第4話
※※※※※※※※
「やっぱ吾妻さんって、あれっスよね」
何故か吾妻に懐いている新任の駅員、高梨はとても気さくに吾妻に話しかける。
「あれとは?」
吾妻もこそあど言葉でよく喋るようになってきたと妻に言われるのだが、彼には負けるような気がする。
「ほら、あれっス。あれ」
東京でオリンピックが開かれるのが二回目だということを話していたら、いきなり『アレ』呼ばわりだ。最近の若者は本当によく分からない。こういうのがもてるのだろうか? 吾妻は首を傾げながら高梨に忠告する。
「あまりしゃべってると枚方に叱られるぞ」
そんな忠告も聞かずに高梨はよく喋った。「あれっス」に始まり彼のつまらない質問に答えると「吾妻さん、尊いっスねぇ」と貶されているのか、褒められているのか分からない言葉で締められる。枚方が新人の時の方がまだましな気がするのは、吾妻がまだ再任用ではなく正社員として見られていたからだろうか? 再任用の吾妻しか知らない高梨にとっては、近所のおじさんに少し毛が生えた程度の大人なのかもしれない。
まぁ、平日のお昼間はそれほどお客様もいないことだし、枚方の昼休憩が終わるまでなら目をつぶってやるか。
吾妻は諦めて彼の話に耳を貸していた。
「あ、そうっス。あれね、やっぱり傘お化けっスよ。きっと……」
そう言いながらスマホの画像を見せてくる。高梨の顔を見れば全く悪気はない。もう少しものを考えて言えないものかねぇ。吾妻はそんな感想を抱いてしまう。そして、「傘お化けかぁ」と苦笑しながら、彼に向かう。確かに高梨は意味不明に番傘が置かれていればお化けと思ってもいい年格好の若い子だ。しかし、吾妻にとっては心外である。何にしろここに傘を返してくれるということは、返してくれた人の感謝もあるのだ。そう言い返そうとして、高梨が思い出したように笑った。
「吾妻さん、あれっス。生き字引きっス」
はいはい。せめて物知りと褒めてくれないもんかね。
高梨のニヤニヤ顔を見ているとそんな気がしてきた。
※※※※※※※※
白い光を外へ漏らしていた扉が私の背後で音を鳴らして閉まってしまった。
降りた駅は「梅ヶ谷」
どうやら、終点まで乗ってしまったらしい。そして、列車はそのまま回送の文字となり、同じ線路を帰って行った。呆けて列車を見送っている私の上に雨が降り注いでいた。着ているブラウスが肌にくっつき始めて気持ち悪い。なんだか付いていない日だわ。そう思いながらとぼとぼと屋根の下にあるベンチに腰掛けた。
雨は止みそうもない。
蛍光灯の光に雨だけが輝いて落ちていく。ホームにも誰もいない。終点だから今から列車に乗ろうとする人が並んでいても良いはずなのに。
初めて降り立った終点の駅。国鉄も走っている大きな町だ。どうせなら、お天気の休日に遊びに出かけて百貨店ので流行の服を見て、お洒落な喫茶店でプリン・ア・ラ・モードを食べて友達とおしゃべりをしたかったな。
でも空は暗く、雨が降っている。この中を歩いて帰らなくちゃならないのだろうか。いつまで経っても帰りの列車はやってこなかった。
お月様やお星様くらい見えればこんなに気持ちも沈まなかったかもしれない。
疲れた。まぶたが岩のように重たくなって落ちてきそうになるのを我慢する。
「あっ」
いつの間に現れたのか、駅員さんがホームに立っていた。
駅員さんが私にとって唯一開かれた光に見えた。
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