第2話 アットホームな職場?

「おふたりとも、元の世界ではさぞ大変だったのでしょう。ご安心ください。我らが魔王軍は……アットホームな職場ですよ。

 ともあれ、おふたりには今後、『勇者討伐隊』の部署長としてそのお力を振るっていただきたく存じます。

 我々魔王軍は、魔王様をトップとし、各地の悪徳貴族や魔族の長達からの資金提供によって運営されている株式会社です。『サラリーマン』や『ばりきゃり』という言葉はご存じですか? 異界には馴染みのあるものだと聞いていますが、そのようなものだと思っていただければわかりやすいかと」


 いずれとしてぽかんとしている勇者くんと魔法少女ちゃん。

 俺は彼らの召喚主として面倒を見ることになっているので、ことふたりに関しては人事も兼任するというわけだ。

 必然的に新設部署『勇者討伐隊』も統括することになる超激務。なのに給料は増えない。もうやめたい……


 だが、幸いにして優秀な部下のセリーヌが『召喚部』の仕事はなんとかしてくれるので、俺は安心してふたりの少年少女と向き合うことができるというわけだ。


「じゃあ、まずはお互い自己紹介からいきましょうか。俺の名前はジーニア。ジーニア・サー・ロイドと申します。生まれも育ちも一応人間なのですが、わけあって今は魔王軍の召喚部長をしています。そちらのキミは?」


 できるだけ緊張をほぐすように少年に向かって微笑む。

 すると……


「俺はルキ。こことは違う世界で勇者してたんだ。魔王を討伐する直前にやめたけど、それなりに名のあるパーティのリーダーをしてたんだぜ。っつーか、俺的には人間のおっさんが魔王軍にいるって時点で怪しさ満点なんだが……ここ、本当に魔王軍なのか? あの、世界を滅ぼしちゃう系の?」


 ……ガーン。


 『おっさん呼び』は素直にショック。俺まだ二十代なのに。

 顔だってそこまでイケてなくないはずだし、パーティを追放されるまではそれなりにモテもしたんだよ? 一応金髪碧眼長髪だしさぁ。そこはせめて『お兄さん』にしない? まぁ、十五かそこらの彼から見たら、俺も立派なおっさんか……ああ、歳をとるって嫌だなぁ。


 と。それはさておき。


「ここは本当に本物の魔王軍ですよ。女神が呼びだすチート勇者どもを日々迎撃し、魔王様をお守りする組織。必要とあれば人間から領地を略奪したりもします。でも、それはあくまでこの世界の成り立ちの際に魔族に与えられた領土と資源が少なすぎたことが原因です。生きる為に不都合が生じているからそれを是正する、そのために創世の女神と対峙する。それが魔王軍の在り方です」


「ん? なんか、俺のいた世界の魔王軍とちょっと違う……?」


「ちなみに、ルキくんのところの魔王軍はどんな感じだったのですか?」


「ん~。『略奪殺戮ヒャッハー!』って感じ? 襲われた村とかそりゃあもうひでぇ有様だから、これはヤバイってんで皆躍起になって討伐したがってたんだよ。まぁ、俺は色々あってやめちゃったけど」


「色々、ですか……」


「おっさんも色々あってここにいるっつってたな。なんで人間なのに魔王軍の幹部なんてやってんだ?」


 純粋でまっすぐな瞳は、さすが元勇者といったところだろうか。

 これから部下になる人間に下手に隠し事をするのは、一緒に仕事をしていく上でよくない。俺は素直に「わけもわからないまま、勇者のパーティを追放されました」と告げた。それ以降、先代の魔王様に拾われて今に至ると……


 すると、ルキくんはみるみる同情と憐れみに満ちた表情になり、涙を流して肩を組む。


「俺もだよぉ!! 俺もパーティでうまくいかなかったんだ! つーか、パーティの奴に幼馴染を寝取られて……うぁああああん! つらいよなぁ! 今まで仲間だったのに、なんでだよ!!」


「ほんとソレな!! ある日いきなり『お前がいると俺が困る』とかリーダーに言われてサクっと追放! おまけに『召喚術は発動までの時間がかかりすぎるから』とか……タンクさんは『別に平気だけど』って言ってくれてたのに! なんなん、アイツ! いつかぶっ殺してやるからな!!」


「そんで魔王軍入ったんだ?」


「ハイ。端的に言えば私怨ですね」


「いいじゃん。俺も、もう居る世界が違うけど、できることなら寝取ったアイツをぶち殺してやりてぇもん」


「なら、この世界で勇者を相手に好き勝手やってしまいましょう!」


「おう!」


 グッ!と拳をぶつけあって、俺とルキくんは一瞬にして同志になった。

 一方で魔法少女ちゃんは、先程から俯いたまま首に残った縄の痕をさすっている。


「私……生きてる。助かっちゃったんだ……?」


 光の刺さない瞳に絶望を浮かべたまま、少女は呟いた。


「仲間とうまくいってない、か……私もまぁ、そんなものかな? はは。あはは。あはははは……! あっ、あっ、うぇぇええん……」


 さめざめと泣き出す少女を前に、男二人しどろもどろになってしまう。

 だが、魔法少女ちゃん――ノアちゃんは、親友の魔法少女とうまくいかなくて、スタージェムという、魔物を倒すと手に入る資源の奪い合いになってしまって自殺を図ったのだと打ち明けてくれた。


 思った以上にヘビィな事情。ルキくんのように拳で和解することはできなかったが、嗚咽まじりで時折錯乱する自分の話を、静かに最後まで聞いてくれたことに彼女は感謝を示していた。


