第18話  告白

 あれから一日、私はずっと血を分けた姉、猿手目快晴について考えていた。



 快晴はどうしてわざわざ私に正体を晒し、まるで警告のような手紙まで寄越したのか、そればかりだ。姉妹であっても何を考えているか分からないことだけが分かり、そして事件の実行犯については分からない。



 方々へ声を掛けた情報屋達からの連絡もなく、どうしようもない行き詰まりを感じていた。多分だが、向こうの実行犯は警察や情報屋並みの情報収集能力を有している。此方が下手に動けばそれらは全て相手の耳に入り、それらを都合良く翻して此方が不利に働く一手を打ってくるに違いない。



 万が一も無いと思うが、私が声を掛けたのは猿手目家に心酔している情報屋達だ。此方の動向やらが漏れる心配はないと思いたいが……。



 深い影から事態の動向を探る最後の実行犯に一抹の不安と不気味さを抱いている。もしその人物が情報収集能力に長ける実力を有した者ならば、もしかすると、いや、ほぼ確定して、快晴が私に接触していることを把握しているはずだ。



 快晴が口を割らない、とも限らないというのに、全く動きを見せないのはどういう心理が働いてのことか。これもまた考えれない憶測だが、快晴はもうあの後に殺され……、ていたり。いやいや、それは無い。両親を殺害するために施設の人間を完全犯罪の殺人劇をこなし、見事、私達の両親もまた事故という完全犯罪で屠ったのだから。そんな輩が、簡単に殺されるとは思えない。



 ああでも、こうでも、と否定に否定を重ねる空想に耽っていた頃に、「日和お嬢様。久内様がいらっしゃいました」扉から顔を覗かせて控え目な声量の椿に、「久内が? わかった、書斎に通していいぞ」了承する。



 警察の進捗具合をあまり期待せずに聞き流すつもりではあったが、「次で最期だそうだ」なんのことだ、と顔をしかめる私に久内は二つ折りの紙をテーブルに滑らせた。



 一瞬だけ久内と視線が合ったが直ぐに寄越された紙へ視線を落とす。紙面には大方の予想通りの内容と、それをわざわざ警察へ届けた疑問が同時に浮上し、犯罪心理学とかそう言った学の知識もない私は、これまでの犯行を防げず、犯人の尻尾さえ掴めない体たらくぶりに、ある種の自己陶酔に陥った、迷走の悪手を打った、という認識に落とし込んだ。



 陶酔の夢におだてられて気分を良くした犯人は、「次で最期。神託の巫女は純血の涙を流しながら神へ祈りを捧げ、猿神も地へ墜ちる」直筆でわざわざ殺害方法まで丁寧に教えてくれたのだ。



 以前の脅迫文は無理して字体を変えていたが、今回のは自然体に近く、文字の部分的な歪みがその時の犯人の感情を示していたのが読み取れる。



「久内はどう見る、これを?」

「勘だが、猿手目日和、お前の殺害予定日も予想を付けている」

「ほう。それは是非ともいつなのか教えて頂きたいものだな」

「一週間後の今日だ。お前の両親は去年の一週間後に亡くなっている。この猿神が墜ちるという文から見て、わざわざキミを殺すだけならこの箇所は不要だろう。お前の両親が亡くなり、キミを殺すことで猿手目家を完全に潰そうとしているのではないか、と考えた。実際、三人の犯人のうち、キミの姉は両親を事故に見せかけて殺したそうだな。そんな姉が実行犯とつるんでいる。これは猿手目家への報復と考えられるが?」

「なるほどな。となると、実行犯はかつて猿手目家によって損害を受けた輩か、もしくは……」

「なんだ?」

「いや。何でもない。ただ日向者がいるなら日陰者もいるんだなぁ、と思い至っただけだ」



 久内の用事はこの手紙だけのようで、進捗具合はやはり芳しくないようだ。



 情報屋も警察も犯人へ届かない。まるで、掌の上で踊らされているようで気持ちが悪い。だけど少なくとも、久内の予想が正しければ一週間後の今日に私は犯人とご対面することができるようだ。



「警察は動かないだろ?」

「ああ……。紙切れ一枚では、警察は動かない」

「まあ、知っているさ。お前達がそういう組織であることくらいは、な」



 珍しく申し訳なさそうに顔を歪めた久内だったが、「来週の今日一日なら、俺一人が警護に当たれるだろう」あくまで個人としてなら動けるというが、「それはなんの冗談だ? 犯人に背後から一撃で沈んだ奴に言われてもな」最大限の敬意を込めて返す。



