第6話 事件の影に潜む存在
私は約束の日に久内を猿手目家へ呼びつけ、今まで調べた情報を神託として話してやった。
松戸で起きている猟奇事件は香元華然の詩の見立て殺人であり、行方を眩ませた香元華然は失踪ではなく誘拐である可能性。そして、彼女を攫った人物こそ今回の犯人として色濃くなっているという推測。
「香元華然……、か。警察にも捜索願が出されていたが、どういうわけか上層部が直ぐに捜査を打ち切った」
警察の上層部がどうして令嬢の捜査を打ち切る必要があるのか。相手は名家だ。こんな態度を取られて騒がれでもしたら警察の信頼はガタ落ちになることくらい明白。まさかそんな事も考えずに捜査を打ち切ったわけでもないことくらい未熟な小娘でも想像できる。何者かの圧力があった、そう推察するのが自然か。
「その理由もお前達下っ端は知らないんだろ」
「調べはしたが、必要ないの一点張りだった」
「ならば、署長に繋げ。私が直々にその理由を問いただしてやる」
「それは……、無理だ」
「なんだと。お前達は事件を解決したい、違うのか? 事件は香元華然を中心に起きている。その糸口をどうして掴もうとしないんだ。馬鹿馬鹿しい、まさか保身に走っているのか?」
「話を聞け。署長は昨日から行方が分からなくなっている」
「はぁ?」
昨日、夕方に松戸東警察署を出てから一度も戻ってきていない。彼に近しい数人の者達が連絡を取ろうとしても自宅にも帰っておらず、全くの足取りが掴めないそうだ。
「署長も探せとは言わないだろな?」
「その必要は無い。署長の車が今朝見つかった」
「車だけか? どこで」
「江戸川の河川敷だ。座席にはベットリと血痕が付着していた。今現在、科学捜査研究所でその血液を調べている。まあ、おおよそ所長の物で間違いはないと思うが」
「随分と冷静だな、狐」
「俺達がすべきことはかわらない。市民の安全と平穏の為に事件を解決することが最優先事項だ」
「正義に溺れているのか、お前……」
私をジッと見つめる久内の眼からは狂気然とした色……、とでも言えばいいのか、薄ら寒い何かを感じた。
今回の事件の被害者は一貫して女性だ。中年の男性が殺されたのは別の事件によるものだろうか。たとえば署長は何者かに呼び出され、警察署から自家用車でその人物を迎えに行き……、血液調査も終わっていないから詳細な時刻等は分からないが、殺され、車だけを河川敷に放置した、といった所だろう。
今回の事件には関係ないと見ていいはずだ。
「なんだ、まだ言いたいことがあるのか? 香元華然の関与もしくは周辺の人物によるというお告げだけでは不満か? なら、もう少し待っていろ」
「署長はお前の猿手目家を信頼して今回の事件の神託を依頼した」
「違うな。正確には
「どちらにせよ、事件に関する事だ。俺はこう考えている。内部の何処からかこのことが漏れ出て犯人に知られた。これを良く思わない犯人は見せしめに署長を殺害した、と」
「お前等の内輪で起きた事件は私には関係ないだろ。そっちはそっちで人を割くなりなんなりして事に当たれよ。私を巻き込むな。それにまだ署長が殺されたかわからんだろうに……」
全く帰る気配を見せない久内に苛立ちを隠さずに視線で訴えるが、その細い眼もまた何かを訴えてきているので、「ああ、もう!」盛大に溜息をついて、ずっと直立不動の姿勢で私と対峙している久内にソファーへ座るように促した。
渋々腰を上げてデスク上の紙とペンを手にソファーへと移動する。
「で、なんだっけか。お前等の
「この件に関しては極秘事項となっている。俺と数人の刑事くらいだな」
「ならその刑事の名前だけを書け。一応、此方でも調べてみる」
押しつけた紙にペンを走らせる久内の筆圧は強く、まるで、怒りに煮えたぎっているようだ。意外とコイツはクールぶっているくせに内面は熱い男なのかもしれない、と思ったが、確かにコイツは正義に盲信している節がある。寡黙で何を考えているか分からずに正義の為となれば手段を選ばない。署内でもコイツの扱いにはさぞ手を焼いていたことだろう。
しかし、まあ……。
