第48話 風光明媚




 クリミア半島南部の山脈地帯。

 カルスト地形の広がる高原にミトラ教本部はあるらしい。


 クリミア半島自体は地政学的に要衝とされ、歴史上幾度となく戦火に晒されてきた地域であり、現在も絶賛戦争中であるが、本部があるのは同地域でも人がいない上にアクセスも容易ではない場所の為、直接的な戦火に晒されてはいない。


 古くはドイツ軍がロシアに進行する際のデポ――物資の集積所――として利用したた事もあるらしいが、何せアクセスが悪いので軍事的な利用価値も大きくない。特に現在は最前線から離れているので、わざわざこの場所に戦力を配置する意味も無い。


 平時であれば雄大な自然を目当てに観光客が訪れるが、戦時中に呑気な観光客などいるわけも無く、そもそも有事に入り込むのは困難な地域である。


 ミトラ教は各国に伝手があるらしくどうにでもなるとのことだが、面倒事を避けるために今回は大体の場所を聞いてラファエルと一緒に転移してきた、というわけである。


 付き添ってる理由としては、一度ミトラ教の本部を見てみたいという好奇心と、ニャクイクスや神の受肉についてもう少し詳しい情報が得られないか期待してのことである。


 高原なので11月ともなると天気によっては雪がチラつく可能性もあったが、幸い本日は晴れているし積雪も無い。ただし、日中だというのに気温は一桁だし、風があるので体感温度はマイナスではあるが。


「もっと厚着してくればよかったな。ラファエル、本部はどっちだ?」

「ここからならそう遠くはない。あちらに二時間ほど歩けば着くだろう」

 ラファエルが方向を示す。

 しかし、寒い中二時間も歩きたくはない。


「あっちだな」

 ラファエルの腕を掴むと、目測で転移。


「キョウヤ。せめて一言言ってくれ」

 突然転移して、驚いた様子も無いが苦言を呈すラファエル。

「悪い悪い。で、次はどっちだ?」

 ラファエルの指示に従い、それから三度転移を繰り返す。


 大分山脈の麓に近付いて来た。


「ここからは流石に転移は無理だな。歩くぞ」

 樹木も点在しており、見通しが悪い。確かに目測で転移するには不向きな場所だ。だが、山の影に入ったからか風が弱まったので体感温度は幾分マシになっている。


「しかし、こんな不毛ともいっていい土地でよく生きていけるな」

 近くの街まで徒歩だと丸一日は掛かる。直線距離で行けば南側の山脈を越えて黒海側に出れば近いが、勾配がきついので物資の搬入を考えると北側に抜ける事になる。


 この辺りは道路も整備されている様子も無いし、一体どうやって生活しているのだろうか。


「必要なもの全てはダンジョンから得られるからな。外部から調達の必要が出てきたのも最近になってからだし、そう大量に必要なものもない」

 つまりは少なくとも近代以降の文明レベルを維持できるだけの資源がダンジョンから得られるという事か。500歳の最近が何年前からなのかは分からないが。


 十分ほど歩いた先で、ぽっかりと洞穴が口を開けていた。

 入口からでも分かるほど立派な鍾乳石がシャンデリアのように垂れ下がり、そこだけ見れば地獄の入口の様でもある。


「この先だ」

 特に柵も何もない。カルスト地形なので、こんな洞穴はそれこそ無数にあるだろうが、世界の裏で暗躍してきた組織の入口としてはなんだかこう、あまりにも自然物過ぎる。


「こちらは非常口のようなものでな。本来の出入口は黒海側にある」

 こちらの疑問に気付いたのか、ラファエルが答えた。


「無警戒のようだが、周辺に低レベルの者の認識を阻害する魔道具が設置されている。キョウヤには意味がないだろうが、無警戒なわけじゃないさ」

「なるほど」

「私がいるから大丈夫だが、他にも部外者が入り込んだら作動するトラップも……」


 洞穴に入ってすぐ、ラファエルの言葉が途切れる。

 今まさに話そうとしていたトラップが発動し、檻のようなものに囚われている者がいた。


「お前は……」

「ああ、ラファエル様! こんなところでお会いできるなんて、今日は何て幸運な日なのでしょう!」

 黒髪ロングに白いワンピースというこの肌寒い環境に不釣り合いな恰好の美女。


「知り合い?」

「知り合いというか……」

「おや、そちらも何処かで見覚えが。ああ、確か日本で高レベルに至ったとかいう」

 何やらこちらの面も割れているようだ。


 まあ、鑑定すれば分かるかな?