「私の世界にも、ジーニアさんみたいな優しい人がいればよかったな……」


 いわく、ノアちゃんの世界の魔法少女にはスタージェム収集のノルマがあり、達成すれば願いがひとつ叶うというが、定期的に一定の量をおさめられなければ仲間の誰かが罰を受けることになるという。厳しい世界だ。


「ノアちゃんも、大変だったんだね……」


 思わず肩を叩こうとする手を、俺はハッとして引っ込めた。

 脳裏に浮かぶのは、部下セリーヌちゃんのお言葉。


 『いくら異界の少女が可愛くとも、セクハラはダメですよ。私が許しません』


 ただでさえ他者を凍てつくような眼差しで射るセリーヌちゃんを怒らせたら、もうとんでもない。二度と口きいてもらえないかも。


 ――お触り、厳禁。


 俺はそっと、何事もなかったかのように右手を戻して笑みを向ける。


「ウチの魔王軍に来たからにはもう安心。社員寮完備で食堂も美味しいし、徒歩五分の城下町には酒場や雑貨屋、キャバクラやホストもあるから娯楽には事欠かないよ」


「キャバクラぁ!? 未成年にナニ進めてんだ、あんたは!!」


「え? だって、十五歳は成人だよね?」


「「え……?」」


「ウチの世界じゃあ……っていうか、魔族の世界では十五歳はもう立派な大人。魔王軍に従軍すればきちんと給料も貰えるし、手に入れたお金は自分の責任で好きに使っていい。ボーナスも年二回支給されるから、パーッとお酒や賭け事に使う人も多いかな。宵越しの金は持たない、みたいな人が多いんだよね、魔族は」


 「へ~……」と驚いたように耳を傾けるふたりに、サキュバス&インキュバスの館にだけは二十歳を越えるまでは決して行かないようにと釘をさして、俺は生活区域の案内を始めた。

 夕方になり、橙の魔法灯に賑わう城下をどこかきらきらとした眼差しで眺めるふたり。「歓迎会も兼ねて」と夕食をご馳走すると、ふたりは見慣れない『ドラゴンのタンシチュー』に驚きながらも舌鼓を打っていた。


 帰り道、「ちょっとキャバクラ覗いてくる!」と前借りした給料を手に去っていくルキくんを、「男の子って、皆ああなんですか? 女好きっていうか、なんていうか」と呆れた顔で眺めるノアちゃん。


 そんなノアちゃんは道を行き交う竜人や猫又族、悪魔や精霊が少し怖いのか、俺のローブの裾をつまんで、「ジーニアさんも行くんですか? キャバクラ」なんて聞いてくる。

 「付き合いで少し、くらいかな?」と微笑むと、ノアちゃんはなぜかほっとしたような息を吐いて。


「私の世界にも、ジーニアさんみたいな人がいればよかったな……」


 と俯きがちに頬を染めた。

 「俺みたいな人?」と問いかけると、ノアちゃんは少し恥ずかしそうに、「親切で、面倒見がよくて、優しい人です……」と俯く。


「私、元いた学校では女子校育ちで。男の子っていうか、男性の方にはあまり慣れていなくて……もし私の世界にも、私を支えてくれるようなジーニアさんみたいな人がいれば、あんなことにはならなかったのかなって……」


「大丈夫だよ。これからは、俺が上司としてキミの傍に居るから。困ったことがあればなんでも言ってね。なにせ我が魔王軍は、アットホームな職場なので」


「ふふ! 好きですね、その『アットホームな職場』って言い回し」


「なんか、同僚の口癖が移っちゃって、つい……」


「変なの。ソレ、本来ならブラックっぽい企業の代名詞なんですよ?」


「えっ。そうなの?」


「そうですよぉ。知らないで使ってたんですか? あはは! おっかしい!」


 楽しそうにローブの裾を引っ張るノアちゃん。

 その様子を、離れたところから気配を消して観察しているセリーヌさんは、さっきからやたら馴れ馴れしい魔法少女に対して嫉妬の歯ぎしりが止まらない。


(飲みに行って、ふたりきりになって、帰り道に送られている……! 私だって、まだそんなことしてもらったことないのに……!)


 それは、セリーヌさんが美人な氷女族――もとい仏頂面で、飲み会に誘いづらいからです。


(こうなったら……!)


 セリーヌさんは、たまたま近くを通りがかった……というか、セリーヌさんに声を掛けようとしていたホストに魔力のこもった氷の息を吹きかけて、一時的に支配した。そいつをジーニアと魔法少女の元へ歩かせ、声をかけさせる。


「そこの可愛いお嬢さん。ちょっと寄ってかない? お安くしとくよ~♪」


(あの生意気な魔法少女を、ホス狂いにさせてやる……!!)


 慣れないツラの良い男に言い寄られて、反射的に頬を染めるノアちゃんだったが。

 隣にいたジーニアが、それをやんわりと断った。


「お兄さんごめんね、まだこの子初任給出ていないから。この街(もとい、男性)に慣れるまではちょっとお預けかな?」


 想定外の切り返しに、セリーヌさんは諦めてホストの支配状態を解いた。

 適当に路地に座らせて、寮へ向かうふたりの尾行を進める。


(ジーニア先輩、新人にもめっちゃ優しい……! 知ってたけど……!)


 なにせジーニアは、元々は『召喚部』ではなく『闇堕ち部』の所属で。

 半分魔族なせいでパーティから不遇な扱いを受けていたセリーヌを引き抜き、もとい『闇堕ち』させて救済してくれた人物なのだから。


 ――魔法少女、許すまじ。


 アットホームな職場に、ギスギスの芽が生えた瞬間であった。













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