桃子【短編小説】

Unknown

桃子

 俺は27歳独身、1人暮らしの無職だ。

 ある日、俺が川で洗濯をしていると、上流から、どんぶらこ、どんぶらこ──と超でかい桃が流れてきた。

 俺は洗濯物を放り投げて言った。


「うわー、でかい桃が流れてきた! そういえば桃なんて何年も食ってないな。家に持ち帰って食べよう」


 俺はゆっくり流れていく桃を受け止めて、アパートの206号室へと歩いて持ち帰り、キッチンにある包丁で超でかい桃を切ってみた。

 すると、なんと桃の中からは、制服を着た女子高生らしき人物が出てきた。

 やがて少女は体育座りの姿勢で、桃の中から無表情で言った。


「はじめまして。私、●●高校2年B組の佐野桃子っていう者です。17歳です」

「あ、はじめまして……。俺は、大野勇輝。27歳で今は無職です」

「前は何のお仕事をされてたんですか?」

「金属加工ですね。板金を溶接したりとか」

「そうなんですか。私、最近高校でクラスメイトとの関係に悩んでたり、親との関係に悩んでたりしたから、思いきって桃の中に入って家出してみたんです」

「まぁ思春期にもなれば悩みも増えますよね」

「そうなんですよー」


 そこで会話は一旦途切れた。気まずくなった俺はとりあえず家出少女にこう言った。


「今日って平日ですよね。高校は休んだんですか?」

「無断欠席しました」

「なるほど」

「私、なんか学校とか人生がどうでもよくなっちゃって。……あ、大野さん、桃太郎って知ってますか?」

「知ってますよ。おとぎ話ですよね」

「はい。私、桃太郎のつもりで家出したんです。なので私はこれから犬、猿、キジを仲間にして、鬼を倒しに行きたいと思います。ついでに大野さんも私の仲間に加わって鬼退治に協力してくれませんか?」


 急だな。と俺は内心思ったが、表情には全く出さなかった。何故なら彼女の表情が真剣だったからだ。


「鬼退治ですか。でも、鬼なんてどこにいるんですか?」

「私の住んでる家の近所に、“松井組”っていう小さなヤクザの事務所があるんです。そこに殴り込みに行きます。松井組は悪い事ばかりして、お金を稼いでるんです」

「えっ、鬼ってヤクザの事ですか?」

「逆に聞きますけど、この世にヤクザ以上の鬼がいますか? 反社会勢力の筆頭ですよ」

「まあ、そうですけど……俺、めちゃくちゃ怖いですよ。ヤクザの事務所に乗り込むなんて……」

「でも、私は女だし、私1人で松井組を倒せると思えません。でも大野さんは男の人で私より腕力もあるし、松井組は小さなヤクザ事務所だから平気です」

「でも、ヤクザって銃とか持ってるかもしれないし、最悪殺されますよ。俺と桃子さん。死んでもいいんですか?」

「……」


 そこで桃子さんは神妙な顔つきになり、俺にこう言った。


「別に死んでもいいです。私なんて生きてる価値ないし……」

「そんなことないですよ。あなたはまだ若いんだし、これから楽しい事だって沢山──」

「──楽しい事なんてありません。大人っていつもそう。根拠も無いのに若者の未来は明るいっていう前提で話す。あなたもそうなんですね」

「……今は桃子さんは不幸を感じてるのかもしれないけど、実際、大人になれば少しは楽しい事もありますよ」

「私の未来に楽しい事があるなんて、信じられません。見てください、これ」


 そう言って桃子さんは制服の袖をまくって、俺に左腕を見せてきた。

 その腕には、リストカットの痛々しい傷痕が沢山あった。

 俺は真顔で言う。


「色々、頑張ったんですね。つらかったでしょう」

「……はい」

「偉そうな事を言うつもりはありませんが、とりあえず俺の腕も見てください」

「え」


 俺は黒のスウェットの袖をまくって、両腕を見せた。


「俺も最近まで腕を切ったり焼いたりしてました。桃子さんと似ているのかもしれません。俺も若い頃は死にたいと思ってたし、今でも思う事があります。実際、首を吊った事もあります。でも、今は生きててよかったなって少し思えるようになったんです」

「なんでですか?」

「大人になったら、俺にも仲間ができたんです」

「仲間?」

「例えばインターネットやSNSの世界には、俺と同じような苦しみを抱えてきた人が沢山います。そういう人たちと仲間になっていく中で、俺は独りじゃないと思えました。独りぼっちで生きてる人は、世の中に沢山いるんです」

