第49話 温故知新




 ミトラ教本部、楽園(パラダイス)。

 石灰岩の天井や壁が見えなければ、長閑な田舎といった風情だが、ところどころにオーバーテクノロジーというか、謎テクノロジーが発揮されている。


 例えば、広がる麦畑はいつでも収穫できる状態で、刈り取るために鎌を入れると袋入りの小麦になる。

 例えば、舗装もされていない畦道に宙に浮く石があり、それに乗ると勝手に街の中心部まで動き出す。降りた後は元の位置に帰っていく。

 例えば、枯れること無く湧き続ける水源があり、常に利用可能な浄水が街中を流れている。

 例えば、下水を処理する浄化槽にスライムが設置され、廃棄物を無限に処理してくれる。

 例えば、街灯には昼夜問わず、永続的に明りが灯る。


 望めば望んだ花が咲き、好みの野菜が得られ、精肉済みの加工肉が手に入る。

 電話代わりになるイヤリングであったり、熱源不明の調理器具なども。


 ここはダンジョンから得られる恩恵を最大限利用した街。

 ミトラ教徒は基本的にこの街で生まれ、育ち、ダンジョンに挑戦して己を磨く。


 ダンジョンの機能で一次、二次産業は賄われるため、専業で従事する者はいない。引退後の教徒が三次産業でダンジョン攻略を下支えし、より強い教徒を生み出すために街そのものが一丸となっているのだ。


 街中を通りながら、そんな感じの説明を受ける。

 近い将来、世界各地でこの街をモデルケースとするような街が出来上がるのだろうか。

 まあ、政治的なあれこれが絡んでくるので、ここまで牧歌的な仕上がりには出来ないだろうが。


 しかし、ミトラ教徒には原点として、是非ともこの環境を維持して欲しいものだ。

 それも小市民の感想、或いは感傷に過ぎないのかもしれない。


 ラファエルの観光案内を受けながら、街の中心にある大きな教会に辿り着く。

 石灰石の岩盤を削りだして作った建物のようで真っ白である。

 風化とかしないんだろうか。

 あまり建材として適しているとは思えないが、その辺はダンジョンの謎技術で補っているのかもしれない。


 大きな表扉を開くと、礼拝堂になっている。

 正面に大きなステンドグラス。

 左右に装飾された太い柱。


 しかし礼拝堂と言っても、ミトラ教に祈る習慣はないので、厳密にはその名では呼ばれないらしい。

 一般的な教会であれば教壇がある当たり。突き当たりの真ん中に、堂々とダンジョンの入口が鎮座していた。


 再誕の間。死ぬとリスポーンする場所なので、そう呼ばれているらしい。

 祈る者もいないし、場合によっては大きなものも持ち込むので、入口の扉は大きいし、この場所にも教徒が座る椅子など無い。


「あれが、我々ミトラ教の発端となったダンジョンだ。教徒はあのダンジョンを指して楽園(パラダイス)と呼んでいる」

「そんなに楽しいところなのか?」

「楽しいかどうかは主観によるだろうが、我々教徒を生かし、鍛え、殺す、全てともいえる場所だ。喜怒哀楽で現すことなど出来ないな」


 どこか誇らしげに語るラファエルに、自慢のダンジョンというわけかと納得する。少なくとも、悪逆非道の神が嫌らしさを前面に出して設計した鬼畜なダンジョンとは違うわけだ。


