第46話 緊急事態




 11/2。

 ニューヨークのダンジョンは分身1が攻略中。

 何階層あるかわからないが、多分一週間もあれば終わるだろうとのこと。


 少なくとも自宅のダンジョンよりはよほど良心的らしい。ヨグ=ソトースとは別の神様の作品なのだろうか。だとすれば、あの邪神は実際に邪神なのでは? クトゥルフ神話でも最強格の神様だし、ロクなもんじゃなさそう。


 神様たちは人間の位階を上げて、仲間を増やすことを目的にしていると言っていた。ミトラ教も星道会も同じような教義を口にするから、それ自体は間違いはないのかもしれないが、なにやら落とし穴がありそうな予感もする。


 生命としての必然とか宣ってたが、本当にそれだけか? 神々は同朋が増えることで何か得をするのか? 高次元の生命体となって、肉体の死を超越し、恐らくは時間の束縛からも逸脱した者達が、同朋を欲しがる理由とは?


「ラグナロクでも起こすつもりかね?」

 神々の最終戦争。その戦力を欲している、とか?


 まさか単に寂しいからってだけじゃないだろうしな。

 それだったら平和なんだけども。


「わかるのも1000万年後だったか?」

 俺の寿命は無くなったという事だろうか。そもそもHPも再生力もヤバい事になってるので、死ぬ未来が見えないが。1000万年経ったら何かあるのだろうか? まあ、永遠にも等しい先のことなどどうでもいいか。


 聞けば答えてくれるのかもしれないが、裏の取りようのない情報をいくら聞かせられたところで信用には値しない。ふーん、といって終わりである。頭を悩ませるだけ馬鹿らしい。


 どの道、人類が絶滅を回避する手段など他にないのだから、今は邁進するのみであろう。途中で別の方法を思いついたら軌道修正すれば良いだけだ。


 さて、それではアフリカの方の調査に分身2を派遣しますか。


 本体はその間、自宅警備員である。

 四十代で主夫という名のニートを絶賛満喫中。




 ◇◇◇◆◆◆




 中央アフリカ共和国とコンゴ民主共和国の国境沿いにその街はあった。

 紛争の絶えない地域の小さな町。

 赤茶けた大地に、木々が点在している。農業をするにも、牧畜をするにもあまり向いてなさそうな痩せた土地。


 繰り返す紛争で産業が根付く暇も無く、人々は日々の暮らしに精一杯。

 特にこの街が特別というわけでも無く、アフリカでは割とよくある事だろう。


 遡れば何処かの列強が悪かっただのと言う話になるのかもしれないが、最早争っている当人達にとってはどうでもいい話なのかもしれない。悲劇が悲劇を呼び、貧困が未来を閉ざし、争い奪う以外の生きる選択肢が無い。


 憐れみを抱くことが適切ではないかもしれないが、環境のせいで桃や李空と同じ年頃の子供が殺したり殺されたりする世界だ。漠然となくなればいいのにな、とは思うが止める手立てに心当たりはない。


 今はダンジョンの調査である。


 棗が検索した場所にピンポイントで転移してきた。

 確かにダンジョンの入口はあって、氾濫したと思しき敵性体もいた。いたが、どうにも妙である。


 まず、住人がいない。

 ダンジョンの入口があった建物だけでなく、街全体がゴーストタウンと化している。世情には詳しくないが、紛争でもあって住人総出で疎開でもしたのだろうか。


 街の中に残っている敵性体はスライムで、鑑定してみればレベルは1。とてもではないが、赤ん坊以外は殺せそうにも無い。


 平均レベルは488だったので、まさかこいつらだけというわけもなく、高レベルの敵性体はどこかに行ってしまったという事か。氾濫時にさっぱりと住人をジェノサイドしていったのかもしれない。しかし、そういう残虐性があるというのならば、とっくにアフリカ中で混乱を振りまいてそうなものなのだが、ニュースをチェックしてもどこにもそんな情報はない。


 高レベルの敵性体はいるはずなのに、被害が無い?

 意味が分からないが。


「んー、引き籠りで氾濫の条件が揃ってもダンジョン内にいる、とか?」

 引き籠る理由は良く分からないが、それくらいしか思いつかない。


 まあ、入ってみるか。

 氾濫後のダンジョンは基本的に、敵性体の排出装置と化すらしい。ダンジョン外に敵性体を排出すると、一定時間経過後にリポップし、また敵性体を排出するというサイクルを繰り返す。ボスモンスターは例外らしいが。


 自宅のダンジョンが氾濫していれば、ほぼ無限にあのくっさいゾンビが排出され続ける事になっただろう。考えるのもいやな話である。


 氾濫を停止させるには、氾濫したダンジョンを攻略する必要がある。ラスボス以外の敵性体はリポップ後に外に出ていくので、中にはリポップ直後の敵性体と、ラスボスしかいない筈である。


 自宅のダンジョンであれば黒竜がラスボスに該当していたはずだ。階層ボスは出払った上でリポップはしない。そういう意味では氾濫後の方が相対的に攻略はしやすい。


 無限収納に入れば話は早いのだが、氾濫中は内部の敵性体が生物とカウントされるのか収納出来ない仕様になっている。氾濫前でも探索者が内部にいる状態だと収納は出来ない。


 例外的に棗は無限収納に入れることが出来るが、理由は不明だ。元々ダンジョンの備品という位置付けだからなのか、不老不死の時点で生命体の定義から外れたのかどちらかだろうと推測はしている。


