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南川 佐久

第1話 女神だけ異世界勇者召喚できるのズルい

「女神だけ異世界勇者召喚できるの、ズルくね?」


 呼び出された謁見の間で、十五歳くらいの見た目の、銀髪に角を生やした美少女は言い放った。椅子の上でふんぞり返って、頬杖をついて。

 彼女よりも一回り年が上の俺にさも偉そうにそう宣った。


 俺は床に膝を付いたまま顔をあげ、わけもわからないといった顔で問い返す。


「魔王様……急に呼び出したかと思えば、何を……」


「だからぁ。女神だけがチート能力を持った異世界の勇者どもをほいほい召喚できんのがズルいって言ってんの! おかげでお父様は封印されちゃったし、魔王軍ウチでも同じことができないわけぇ!? ジーニア、お前はウチで一番の腕利き召喚術師でしょう? なんとかしてよ」


 ……パワハラだ。


 これは紛うことなき無茶ぶりという名のパワハラ。


「ねぇ~え~! なんとかしてよぉ! ウチにも呼ぼうよぉ、勇者!! そんでぇ、ちょちょっと洗脳して勇者どもの撃退に使おうよぉ!」


 ここ数年、女神がありえない勢いでチートな異世界勇者を召喚するせいで、我が軍の旗色は良くなく、領土拡大、もとい侵略行為も進捗が芳しくないどころか後退一方なので、魔王様も焦りやストレスが溜まっているのはわかる。

 わかるんだが……


「魔王ちゃ……様。流石にそれは無理があります。なにせ女神は、創世神の力の一部を受け継いでいて、この世の理に干渉する力を持っているのです。ですから、この世界を構成する式を一時的に書き換えて時空を歪め、異世界から勇者を召喚するなんて芸当ができるのですよ。一介の魔族……ましてや、人間の魔術師あがりの僕にそんなことができる力はありません」


 きっぱりと答えると、世襲したてのまだ幼い魔王ちゃまはムスッと頬を膨らませる。魔王ちゃまは、俺たち幹部にとっては娘のような妹のような存在だ。できれば力になってあげたいが、今回は無理難題が過ぎる。

 だって「ウチも女神と同じことをしろ」だもん。「神になれ」って言ってるようなもんだからね? それ。


「すみません。僕は神様ではないので。今回ばかりはできかねてしまいますよ、はは」


 諭すような笑みで言葉を濁すと、魔王ちゃまは……


「もういい! 『できないできない』なんて聞きたくないんだよ! ジーニア、お前ボーナス10%カットな!!」


「はぁ!?!?」


 なんつーパワハラだ!!!!


 ◇


「あンのメスガキ~~!! ちょっと可愛いいからって調子に乗りやがってぇぇ……!」


 魔王城(職場)から徒歩5分、いつもの酒場でいつものように同期を誘って飲んだくれる。机に突っ伏して愚痴を吐き散らす俺の背をなだめるように、死霊術師のネクロが叩いた。


「まぁまぁ、魔王ちゃまはまだ若いっつーか、だし。多少の無茶ぶりは仕方ないさ」


「でもぉ! ボーナスカットはさすがにパワハラだろぉ!? 無理だよぉ! 俺に異世界勇者を召喚するなんて無理だよぉ!! 世界式を改ざん……書き換えろってのか!? 神じゃねーから! できねーから! できないもんはできないんだよぉ!」


「ジーニア部長、今日は一段と荒れてますにゃ~」


 そう言ってお冷を出してくれる酒場の看板娘、猫又族のニャミちゃんに追加で生エール一杯をお願いし、俺は大きなため息を吐いた。


「無理らよぉ……」


「はは。呂律まわってないし。ジーニア歩ける? おぶっていこうか?」


「泥酔した俺を迎えに来てくれる嫁さんが欲しい……」


「またソレぇ? ジーニア、まだ二十代でしょう? 顔は良いし仕事もできるんだからさ、選り好みしなければお嫁さんのひとりやふたり簡単にできると思うけど? そういえば、部長補佐のセリーヌちゃんとはどうなったんだっけ? バレンタインにチョコ貰ったんじゃなかった?」


「どうせ義理だろ。俺、直属の上司だし」


「え~? そうかなぁ? 僕は意外と脈ありだと思ってるよ。セリーヌちゃん、いつもは仏頂面だけど、ジーニアと話すときだけは少し楽しそう」


「……勘違いだって」


「勘違いじゃないと思っていた方が、人生楽しいと思うよ」


 こういう仕事で嫌なことがあった日は、ネクロの穏やかで優しい気遣いが染みる。だが、隣で黙々と『クラーケンわさび』をつまんでいた研究狂い――同期のキュリオは、もさついた長い前髪から金の瞳をのぞかせて呟いた。


「世界式の一時的な改ざんと、それに伴う次元の超越、異世界の住人の召喚、もとい拉致か……ふむ」


 世界の理を観測し、真理を探究する研究職であるキュリオは、普段は観測室に籠っていて、俺達の仕事に口を出すことは滅多にない。だが、荒れている俺を見かねて同期のよしみで飲みに来てくれる程度には優しく、とてつもない頭脳を持つ男だ。