「キョウヤにも是非挑戦してみて欲しいところだが、今は情報を集めるのが先だ。悪いが付き合ってくれるか?」

「無論だ。遊ぶのは仕事を終わらせた後にしよう」

 ニャクイクス関連の情報を持ち込んだのも調べて欲しいのも俺である。当然一人で新しいダンジョンを満喫する気持ちにはなれない。


 再誕の間の左右に続く通路のうち、右側の通路を進む。ちょうど教会の裏手の方に回り込む形で通路が伸びており、そこに地下への階段があった。


 薄暗い階段を降りていくと、上物の教会など飾りとでも言わんばかりの広い空間に出る。

 直径30mほどの半円状の空間に、所狭しとモニターが並んでいた。端末が幾つもあり、それぞれにオペレーターがついて、どこかしらとやりとりをしていた。


 急に現近代を通り越して未来的になった空間にポカンとしていると、ラファエルを見つけた一人が声を掛けてきた。


「ラファエル様!? 随分早いお戻りで。まだ迎えも到着していなかったと思うのですが」

 坊主頭、筋骨隆々の青年が怪訝そうに言うと、ラファエルは苦笑しながらこちらに視線を向ける。

 俺は気軽に「どうも」と言って答えるが、坊主頭の青年は驚愕に目を見開いている。


「ら、ラファエル様。こちらは、もしかして」

「キョウヤだ。貴重な情報提供があってな。確認の為にも同道して貰った」

「ちょ、大丈夫、なんですか?」

 何やら物凄く怯えられている。何? そんな感じの扱いなの? 傷ついちゃうなー。こんな人畜無害な中年を捕まえて。


「心配するな。キョウヤは至って理性的なナイスガイだ。家族に手を出さない限りにおいては、な」

「多少手を出されても、比較的穏便にすませてるだろ」

「次はないんだろ?」

「そうともいう」

 はっはっは、と笑ってごまかす。次は無いし、させるつもりもないが。


「まあ、ミトラ教はその点において信用しているよ。それでニャクイクスの事なんだが」

「ニャクイクス、ですか? 近頃交流はありませんが」

「ここ一か月で向こうに変事が無かったか。何か連絡は無いか?」

 青年がアフリカ方面の担当者に声を掛ける。


 呼ばれてきたのは牛乳瓶底眼鏡に赤毛をおさげにした文学少女っぽい子だった。


「え、ええ、っと、ここ一か月特に変わったことは無いです。アフリカ担当の調査員が先々週向こうの内通者と接触してますけど、特段情報は。あ、ただ、一月前からお客さんが滞在しているという話がありました」

「詳細はわかるか?」


「あまり詳しくは。何処の誰かという情報は無いです。ニャクイクスの最高司祭が持て成しているらしいのですが、姿形はおろか名前も分かっていません。ただ、それで何か動向に変化というのは」

「ミゼオのダンジョンが氾濫したことについては何か情報は?」


「ええと、低級のダンジョンが氾濫したという情報は入っていますね。ただ、脅威度は低いとしてニャクイクスとしても放置していると」

「妙だな」

 ラファエルがそのことに引っかかりを覚えるようだ。


「例え低級と言えど、氾濫まで放置する理由がない」

 教義的にも人間に攻略できる程度のダンジョンには用はなく、むしろ害悪であるという捉え方をするので、ダンジョンがあれば全力で駆逐するという。


 それが認知されながら放置したということは、攻略することを敢えて避けたという事でもある。


 何故か?

 畏れ多かったから、という推測は立つ。


 俺がゼミオのダンジョンに入った時点で400人以上が登録されていた。

 スライムが街中で何処に向かうでもなくぴょんぴょん跳ねていたことからも、登録された探索者は既に絶命していると見ていい。


 攻略に挑んで失敗して、力の差を思い知った上で確信する。

 ニャクイクスが従うべき神が降臨したと。


 とはいえ、表に出てこない理由は良く分からない。神は何を企んでいるのやら。


「分かった。裏付けが充分とは言えないが、後はミトラス様に直接訪ねる。我らでは意思疎通は難しいが、キョウヤがいれば会話できるはずだ」

「は?」


 何か、言いやがりましたよ、このマッチョ。


「生きてるのか?」

「言わなかったか? ジブリールはミトラ教で二番目に長寿だと。一番目は、ミトラス様だ」


「聞いてねー」

 そんな生きた化石みたいな年齢の奴に会えるとは。当人が生きてるならジブリールが言っていた黙示録云々はなんだったんだよ。伝承も何も本人に聞きゃいいだろ。何? 基本的に没交渉? ああ、そりゃ神だものな。