「私にも、仲間ができる時が来るんでしょうか」

「絶対に来ますよ。これから生きてる中で絶対に色んな仲間ができます。というか、もう俺も仲間ですよ。桃子さんは言いにくい悩みを俺に打ち明けてくれた」

「……なんか、心が少し楽になりました。ありがとうございます」

「いえ。そういえば桃子さんってゲームやりますか? ドラクエとかファイナルファンタジーとか」

「ゲームはあまりやった事ありません。でもお兄ちゃんがよくゲームしてます」

「俺が思うに、人生ってRPGのゲームに似てるんですよ。RPGは仲間を集めて強くなって敵を倒すゲームの事です。RPGの物語の序盤は主人公に仲間はいなくて独りぼっちなんですが、物語を進めていくと仲間がどんどん増えていくんです。そして経験値が増えて強くなって、ボスを倒せるようになります。それって人生にも通ずる所があると思います。人生も、同じです。生きれば生きるほど仲間も増えて経験値も上がる」

「わかりやすいですね」


 桃子さんの人生はゲームで例えると、まだまだ序盤だ。


「──とりあえず、俺は桃子さんの鬼退治に協力します。一緒に松井組のヤクザをぶっ倒しに行きましょう」


 すると桃子さんの表情は明るくなった。


「えっ、いいんですか?」

「いいですよ。でも、その前にベランダで一服タバコ吸ってからでもいいですか?」

「はい」


 ◆


 俺はベランダに出てタバコを吸った。

 これから俺はヤクザを倒しに行く事になってしまった。一般人の俺たちで何とかなるのだろうか。

 まあ、なんとかなるだろ。さすがに殺されはしないはず……。


 ◆


 それから、桃子さんと俺はアパートの外に出て、一緒に駅を目指して歩き始めた。駅から電車に乗り、松井組の事務所へと乗り込む予定だ。

 歩いていると、冬の風が俺の頬を撫でた。


「大野さん、まずは仲間集めです。犬と猿とキジを探します」


 と桃子さん。


「犬はもしかしたらいるかもしれませんけど、猿とキジは厳しくないですか?」

「こないだ私、家の近所で猿を見ました。群馬には猿が沢山いますよ」

「俺、猿なんて何年も見てないなぁ」

「私の住んでる所はここより田舎なんです。だから猿がいます」

「桃子さんはどこに住んでるんですか?」

「●●市の●●って所です」

「あ、じゃあ割と近いですね」

「はい」


 喋りながら歩いていると、やがて前方からクリーム色の雑種犬が歩いてきた。首輪が無い。体はちょっと汚れている。という事は野良犬? 

 まさかこんな早く犬に会えるとは。


「あ、犬!」


 と桃子さんが笑った。


「おいで!」


 桃子さんはその場にしゃがんで、両腕を広げた。

 すると犬は尻尾を振りながら俺たちの方に近づいて来た。


「よしよし」


 桃子さんは笑顔で犬を撫でる。

 その様子を見て俺も少し笑った。


 ◆


 それから桃子さんと俺は歩き始めた。犬は、尻尾を振りながら俺たちのすぐ後ろをずっと着いてきている。これはもう犬が仲間になったという認識で良いのだろうか。


「犬が私たちの仲間になりましたね!」

「そうですね。とりあえずよかった」

「次は猿かキジです」

「この辺にいるといいけど」


 俺たちが喋っていると、偶然にも猿が前から1匹で歩いてきた。サイズは割と小さい。大人なのか子供なのか微妙なサイズ感だ。


「大野さん、見てください! 猿です!」

「あ、ほんとだ。かなり運が良いですね」

「人間を見ても警戒する様子がありません。もしかしたら仲間になってくれるかも。猿、おいで!」


 そう言って、桃子さんは右手を高く上げた。すると猿は走ってきて、ジャンプして桃子さんとハイタッチした。


「おー、よしよし、偉いね」


 桃子さんは猿の頭を優しく撫でた。

 その後、猿は俺たちのすぐ後ろを歩いて着いてきた。

 こうして犬と猿が仲間に加わったのである。


「桃子さんって動物に好かれやすいんですね」

「そうなんですよ。なんか小さい頃から色んな動物が集まってくるんです。だから多分キジも私のところに飛んで来ます」

「きっと来ますよ」

「はい」


 俺たちが喋りながら歩いていると、前から1羽のハトが偶然歩いてきた。丸くて可愛い。

 桃子さんは言った。


「あ、ハトだ! せっかくの縁です。キジじゃなくてハトを仲間にしましょう。ハト、おいで!」


 すると、ハトは羽ばたいて桃子さんの肩の上に乗った。


「あ、ごめん、制服の上はちょっとやめて。傷になっちゃうかも」


 と桃子さんがハトに言うと、ハトは頷いて、俺たちのすぐ後ろに降り立った。

 これで犬、猿、ハトが仲間になった。

 俺たちが歩いていると、その後ろをみんなが歩いてくる。

 これはもう完全にみんな仲間になったという認識でいい。


「よし、仲間が集まりましたね。じゃあみんなで鬼退治に行きましょう!」


 桃子さんは笑ってそう言った。


 ◆


 桃子さんを先頭に、俺、犬、猿、ハトの順で駅の改札を通り、ホームでしばらく電車を待って、みんなで電車に乗った。目指すは松井組事務所である。

 なんだか、これだけ仲間がいると、本当にヤクザに勝てそうな気がしてきた。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 桃子さんと俺と犬と猿とハトが黙って電車のボックス席に座っていると、周りがザワザワし始めた。