私はそういう奴が嫌いではない。
自分の信念に芯があり、それを曲げようとせず、貫くべく常に抗い続ける姿勢が。
「よし。所得の低いお前から金銭を要求なんて酷なことはしない。公僕のお前には事件解決後にちょっと高い菓子と茶を持ってこさせる。それが報酬でいいな?」
「あ、ああ」
なんだその顔は。唖然として細い眼がめいっぱいに頑張って見開かれている。その人間味のある顔を見ただけでも私としては満足だ。松戸の連続事件と平行で調べるとなると今まで以上に忙しくなるし、もっと伝手を活用しなければなるまい。
私はハッとして。
「なあ、久内。お前に出来るか分からないが一つ頼みがある。聞いてくれるか?」
「お前が俺に? なんだ」
「父さん……、私の両親と椿の両親の車事故に関する資料を流してくれないか」
その事件については一切の情報も握っていない。警察からも事故としか言われていない。私は失意の中で当主としての責任……、いいや、本当は辛い気持ちをどこかへ忘却させたくて、事故だなんて信じたくなくて、見て見ぬフリをしてきた。
香元華然や久内が本当の自分に従って行動したように、私もそろそろウジウジとした自分との決別をするべきだろう。いつまでも逃げているわけにはいかない。まあ、両親の件は事件解決後に後回しになるだろうが。
「なぜかあの事件は上層部から打ち切られている。署長も探りを入れていたそうだが、資料は全て廃棄された可能性がある」
「そうか……。それだけ聞けただけでも十分だ」
私は一度目を瞑り深呼吸をする。
香元家の件にしろ私の両親の件にしろ、警察上部はどうしてこうも口を閉ざそうとするのだろうか。どこぞの誰かに弱みでも握られているようではないか。
「もうお引き取り願えるか。疲れた」
「キミにばかり頼み事をしてすまない」
「本当にそうだな。何かあれば直ぐに裏で情報屋を利用する。たまには自分の頭を使ってほしいものだ」
「そうありたい……、そうあるべきだな」
私は一つ、父さんが言っていた言葉を思い出した。
「久内。情報屋も人間だ。金銭、情報、時には情。そこに正義も悪も関係なく仕事をする。もしかしたらこの事件、犯人側にも情報屋が付いている可能性がある。ここまで捜査して警察が尻尾も掴ませなかった相手だ」
「それは厄介だな」
「ああ、大いに厄介だ」
「だが」
久内は口角をわずかに持ち上げた。
「此処におらせられるは情報屋ではなく、神託の巫女。違うか?」
「ふふ、そうだな。ああ、そうだな。この事件、私達が勝たねば警察も猿手目も信を失う」
「国民の平穏もだ」
もし仮に犯人の背後に情報屋が付いているなら厄介だ。猿手目家といえどまだ半人前の私が情報戦で太刀打ちできるかどうか……。
今そんなことを考えていてもどうしようもないこと。ただ事件に関する情報を片っ端から集め、
「猿手目の巫女に期待している。もちろん俺達はその神託に甘えるつもりは無い。俺達は俺達で着実に犯人へと追いつく証拠を見つけていく」
そう言い残して久内は猿手目家を出て行った。これからアイツはその証拠探しに戻るのだろう。日夜休む間もなく働く彼等を嘲るように次々と殺人事件が起きては捜査範囲が広がり、人手は不足し、終着が遠のいてしまう。それでも彼等は諦めること無く地道な捜査を続けていく。続けていくしかない。私も同じだ。手探りで猿手目家の神託を授ける巫女として邁進していかねばならない。
「まずは」
新たに依頼された署長の行方。片手間に並行してできるほど器用も余裕もない。今の私に無駄は許されないのだ。使える物は使う。良心を押し殺し、非道な手段を用いようとも。まったく、十五の小娘には中々に酷な人生だと思う。仕方ない。これが私の選んだ道なのだから。全ては覚悟の上。
「香元華然。お前はこうなることも読んでいたのか?」
この事件の渦中には香元華然という存在。名家の令嬢が詩を発表し、行方を眩ませ、詩に沿った事件が起きている。
「それとも、まだ生きているのか?」
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