 そんな神と対面できることに、年甲斐も無く少しだけワクワクする。この楽園のセンスが気に入ったからというのもあるが。


 ラファエルは指令所のような部屋を通り抜け、更に奥へと進んでいくのだった。




 ◇◇◇◆◆◆




 そこは真っ白な部屋だった。

 装飾も調度も無い殺風景な、ただ白いだけの部屋。

 存在を主張しているのは出入りの為の木製のドアと、部屋の中央に生えた一本の木。


 それを木と表現するのが適切なのかは分からない。

 木自体も白く、ところどころひび割れたような表皮の凹凸が陰影を作り出して、辛うじて色というものを主張している。


 違和感と言えばその木の中央。

 男が幹から上半身だけ出している。


 見れば木と男の境界は不気味に溶け合い、融合していることが分かる。


「ミトラス様。キョウヤをお連れしました」

 ラファエルの言葉に反応し、男がゆっくりと目を開ける。

 男も木と同様に肌も髪も真っ白だったが、唯一瞳だけは赤く色づいていた。


「ご苦労、ラファエル。そして、ようこそ今代の預言者、キョウヤ=イテノよ」

 渋い声。表情は無いが、少なくとも敵意は感じない。


 ステータス。


 名前  Mithras(みとらす)

 レベル 7,250

 ロール 太陽神

 スキル 唯我(Lv.9) 独尊(Lv.9)

 称号  希望の灯


 唯我 …… 自己の意識を拡大し、その領域内のすべてを支配する。(半径Lv×100m)

 独尊 …… 目的達成まで果てることが無い。


 希望の灯 …… 最後に残ったもの。


 やはり上限突破している。だが、スキルも称号もシンプルだ。今ひとつ抽象的で良く分からないが。


「はじめまして。今代の、って言い方からすると今まで何人かいたのかな?」

「人類では其方が唯一無二であろう。そういうものだ」

「貴方も?」

「遥か昔の話だがな。失敗した先達といったところだ」


 称号の解説。最後に残ったもの。それはつまり、そう言う事か。

 ヨグ=ソトースが語っていた、嘗て亡びた種族の一人という事だろう。

 直近でも6,300万年前の話だったと思うが、一体何歳なんだろう。


「聞きたいのは受肉した神の話であろう」

「話が早くて助かる」

「受肉したのはNyame(ニャメ)という神の一柱とその眷属の亜神が四柱。ニャクイクスを傀儡とし、人類を虐めて滅ぼす目論見だな」


 聞いたことのない神の名前だな。ニャと入ってるとなにかどこぞの創作神話のトリックスター絡みの想像をしてしまうが、全ての神について伝承が存在しているわけでもあるまいし、たまたまだろう。きっと。そもそも俺の神様の知識が大分怪しい。


「動かない理由は?」

「好き勝手するために、邪魔になりそうなダンジョンの攻略を待っている。ニャメは人類で遊びたがっているようだ。亡びてはつまらないので、攻略できそうならそれを待つつもりらしい」

「じゃあ、ニューヨークのダンジョンは攻略しない方がいいか?」


「多少の時間は引き延ばせようが、どの道残り50日で攻略せねば人類が亡びる」

「それもそうだが。しかし、ここからどうやってそんな情報を?」

「我が根は世界中に広がっている。地上で隠し事など出来ようはずもない」

 究極のネットワーク持ちだった。さすが神。スキル無しでそんな芸当をこなすとは。


「遊ぶって、具体的にはどうするつもりなんだ?」

「さて。頭の中身までは分からないが、嗜虐的な性格らしいから過程はともかく結果は凄惨なものになるだろう」

 厄介な話である。せめて神として君臨するのが目的であれば交渉の余地もあったが、神という名の悪魔というならば対立は必至だ。


「戦うつもりか? 止めておけ。人の身では敵わぬ」

「貴方なら勝てるのか?」

「この場に訪れるのであれば、或いは拮抗する事は可能かもしれん。しかし、それは向こうも恐らく分かっているだろう。前回も、前々回も神の降臨はあったが、こちらへ干渉しようとはしなかった」

