く歯が立たずに弾かれてしまう。おまけに魔法も効かないようで、ことみが放つ火の玉も雷もけろっとしている。

 それなのに、大きいせいでただの足踏みすら凶悪な破壊力だった。前回の馬の時と同じように、少しでも暴れたら近づけない。

 恐らく弱点は鼻先であるはずだ。毛に見える堅い物質に覆われる中、少しだけ覗く生身(?)の鼻先。しかし、面積が小さすぎて剣ではどうにもならない。魔法はどうしても効かないようだった。万策尽きている。


「一度戻った方がいい!?」


 踏まれないよう羊と距離を取りながら、離れたところにいるインティスに優貴は大声で判断を仰ぐ。


「いや、アカツキが今日来るってコトミから聞いたんだ。なるべく持ちこたえたい」


 撤退すると、戦況はリセットされてしまうとインティスからは聞いていた。確かに、なかったことになるのは悔しい。


「そもそも時間通りに来てないあいつが悪いのよ! 予定は延ばせないって言ってるのに!」


 同じように、ことみも羊から距離を取る。彼女の言い分も間違ってはいない。王子の呪いを解くための手がかりは、早く入手できるに越したことはないからだ。

 高く振り上げられた羊の足に、インティスがいち早く気付いた。


「ユウキ、避けろ!」

「え!? わー!!」

「コトミ!」

「もー!!」


 優貴の反射神経では間に合わず、咄嗟にインティスがことみにも声をかけた。

 彼女がすぐに反応して、風の塊で優貴を吹っ飛ばしたおかげで、彼は羊に踏み潰されずに済んだ。

 優貴は慌てて起き上がったが、この場を持ちこたえる前に体力が尽きそうな気がしてならない。

 その時、前の部屋に敷いてあった魔法陣が動いた音が聞こえた。


「インティス! 来たかも!」

「二人はそのまま気を逸らせろ!」


 ことみの声に、インティスが指示を出す。結局このまま逃げ回っていなければならないということだ。油断できない分、体育のマラソンの練習よりきつい。

 魔法陣からこの部屋に続くドアが開いた。


「はっ……」


 優貴は現れた人物に目をやると、一瞬硬直した。

 ここに来る前に見かけた、喧嘩のターゲットになっていた金髪だった。

 ただ、ここでは学生服ではなく、黒と赤を基調にした動きやすさ重視の服装になっている。見たところ武器を持っておらず、両手にはめたグローブには、手の甲部分に金属板がついていた。まさか拳で戦うとでも言うのだろうか。


「アカツキ、鼻先を狙え!」


 インティスの言葉に、そいつが羊を見上げる。狙いを定めるように三白眼を細めると、そこへ向かって一直線に飛んだ。


「……っらァ!」


 気合いのような声と共に、彼の拳は文字通り羊にめり込んだ。拳に武具を装着しているとはいえ、あれをまともに食らいたくはない。日本でちぎっては投げられた人たちがちょっと気の毒に思えた。

 その一撃で、大きな羊はどおんと音を立てて倒れた。本当にあそこが弱点だったらしく、完全に気絶している。


「……核は」


 着地した暁が、静かにインティスに尋ねた。先程気合いの一撃を食らわせたばかりとは思えない。


「多分首の根元あたりだろうけど、これが堅くて剥がせない」


 インティスは剣の鞘で、羊の毛に当たる堅い部分をコンコンと叩いた。


「……割るか」


 暁は羊の首の適当なところにあたりをつけると、先程と同じくらいの勢いの拳を打ち込んだ。

 すると、その一撃で亀裂が入り、追い打ちの数発でがらがらと崩れ、羊の首の本体が見えるようになった。守りが厚いせいか内側は薄く、切って断面を見る以前に核がぼんやりと透けて見えた。


「悪い、助かった」


 インティスがそこに剣を突き立てて核を破壊し、何とか戦闘は終わった。


「遅いわよ暁! 何やってたの!」


 戦っている時と同じ温度感でことみが言葉で切りかかる。


「別に、絡まれたから追っ払ってただけだ」


 対する暁は至って普通だ。自分だったらあの大きい声に震えていると思う。

 優貴も暁の言うことに納得はした。ちぎっては投げを繰り返していたあれは、確かに絡まれていた。


「そしたら警察呼ばれた」


 暁がそのまま続ける。あの後聞こえたパトカーのサイレンもそうだったようだ。


「もー! この間もそれでこっちに来られなかったじゃない! ちゃんとしてよ!」

「知らねーよ。向こうから勝手に喧嘩売って来るんだ」

「あわわ……」


 生の喧嘩を目の当たりにしてしまった分、暁も恐いが、同等に会話していることみも恐い。

 二人から二~三歩離れたところからその様子を見ていたが、不意に暁と目が合ってしまった。


「……おい、なんだこいつ」


 そのまま暁の視線はことみに移る。


「隣のクラスの男子」


 ことみが先に答えてしまい、そこから先に発展させづらくなってしまった。

 何だと聞かれて、この状況を正確に簡潔に答えられるはずがない。自分自身だってまだよくわかっていないのだから。

 代わりにインティスが補足してくれた。


「アカツキ、前に話したろ。お前たちとここの調査をする三人目のユウキだ」

「三人目? あー……そんな話もあったか」

「ユウキ、こいつがアカツキだ。これでやっと3人揃ったな」

「う、うん……」


 言われて二人に目をやったが、どちらも視線を合わせてくれない。これは本気で前途多難な予感がする。とりあえず、館山暁(たてやま あかつき)というフルネームだけは聞いた。