 仕方ない事だ。動物が普通に電車に乗っているのだから。


「──おい、なんで犬と猿とハトが乗ってんだ……?」


 どこかから、そんな声が聞こえた。

 だが桃子さんも俺も無視した。


 ◆


 そのまましばらく電車に揺られていると、やがて目的地の駅に到着したので、みんなで電車から降りた。

 また桃子さん、俺、犬、猿、ハトの順で改札を通り、駅から出た。

 そして毅然とした表情で桃子さんは言う。


「ここから3分くらい歩いた場所に松井組の事務所があります。みんなで殴り込みに行きましょう。私、ヤクザみたいな反社会勢力は許せません」

「……」


 内心、俺は今すぐにでも逃げたい気分だったが、ここまで来たのだから松井組を倒そう。

 俺たちは事務所に向かって歩き出した。


 ◆


 しばらくすると、小さめのマンションのような白い2階建ての建物の前に到着した。

 そしてガラス扉には小さく金色で「松井組」と書かれており、その横にインターホンとスピーカーがある。


「じゃあ行きましょう。みんな、準備はいいですか?」

 

 俺と犬と猿とハトは同時に頷いた。

 これから始まるのか。俺たちの激闘が……。

 直後、恐れを知らない桃子さんは、躊躇なくインターホンを押した。

 すると、スピーカーからドスの効いた男の声がした。


「──はい、松井組」

「私、●●高校2年B組の佐野桃子という者です。松井組を潰しに来ました」

「……イタズラなら帰りな」

「イタズラじゃありません。私は松井組を真面目に倒しに来たんです。仲間も連れてきました」

「──」


 ブチ、という音がして、ヤクザと桃子さんの会話は途切れた。


「……あれ、切れちゃった」

「桃子さん、やっぱり辞めといた方がいいんじゃないですか? 多分、ヤクザの方も怒ってますよ」

「うーん、やっぱり辞めといた方がいいんですかね……」

「うん」


 しばらくすると、ガラス扉の奥に黒いスーツ姿のヤクザが現れて、扉がゆっくり開かれた。俺と同じくらいの年齢に見えるが、顔には貫禄があり、眼光は刃物のように鋭い。ヤクザは無表情で言った。


「大変迷惑ですので、お引き取り願います」


 すると桃子さんは残念そうな顔をして、


「えー、せっかく仲間も集めて事務所まで来たのにー」


 と言った。

 ヤクザを目の前に、なんという胆力だろうか。この子には恐怖心というものが無いのか?

 と思った直後、ヤクザの視線は俺に向けられた。


「おい、てめえ誰だ」

「あ、えっと……この子の兄です」

「なら、このガキ連れてさっさと帰れ!」

「すぐ帰ります。すみませんでした」


 俺が咄嗟に言うと、桃子さんは「え」と言った。俺は半ば強引に桃子さんの腕を持って、松井組の事務所から歩いて離れた。すると犬、猿、ハトも着いてきた。

 しばらく歩いたところで、俺は手を離して、桃子さんの目を見て諭した。


「桃子さん、やっぱりヤクザ倒すのは無理がありますって」

「そうですね……相手にしてもらえませんでした。現実はやっぱり、おとぎ話のようには行きませんね」

「うん」

「でも冒険みたいでちょっと楽しかったです。ありがとうございました」


 桃子さんは笑顔で言った。

 その瞬間、桃子さんのお腹が「ぐぅ」と鳴った。


「あ、お腹鳴っちゃった。ごめんなさい。昨日から何も食べてなくて……」


 それを聞き、俺は提案する。


「じゃあせっかくだし、みんなでご飯でも食べに行きませんか? ちょうどお昼も近いし。桃子さん、何か食べたいものある?」

「私、焼肉が食べたいです」

「じゃあ焼肉食べに行こう。みんなも、それでいいかな?」


 俺が訊ねるとみんな一斉に、


「ワン」

「ウキー」

「ホッホー」


 と返事をした。








 〜おしまい〜








【あとがき】


 桃子と同じように俺も高校時代は辛かった。でも27歳の今の方が生きてて楽しい。だから高校の時に死ななくてよかったと今は思う。


 夜、全く眠れなくてこの小説を書いた。不眠症とは一生の付き合いかもな。俺は今、プロ野球のスマホゲームのランキングイベントを走っている。疲れた。俺は仕事は続かないが、ゲームは長く続く。

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桃子【短編小説】 Unknown @unknown_saigo

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