 恐らくは唯我のスキルを持ってるせいだろう。


 全てを支配するの【全て】が何処までなのか分からないが、無限収納の【無限】と同じ程度には法外だと思われる。つまり、ミトラスは領域内であれば無敵なのだろう。


 如何せん、領域が狭すぎて自己防衛以上のことができそうもないが。いや、そうでもないのか? なにか先程不穏なワードがあったし。


「家族を匿うというならば受け入れよう。其方の所有するダンジョンでも同じ真似は出来るかもしれんが」

「考えておきます」

 リミットはニューヨークのダンジョンを攻略するまで、か。保証は無いから、保険は打っておいた方がいいかもしれないな。


 さてどうしようかと考えていると、ミトラスの表情が変わる。


「これはこれは。今代の神は血の気が多いのか、それともアホなのか」

 不快感を隠そうともしない声色。

 言葉の意味を理解するよりも早く、景色が変わる。


 白一色の部屋にいたはずが、いきなり閑散とした山の上に移動していた。


「うぉお、転移?」

 唯我のスキルか。楽園の上を覆っている山脈の上に一瞬で転移している。そして、戸惑う俺とラファエルを他所に、ミトラスは真っ直ぐに上空を見つめていた。


 心眼の感知範囲ギリギリ外に、異形の存在があった。

 銀色の髪。青い肌。濃紺の尻尾。裂けた口の中に並ぶ鋭い牙。


 名前  ユルグ

 レベル 6,170

 スキル 簒奪(Lv.9)

 称号  荒野の主


 簒奪 …… 倒した相手のスキルをLv×10%の確率で一つ取得する。


 荒野の主 …… そこには何もない。

 

 レベルからすると眷属の亜神か。スキルも物騒だが、他に無いところを見るとまだ積極的に活動していないのか。


「こんなところに引き籠って、まぁだ生きてやがったか。ミトラス」

「ユルグ。そうか。彼のダンジョンはお前を封印したものであったか」

 何やら知り合いっぽい。亜神どうしのコミュニケーションの場でもあるのだろうか? 仲がよさそうには見えないが。


「今度こそお前をぶち殺して、てめぇのクソダンジョンを俺様が貰ってやるよ!」

「神の後ろ盾を得て、強くなったつもりか? 相変わらず愚かしい」

「言ってろ、クソがぁ!!」

 叫ぶと同時に巨大な稲妻が無数に降り注ぐ。まるで天罰みたいだが、そんなスキル持ってなかっただろ!


 つまりはこれはスキルでも何でもなく、亜神として従来備えている能力と言う事か。

 神とは、後付けの能力など必要なく、素で超常的な能力を有しているものだとでも?

 非常識存在め。


 ダンジョン内ならば兎も角、外でこいつらとやりあえる気がしない。


「児戯だな」

 そんな天を轟かせるユルグの攻撃も微風程度にしか感じていないのか、ミトラスは小揺るぎもしない。


 体の大部分である白い木の枝が放射状に広がり、ユルグを囲い込む。


「しゃらくせぇ!」

 枝の囲いを振りほどき、真っ直ぐミトラスに向けて突っ込んでくるユルグ。

 しかし、それが悪手だった。


 そもそも、唯我のスキルを持つミトラスにその領域圏内で戦おうという発想が無謀だ。

 超遠方からの狙撃とかでなければ無理ではないだろうか。

 いや、俺の考えが当たっていればそもそも地上に近付く事自体が良くない。


『我が根は世界中に広がっている』


 ミトラスは確かにそう言っていた。

 その根というのが本人の判定になるのだとすれば、少なくとも地上900m圏内はミトラスの領域である。


 水深の深い沖合の海上か、上空くらいしか逃げ場がない。


「がっ!」

 ユルグの動きが停止する。特に何かしたようにも見えないが、何でもできる領域内だ。

 ただ止まれと考えただけかもしれない。


「再び封印の地に戻るがいい。その間に少しは思慮を覚えるのだな」

 ミトラスの枝がグルグルとユルグを包み込み、どんどんと圧縮され、やがてバレーボール大の玉となって地に落ちた。


 玉は溶けるように地面に消える。

 何をしたかは良く分からないが、ともかくあっさりと撃退してみせたらしい。


「おおー、さすが神様」

 ぱちぱちと拍手。


「他の亜神もこのくらい短絡で無計画であれば楽なのだがな。ユルグは捨てゴマであろうが、この分では他のダンジョンにもちょっかいを掛ける気か、ニャメの奴」

「他の?」


「ニャクイクスの蟻塚は当然抑えられているだろうが、星道会のシャンバラや他にも亜神を生み出しうるダンジョンを押さえて、万に一つの反抗手段を削ぐつもりであろう」

 亜神を生み出しうるダンジョン。


「今代生まれたものとしては、ニューヨークと、其方の家のダンジョンだな」

 その言葉を聞くと同時に、俺は自宅へと転移したのだった。



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