 あの羊を一撃で気絶させてしまうのだから、元の世界で警察沙汰になるくらい強いのも頷けた。


「アカツキはここで訓練してるからな」


 優貴の考えていることを見透かしたように、インティスは横に立って言った。


「そうなの?」

「そう。アカツキは二ヶ月前、コトミは一ヶ月前から」

「こ……ことみも?」


 よく知らない女子を名前で呼ぶのは未だに抵抗があるが、インティスは普通に頷いた。


「……だな。魔法の使い方を教えたのはフェレだけど」


 知らない情報ばかりだ。前もって訓練していたのはずるい。


「おい、次の部屋は箱だ」


 二人が話している間に、先を見てきた暁から声がかかった。ちなみに、その部屋に出てくる守護獣の核を壊さなければ、次の部屋への扉は開かない仕組みになっている(と、本に書いてあったのを思い出した)。


「なら、箱を回収して終わりにしよう。続きはまた明日頼む」


 前の部屋の魔法陣を回収しながらインティスが言う。回収された魔法陣は、箱のある次の部屋に敷き直された。

 箱はインティスが開けて、中には文献の続きらしき物が入っていた。



    ◇



 薬屋に戻ると、優貴は今度は自分から、フェレナードのところへ行きたいとインティスに申し出た。

 どうして自分をこの世界に呼んだのか、その問いに対する先日の彼の答えが、答えになっていないように感じたからだ。

 十七歳の王子の相手をするための十七歳の人間なんて、他にいくらでもいる。それが自分でなければならない理由を聞きたかった。

 インティスはその訴えを聞き、溜息混じりに承諾すると、二人で彼の部屋へ向かうことにした。暁とことみはまだ自分たちの部屋にいるようだった。

 深海色の部屋に着き、インティスが部屋の奥にいるフェレナードを呼ぶ。


「続きを見つけた」

「ありがとう」


 形式的なやりとりをしながら、フェレナードが箱の中の文献を取り出し、念のため中身を確認する。

 すると、その表情が若干険しくなったように、優貴には見えた。


「フェレ?」


 それは隣のインティスも感じたようで、思わず名前を呼ぶ。


「……これは……記録の形式が違う……」


 声をかけられた本人は、目の前の本に集中してしまって周りが見えていないようだった。独り言のように呟いた言葉でわかる。

 ここで質問をしてはいけない空気だ。

 その時、部屋の奥で魔法陣が起動した音が聞こえ、小さな足音が走ってきた。


「フェレナード、聞いてよ。今日法律学の時間にね……」

「王子」


 駆け寄る王子をインティスが止めた。

 インティスはそれから、フェレナードが持っていた書物を取り上げ、彼の思考を遮断した。

 現実に引き戻されたフェレナードが、我に返ったようにインティスの方を見た。

 その反応を確認して、インティスは書物をフェレナードに返す。


「……考えごとなら奥に行ってろ。あんたのマントを借りるから、王子は薬屋に連れて行く」

「……悪い」


 フェレナードはそれだけ言って、部屋の奥のカーテンの向こうへ足早に消えた。

 作業台の椅子の背もたれにかけてあった、肩当てのついた分厚いマントを持って、インティスが王子に声をかける。


「王子、フェレは忙しいみたいだから質問はまた今度。一緒に薬屋に行きましょう」

「ほんと!?」


 王子はすごく嬉しそうだ。


「でもフェレナードは? 大丈夫?」

「この部屋は魔法の鍵がかかってるから安全です」

「……でも……」


 王子がまだ心配そうにしているので、インティスが持っていたマントを見せた。


「あいつのマントは俺が持ってるから大丈夫」

「……じゃあ行く!」


 マントが何に関係するのか優貴にはわからなかったが、改めて嬉しそうに笑う王子を前に歩かせながら、インティスが優貴の方を振り返った。


「……お前の質問もまた今度な」

「う、うん……わかった」


 ただならない雰囲気を感じたので、頷かざるを得なかった。




 王子は張り切って薬屋にやってきた。

 賑やかさのあまりことみがラウンジにやってきて、ついでに呼ばれたアカツキが顔を出す。


「ねえ、せっかくだからみんなのことを教えてよ!」

「……どうして王子がここにいるの?」


 ことみは怪訝な顔でインティスに尋ねたが「ちょっと色々あって」しか答えず、王子もはしゃぐので、部屋に引っ込むタイミングを失ってしまった。

 暁は無視して帰ろうとしたが、ことみが無理矢理留まらせた。


「三人はさ、コウコウセイなんでしょ? フェレナードから聞いたことがあるよ!」


 底なしの明るさを感じる。

 これはある程度話さないと解放されないパターンだと全員が察した。




 だが、良くも悪くも、これがお互いを知るきっかけになった。

 そして、王子は自分のことを話し始めた。

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