 名前  巽(しゅいん)

 レベル 10【100】

 ロール モブ【第4皇女】

 スキル なし【狂愛(Lv.9) 偽装(Lv.5) 透過(Lv.5)】

 称号  なし【人間殺し】


 狂愛 …… 特定の人物に対しての影響がLv×40%増加。フレンドリーファイアする。

 透過 …… Lv×1mまでの構造物を通り抜けることが出来る。


 わぁーお。

 星道会の関係者か。それにしても第4皇女って、世界のどこかに第2、第3の皇女や皇帝、女帝がいたりするのだろうか。まぁ、どうでも良い事だが。


 それにしても星道会の関係者は漏れなく偽装のスキルを所持しているな。

 特定のスキルを取得する方法がきっとあるんだろう。


 ミトラ教はスキル無しでも偽装をしているので、そういうアイテムもあるのかもしれないが。


「星道会関係者? スパイとか?」

「どちらかというと、ストーカーだな」

 うっとりとラファエルを見つめる黒髪美人。確かに表情を見る限り大分お熱のようである。


「大変だな、ラファエルも」

 兌といい、星道会は変態を育てる素地でもあるのだろうか。


「あなた、随分ラファエル様と親しげだけれど、まさかステディな関係?」

 殺意すら滲ませた言葉に、二人で顔を歪ませる。


「やめてくれ。最大限親しく表現しても友人だろう」

「シュイン。冗談でもそんなことを言わないでもらおう」

 実年齢はともかく、ラファエルも見た目は良いおっさんである。おっさんずラブはお呼びではないのだ。

 女子の中に一定数そういうものを愛好している人種がいるのは知っているが、異性の前でそういうのを出さないで欲しい。


「あら、そうなの。ふふふ、私ったら早とちり。でも、小汚いおっさんに寝取られるのもそれはそれで、はぅうう」

 なにやら勝手に妄想を捗らせてフルフルと震えている。


 相手にしてられんな。


「ラファエル、この檻ってスキル無効の効果があるのか?」

「ああ、ここから侵入出来るとすれば大抵スキル持ちの探索者だからな。当然対策してある」

「道理で」


 透過のスキルがあるのにその場に留まっているのはそのためか。とはいえ、その気になれば出れそうな気がしないでもない。スキルLv.5ということは、5m厚までなら抜けられるんだろう? 柵自体は透過出来なくても、柵と地面の境界を多少大回りすれば抜けられそうだが。


「その効果って、檻の中全体に?」

「ああ」

 厳密な範囲が分からない以上、分身体の今近付くと消えちゃいそうだな。

 とはいえ、スキルを行った結果そのものが消えるのか、という疑問が湧いて来る。


「ちょっと一瞬消えるかも。ま、その時は直ぐ戻る」

 場所は記憶しているので入口の前までは転移で一瞬だ。消えて本体に記憶統合したら、分身して戻ればいい。


 特に躊躇も無く、檻に触るが効果が無い。


「消えないな。なんかスキル無効化にする条件とかってある?」

「あるが、キョウヤじゃなければ問題ないだろう」


 ということは、レベル上限があるのか。これからを考えると防備としては不安が残るが、自分の家でもないしまあいいいか。


「じゃあ、先を急ごう」

「ま、待って! もう三日もこのままなの。お腹空いたの。お願い、出してちょうだい?」

 必死に懇願する巽。ラファエルは大きくため息を吐くと。


「後で人をやる。もう少し待っていろ。ただし、お前は歓迎されざる客だということは自覚しろ」

「はい、勿論ですよ」

 にこにこと笑顔になる巽を置いて、むさいおっさん二人は先に進む。


 と言っても10mも進まない内に、奥へと続いているように見えていた洞穴の光景が、瞬時に塗り替えられた。


「うぉお」

 年甲斐も無く思わず声が漏れた。

 年齢も40を超えて人生経験を積み重ねると、大抵のことは経験して何かに感動したり感情を揺れ動かしたりすることは少なくなってくる。


 そんな停滞したおっさんの心にも衝撃を与えるような光景が、目の前にあった。


 巨大な山脈の内部をくり抜いたのだろうか。巨大な空洞の中に街が広がっていた。

 どういう原理か石灰岩をくり抜いた巨大な空間の中には、孔もないのに陽光が差し、気温も外気とは違い暖かい。


 畦道と麦畑が広がり、その中にもぽつりぽつりと民家があった。

 空間の中央には一際威容を放つ教会が見える。あれが街の中心だろう。


 街の中にはそう大きくはないが川も流れている。

 ちらほらと見える人の姿。


 閉鎖的な空間に広がる牧歌的な光景。

 外では大国が小国を虐めるような戦争をしているというのに、ここには平穏しかない。


「ようこそ、我らがミトラ教の本部、楽園(パラダイス)へ」

 芝居がかった言葉を吐きながら、大仰にお辞儀をするラファエル。


「驚いてくれたようで嬉しいよ。どうかな、感想は」

「楽園とは、よくも言ったりだな。これは、ダンジョンの機能を外部まで拡張してるのか?」

「――驚いた。初見でそこまでわかるのか?」

 最近ダンジョンを弄ってばかりである。使いきれないほどの機能があり、その中に確かこんな感じのことが出来そうな機能があったはずだ。


「ミトラスは良い趣味してるな。いいなー、こういう箱庭も」

 正直商業用にしようと思っているダンジョンのコンセプトで悩んでいたのだ。

 先駆者の見本が見られただけでここに来た意義があったと言える。


「気に入ってもらって何よりだ。それでは行こう」

 ラファエルの後に続き、街へ続く階段を降りるのだった。



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