 そんなキュリオは、ネクロに尋ねる。


「ネクロ。死霊術や降霊術は、死者の魂をこの世に呼び出し器に憑依させる術だろう?」


「え? ああ、うん。そうだけど……」


「女神の奴が異世界勇者を召喚できるのは、世界式を改ざんする権限を有しているからだ。だが、降霊術はその権限が無くとも死者の魂をこちらの世界に呼び戻すことができる。生者の世界と亡者の世界という次元の壁を越えて」


「だって、死者には権利も同意も必要ないもん。ただ呼びだして支配するだけ。それがどうかしたの?」


 キュリオの奴は頭が良すぎて、ときどき何を言っているのかわからない。

 俺もネクロも首を傾げるばかりだが、次の瞬間、キュリオはとんでもないことを呟いた。


「……できるかもしれんぞ。異世界勇者の召喚……」


「「!?!?」」


「ただし、に限る」


「「……は?」」


 こうして、俺たちの召喚術、降霊術、世界式観測の三部署を跨いだプロジェクトXは始まった。


 ◇


 それから幾週間かが過ぎ、魔王ちゃまに「まだかまだか」と急かされながら、俺たちは白い月と赤い月が重なる日――世界式の構築が最も乱れやすい『破月の日』を迎えた。


 魔王城の屋上に半日がかりで広大な召喚式を描き、次元の揺らぎを少しでも大きくするべく、沢山の器を用意して膨大な数の死霊を呼びだした。

 声にならない声で蠢く死霊部下たちに、律儀にナンバーを振っていくネクロ。

 なんでも、死にかけの者はその存在する次元が曖昧なせいか呼び出しやすく、本来必要な契約をすっ飛ばしてこちらに引き込むことができるかもしれないというのだ。

 要は半分死者扱い。今回特別に用意した召喚陣は、降霊術と召喚術のハイブリッドというわけだ。


 そんな中、ずっと望遠鏡で月の彼方を覗いていたキュリオが叫んだ。


「今だ! 『破月の日』……きっと女神の奴も異世界勇者を呼んだのだろう。世界式の構築が乱れたぞ! 次元の狭間に亀裂が入った! 俺達も召喚の儀を!!」


 合図を受けて、俺は命一杯の魔力を魔法陣に込めた。


「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム。来い、来い、来い……! どんな奴でもいいから、とにかく強くて、死にかけの異世界勇者!! 来い!!」


 二つの月が雲に隠れ、召喚陣から白煙がのぼる。

 魔力がぐんぐんと吸い尽くされていくのを感じながら、俺は召喚術を行使した。


「俺のボーナス10%ォォォおおおお……!!」


 魔力切れで朦朧とする意識を手放すまいと、叫ぶ。

 ボーナスも無論大事だが、このプロジェクトを遂行するにあたって協力してくれた同期の優しさに応えたい。

 そんな一心で魔力を込め続けると、召喚陣の一部が突如として破裂し、眩い光と共にふたつの人影が浮かび上がった。


 白煙が夜風に攫われ、その人影が目に映る。

 その瞬間――俺は絶句した。


 召喚陣の上に乗っていたのは、まさに死にかけの勇者……というか、人間がふたり。女神が送り込んでくるような勇者たちとはオーラが全く異なる(というか負のオーラがヤバイ)が、死にかけているのだからそういうこともあるだろう。


 ひとりは年若い男で、パンツ一丁。酒瓶を手に泥酔しており、うわごとで「うぇぇええん! 寝取られたぁぁ……!」なんて涙を流している。

 急性アルコール中毒死一歩手前。我が軍の衛生兵が急いで彼の元へ駆けつける。


 そしてもうひとりは、頭にくたびれたピンクのツインテールをぶら下げた女の子だった。ぐったりと召喚陣の上に伏して、全身が痙攣している。首に刻まれた生々しい縄の痕から察するに、首吊り自殺の真っ最中だったようだ。

 ピンクと白のフリルがあしらわれたドレスを纏ったその姿は、俺が異世界勇者と旅をしていた頃に教えてもらった、『魔法少女』というもののソレに思える。

 かろうじて呼吸のある彼女の元へ、同じく衛生兵が駆けつけた。


 とにかく、召喚は成功だ。


 ふたりが一命を取り留めたことを確認し、俺たちは魔王ちゃまに向き直った。


「異世界勇者召喚の儀、成功でございます」


「やればできるじゃないか、お前たち!!」


 にこーっ!! と満面の笑みで、背伸びをしながら俺たちの頭を順番に撫でる魔王ちゃま。人より少し体温の高いその手が、柔らかくてこそばゆい。


 そうして翌日。病院着に身を包んだふたりの元を訪れた俺は、軽く頭を下げて挨拶をした。


「おふたりとも、魔王城へようこそいらっしゃいました。僕はこの魔王軍で『召喚』を担当する部署長をしております、ジーニアと申します。異世界の勇者であらせられたおふたりには、是非とも我が軍に新設された『勇者ざまぁ返り討ち部』……こほんっ。『勇者討伐隊』の部署長としてそのお力を振るっていただきたく……」


 ……ダメだ。ふたりとも、急な事態に全霊でぽかーんとしている。

 魔法少女の方は、若干頬を染めながら。


 俺は、自分よりも少し年下であろう彼らに、精一杯の柔和な笑みを浮かべた。


「おふたりとも、元の世界ではさぞ大変だったのでしょう。ご安心ください。我らが魔王軍は……アットホームな職場ですよ」


 ……多分。




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