「正直じゃないな。子共ならもっと素直に喜んだらどうだ、猿手目日和」

「生憎と可愛いらしい性格なんて持ち合せていなくてね。だが、まあ、居ないよりかはマシか」



 久内の警護を了承し、前日から猿手目家に宿泊して潜んでもらう打ち合わせを済ませると、彼は捜査に戻ると言った。



彼を門前まで見送る時に、「当日は歩きで来いよ。犯人にお前が居る事を悟られたくはない」最後の最後まで可愛くない私に、「わかっている。私の存在はお前の周囲の人間にも伏せておけ。どこから漏れるかわかったものじゃない」分かっていることを一々……、まあ、お互い様か。



 早速、書斎に籠もってデスクの上に久内の土産の紙切れをゴミ箱に放り、引き出しの中に忍ばせている猿手目家代々受け継がれてきた喧嘩煙管を手に、護身用として十分な安心感を抱かせる重量を感じつつ、数回振ってみたが、まあ……素人の小娘程度の技量では打ち倒すことは叶わないだろう、と無意味な行為に苦笑がこぼれてしまう。



 猿手目家を存続させるには私は生きねばならない。むろん私自身も死にたくは無いから生きる努力を欠かすつもりは毛頭無いが。しかし、心配は椿だ。彼女こそ私の弱点であることくらいは既に知られているはずだ。なるべく行動は一緒にするべきだろう。夕方以降の外出は控えてもらう。姉、快晴との件もある。事件が解決するまでの一人行動は禁止にするべきだな。



 さっそく椿を呼びつけて、しばらくの窮屈を言い渡すと、彼女は恐ろしく静かな眼で私を見て、「また、隠し事なんですね?」まるで全てを見透かしているような口ぶりで言ってきた。



「日和お嬢様は幼い頃から何でも自分一人で完結させようとなさいます。それを悪いとは言いません。ですけど、もっと周りを、私を信用してください。でないと、日和お嬢様も、この御家も守れません」

「お前の為だ。大丈夫だ、私がお前も猿手目の家も守る」

「私はそんなにお荷物ですか?」



 そう言った椿の眼を見れば瞭然、冗談でそんな言葉を口にしたわけでないことくらい察せられる。どうしてそんなことを言うのか。私はそんな悲しい言葉をお前に発せさせなければならないようなことをしてしまったのか。違う。いま本人が言ったじゃないか。また、隠し事なんですね、と。心配掛けまいと、椿を想って良しとしていた態度が逆に彼女を追い詰めていたわけだ。なんて……、ああ、くそ。私が素直でもっと人に甘えられる性格であれば、私は椿のこんな顔を見なくて済んだというのに。頼むからその涙を私に見せないでくれ。心が辛い。



「ち、違う。椿は決して……、お荷物なんかじゃ」

「何かに怯えている子共がそれを必死に隠そうとしている、そんな顔を最近されています」

「それは……」



 私は無自覚だった。必死に当主として在ろうとするあまり、自分が背負っている重荷に喘いで、救いを求める声を押し潰していた。当主の務め、自分と椿の生活、猿手目家の権威維持、事件の情報収集。極めつけには殺害予告。それらが私を縛り、気付かぬうちにがんじがらめとなって息苦しくあったのだ。そんな私を椿は本当によく見ていてくれた。しかし、私の苦しみを解くことのできない無力さに椿自身もまた苦しんでいた。



 全ては私の責任だ。



「すまない。私はちゃんとしなければ、とそればかりでお前の気持ちに気付いてやれなかった」



 そっと涙を流す椿の手を取り、「少し話せるか?」彼女を居間へと連れて行く。私はその場で全てを吐露した。その間、椿は黙って私の話に耳を傾けてくれていて、全てを話し終えた頃には胸がすっと軽くなっていた。ああ、最初からこうしていれば良かったんだ。椿の想いを聞かなければこの先も気付かぬうちに増え続ける責に潰されていたかもしれない。



「日和お嬢様、お話しして下さりありがとうございます」

「いや。私の方こそありがとう。お陰で気持ちが大分楽になった」

「それにしても殺害予告なんて……、私が絶対にさせませんから。絶対にです」



 前日に久内が泊まり込んでくれるというが、あの時の身軽で慣れた動きはそういった修羅場を経験しているはず。柔剣道を嗜む一介の刑事に太刀打ちできるだろうか。妻木達も一緒に呼んでしまった方が……、いいや、大所帯になれば犯人に気付かれ、せっかくのチャンスを無為にしてしまう可能性が高い。それは回避すべきだ。やはり最低限の人数で対処すべきだな。



 一週間の猶予。久内には前日から滞在してもらうことにはなったが、正直……、ここまでの事件をやってのける人物が、ノコノコと姿を晒してやってくるはずがない。護衛の可能性だって向こうは考えているはずだからだ。つまり、私を殺害する前に香元華然のように誘拐の手段が考えられる。残り一週間の時間を最大限有効活用しなければ私は間違いなく殺される。



 向こうが情報に強いように此方も神託じょうほうの名門一族。



 これは情報戦だ。

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