第2話 選ばれた理由・後編

 薬屋に戻ると、ことみはさっさと三階に上がり、元の世界に戻ってしまった。

 結果的に、遺産の部屋は二つ続いていて、文献の続きと遺品のようなものを持ち帰ってきた。

 いなくなっても、ことみの怒った声が頭に響く。

 馬の形をした守護獣の討伐はうまくいったはずなのに、どうも釈然としない。


「……ねえ、どうして俺なの」


 たまらず、もう一度インティスに聞いてしまった。


「言っただろ、俺は理由を知らない」


 一度はそう答えたが、手元の文献と遺品が入った小さな箱に視線を落とすと、インティスは顔を上げた。


「そんなに気になるなら、一緒に来い」

「え……」


 インティスが今通ってきたばかりの魔法陣をめくり、別の魔法陣が描かれた魔法陣を敷く。

 後を追ってその図柄を踏むと、昨日降り立った青い部屋に着いた。フェレナードの部屋だ。


「フェレ、続きを持ってきた」


 インティスが声をかけると、何枚か重なった深海色のカーテンの向こうから、あの銀の髪が現れる。

 今日はずっとここにいたのだろうか、初めて会った時に見た赤いジャケットは着ていなかった。目の前の濃い色の服だと、堅苦しそうな印象を受ける。


「ありがとう、おや……」


 フェレナードはインティスから成果物を受け取ると、優貴を見て不思議そうに首を傾げた。何故ついて来たのかと思ったのだろう。


「聞きたいことがあるんだってさ」

「聞きたいこと?」

「あ、あの……」


 インティスから話すよう振られ、何とか説明することができた。


「どうして君をこの世界に呼んだのかって?」


 フェレナードは復唱すると、インティスから受け取った本と箱をテーブルに置いた。


「理由は簡単なことだよ。王子と歳が同じなら、きっと支えにもなれるだろうと思ってね」

「王子と? 同い年? 俺が?」


 昨日一瞬目にした金髪の少年だ。同い年どころか中学生くらいだと思っていた。

 優貴は驚いたが、フェレナードは手近な椅子を引いて座りながら答えた。


「王子は君と同じ十七歳だ。もっとも、今は呪いのせいで幼くなってしまって……十二歳くらいに見えるけど」


 そういえば、そのような内容が彼からもらった『ネラス・ハール記』にも書いてあったかもしれない。ちなみにタイトルのネラス・ハールはこの世界の名称らしい。

 その本によると、王家の呪いが王子の体を蝕み、どんどん若返らせてしまうのだ。


「そ、そもそも、貴方は王子の教育係だって本に書いてありましたけど……」


 相手が年上だとつい敬語になってしまう。察したようにフェレナードが笑ってみせた。


「そんなにかしこまらなくていい。確かに、私は王子の教育係だよ。もっとも、今は呪いを解く方が優先になってしまってるけど」

「それなら、別に俺じゃなくてもいいんじゃない……の? どう見たって、フェレ……の方が合ってるように見えるのに」


 探り探りのタメ口だったが、注意はされなかったので受け入れられたようだ。

 インティスに促され、優貴も近くの椅子に座る。

 フェレナードがテーブルに頬杖をつくと、銀の髪がさらさらと流れた。


「……私は十年近く教育係を務めてるけど、こういう時は歳の近い相手の方がうまく意志疎通できたりするものだよ」


 まるで経験則のように彼は言い、言葉を続ける。


「それに、私が解呪の方法を探している間は、君たちに王子の話し相手になってもらうかもしれない。そうしたら、王子は私よりも君たちといる時間の方が長くなるだろうしね」

「……そういうもんかなぁ」

「何にせよ、必要があったから呼んだまでだよ」


 彼の青い目が自信ありげに微笑むせいで、その時は優貴も納得してしまった。



    ◇



 時計が夜を指し、優貴が魔法陣で帰ってから、フェレナードが椅子から立ち上がった。


「……そんな基準で選んでたの?」


 少し後ろで二人の会話を聞いていたインティスが尋ねる。


「……まあね」


 置きっぱなしだった書物と小箱を持って、フェレナードが短く答えた。

 だが、部屋の奥の作業台に向かおうとした彼の足が止まり、インティスの方を見て答えを付け足した。


「俺も昔同じようなことを言われたことがあってさ。本当にその通りだと思ってるよ」

「フェレが?」


 インティスが驚いたように返すと、フェレナードは懐かしそうに目を伏せた。


「……そういう時って、見近にいる保護者より、少し距離はあっても歳が近い相手の方が相談しやすいんだ」

「……ふーん……」


 言われてみればそうかも、と昔のことを思い出し、インティスはフェレナードの言葉に頷いた。



    ◇



 無事に優貴は自分の部屋に戻り、翌日も普通に学校は終わった。

 だが、帰り道は普通じゃなかった。

 ドラマのワンシーンのように、不良みたいなやつらが喧嘩を繰り広げている。あれは絶対側を通ったら巻き込まれるやつだ。

 迷わず迂回して帰宅した。

 その時は関わらずに済んだと思っていた。


 その時は。

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