第18話 対立

 ばらばらと里の男共が剛霜を取り囲み、拳を振るってきた。

さすがに多勢に無勢、古潭の少年の様にはいかず、剛霜は三人ほどを投げ飛ばし、四人ほどを打ちのめしたものの、寄って集られて四肢を捕られ、地べたに押さえ込まれた。

「どうじゃ、このうつけがっ。二度と儂に横柄な口をきけぬように懲らしめてやるわ」

里長は勝ち誇って、剛霜の頭を踏みつけた。

「これ以上、俺に無体なことをすれば船守衆が黙っておらんぞ。里を割るつもりか」

剛霜とて船守衆を束ねる首の一族である。不当な扱いを受ければ大きな諍いを呼ぶことになると里長の翻意を促した。

「ほざけっ、たかが水夫かこ風情が偉そうに。本来であれば裏切者は斬首とするところだが、静織の里長殿の臣を殺す訳にもいかぬ。儂も好んで里同士の諍いを起こすつもりはない。此度は蛮族に弓矢を盗まれた粗忽者への罰として鞭打ちにしてくれるわっ」

 剛霜は館を支える太い柱に縛り付けられて、竹の鞭で散々に打ち据えられた。

『呆れたものだ。主を己と同格扱いしよったわ』

鞭打たれながら、剛霜は里長の増上慢に腸が煮えくり返る思いをじっと堪えた。

「はぁっ、はぁっ」

 剛霜の背後で里長が荒い息を吐く。

憎しみの籠もった目で、里長は自ら剛霜の背を打ち据えていたのだ。

竹鞭が撓り鋭く風を切ると、その先端が衣服を裂き、皮膚に幾条もの蚯蚓腫れを作り、血が滲み出す。

 だが、太い艪を、長大な櫂を操り、巨大な帆を張って鍛え上げた剛霜の身体は、脆弱な里長の打擲程度では、見かけほど堪えてはいなかった。

却って里長の体力の方が尽きかけているのだ。

「はぁっ、はぁっ、このっ、思い知ったか」

 汗を滴らせ、仁王立ちになって喘ぐ里長の前に、門衛の兵が駆け寄ってきた。

「里長、船守達が騒いでおります。浜の方からも得物を持って続々と寄せて来て、これ以上は抗しきれません」

それを聞いた里人の間から怯えた声が上がった。

 里人の数は多いが、半数は女子供である。

対して船守衆は妻子を都へ置いており、守りに憂いは無い。

数は里の男共より少ないが、若く屈強で戦慣れして思い切りが良いのだ。

それが大勢で押し寄せるとなれば、里にとっては脅威である。

「里長、もう、その辺で」

 今まで傍観していた者達の中から声が上がる。

その辺でと云っても、かなりの事をやってしまっているので、皆逃げ腰だ。

「俺は知らぬぞ」

「何事かと見に来ただけだ」

中には、そそくさと自らの小屋へ引き上げる者も居る。

その状況に、里長も急に弱気になったようだった。

「むうっ、分かった。処罰は終えた故、直ぐに解放すると伝えいっ」

里長の言葉に兵は門に駆けていった。

 剛霜は縄を解かれ、息を吐いた。

「こ、これに懲りたら…ぐうっ」

捨て台詞を吐きかけた里長に向かって、むんっと一発拳を振るう。

それだけで里長は吹っ飛んで、館の階に頭を突っ込んで伸びてしまった。

「ひいっ」

ざざぁっと里人が潮のように引いていく。

「里長っ」

何人かが走り寄って里長を助け起こし、呆気にとられていた兵が慌てて槍を構えた。

「ふおおおっ」

剛霜が荒々しく大息を吐くのと同時に、遠くで「わあっ」と喚声が上がった。

「うわわっ」

それを聞いた里人は、我先に己が小屋へと逃げ込んで行った。

瞬く間に人影が無くなった広場に、辛うじて踏みとどまった槍兵と里長の側近達も腰が引けている。

「し、仕置きは終えたのだ。疾くねっ」

肩を担がれている里長を横目に見ながら、青ざめた側近の一人が声を上擦らせた。

「仕置きだと」

剛霜は乱れた衣服を直すと、改めて側近達を睥睨した。

「俺は納得しておらぬ。これは売られた喧嘩だ。だから里長を殴った」

「汝の理屈など知らぬ」

「それは俺の方もだ。大言壮語を吐くわりに小童に渡った弓矢一つで大騒ぎしおって」

ぐいと踏み出すと、里人達は慌てて数歩下がった。

それでも恨みの籠もった目で剛霜を睨め付けると、半ば吐き捨てるように言い放った。

「この地に年の半分もおらぬ者に、吾等の不安など分かるものか」

「結局はそれか。臆病者め、里を大きくしたところで、また新たな不安が生まれるというに」

 わあっと再び喚声が上がり、ドスン、ドスンと微かな地響きが伝わってきた。

おそらく焦れた船守衆が門前で威嚇の為に、足を踏みならしているのだろう。

そうそう戦闘にはならぬだろうが、このまま門に取り付けば門衛達も動かざるを得まい。

早く戻ってやらねば怪我人が出るかも知れないと、剛霜は広場の先の暗がりを透かし見るように目を窄めた。

「去ねっ…汝の仕置きは終えた。もはや…問答は無用じゃ」

ようやく意識を取り戻した里長が、側近に支えられながら半顔を赤黒く腫らして剛霜を睨み付けた。

こちらもカッと目を見開いて睨め付けると、びくりと背筋を震わせて里長は思わず後ずさった。

「ふんっ」

その様子を見届けて、剛霜は広場の出口へと踵を返した。

「度しがたい阿呆め」

剛霜の視線が切れると、悔しさを滲ませた悪態をその背に浴びせて来たが、もはや剛霜は振り向きもせず、絡みつく視線を振り払うように誰も居なくなった広場の出口を抜けた。

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