 いずれにせよ、氾濫後のダンジョンが収納できないという仕様はどうにかして欲しかったと切に思う。


 どうせその方が面白いとかいう、頭にウジの湧いた神々の考えだろう。

 面倒くさい。


 ダンジョンに入ると、いきなり広い空間に出る。

 時間帯は夜。

 おどろおどろしい雰囲気の森で、小雨が振って、時折雷鳴が響く。


『ようこそ、上級者用ダンジョンへ! あなたは438人目の登録者です。それでは、よきダンジョンライフを!』

 唐突に脳内アナウンスが響く。上級者用? まあ、平均レベルもチュートリアルダンジョンより高いみたいだけど、それにしても上級か。かなりヤバいのがいるかもしれない。


 木々の間から、遠くに何やら建造物があるのが見えるので、そちらが目的地か。


「さて、鬼が出るか邪が出るか」

 ぴょこぴょことスライムが出口に向かって時折跳ねていく。


 あんな低レベルの敵性体がいた上で平均レベルが488だとすれば、ボスはかなりレベルが高いかもしれない。単純にスライムと同じ数の高レベル敵性体がいるならレベルはほぼカンストだという事になるし。


 今までのダンジョンは雑魚、ボス含めてそんなにレベルにばらつきは無かったのであまり気にしてなかったが、平均で調べたのは間違いだったろうか。あとで棗にもう一回調べて貰おう。求めるべきは最高値で、実際あまり平均値に意味は無い事だし。


「で、お城か」

 西洋風の大きなお城。

 城門は空いていて、ウェルカムになっている。


 中に入っても特に何もいない。ちらほらとレベル1のスライムに出くわす。

 入ってすぐに広めのフロアになっていて、見た感じボスフロアっぽい。しかし、当然の如くボスはいない。


 左右に通路があって、どちらに行ったものか。考えるだけ無駄か。

 適当に右を選んで通路を歩く。

 時折スライムとすれ違いながら、たまにある部屋を覗いてみると、色々な調度品が揃っていて、なんだか実際のお城みたい。もっとも実際のお城は日本式のもの以外入ったことは無いので雰囲気だけで言ってるが。


 絨毯が敷かれた床や、柱の彫刻、壁の絵画、無駄に意匠を凝らした装飾が随所にあり、こういうのも神々がダンジョンを設計する際に自分で考えているのだろうか、とふと疑問が過る。


 実際の神様は知らないが、芸術の神とか美の神だとか、神話に登場する神々の中には得意分野があったりもするので、ダンジョンの個性の違いはそういう部分からなのかもしれない。


「まさか、上級者って芸術を理解する上での上級とかそういう意味だったりしてな」

 文化人としての上級だったり? まあ、神様の考えなどわからないから、例えそうであっても驚くには値しないが。


 適当にみつけた階段を上がり、その後も城の探索を続けた。謁見の間っぽい玉座のある広い部屋だとか、歌劇を行うようなホールだとか、内向きに作られた庭園だとか、ボスが良そうな場所を幾つか通り抜けて、最終的に最上階と思しき場所に、動かない敵性体がいた。


 真っ黒いスライム。こいつがラスボスだろうか?



 名前  デビルスライム

 レベル 1

 スキル 溶解(Lv.9) 分解(Lv.9) 吸収(Lv.9)

 称号  全てを食らうもの


 溶解 …… 基礎攻撃力×(1+Lv×1%)/sのダメージ。

 分解 …… 溶解のダメージがLv×20%増加。

 吸収 …… 溶解で与えたダメージ×Lv×10%のHPを回復。


 全てを喰らうもの …… 溶解の攻撃判定の度にレベルが上昇。


 うーん。まあ、スライムと舐めて掛かればワンチャン危ないかも? けど、秒間1のペースでレベルが上がったとしても、俺のレベルに追いつくまで14時間近くかかるし。


 初期レベルがもう少し高ければ、一般的な探索者には脅威であろうが。

 レベルはともかく、スキル構成からするとこいつがボス?


 しかしこれまでスライムしか出てきてないし。

 平均レベルの謎が解けない。


 とりあえずさっくり殺して――


 ボスの領域に入った瞬間、デビルスライムから大量の粘液が恐ろしい速度で排出される。

 部屋全てを覆うほどの飛沫。


 なるほど、これを躱すのは困難。

 粘液一滴一滴に攻撃判定が存在するなら、恐ろしい勢いでレベルが上がり、レベルが上がるとHPと攻撃力が指数関数的に高くなるという、そんな感じだろうが。


「雷霆」

 一発も喰らう前に先制の一撃を加えられれば何の意味も無し。


 とはいえ、恐ろしい事にデビルスライムは雷霆を躱そうと死ぬ寸前に動いたように見えた。

 全方位からの無慈悲な攻撃をしながら自分は逃げ回る青龍タイプの厄介なボスか。

 まあ、今回は相手が悪かったな。


 撃破したことで粘液も消滅する。よかった、粘液まみれのおっさんという酷い絵面が展開されなくて。

 今までもっと無様な姿を晒してきたことは棚に上げて、一人胸を撫でおろす。


 撃破後にスライム特有のなぞの黒い石のドロップがあり、同時に部屋の中央にポータルのようなものが現れる。


 このダンジョンのコアだろう。

 触れると攻略完了の脳内アナウンスが響く。


『上級者用ダンジョンの初攻略を確認しました。特典として当該ダンジョンの管理権限と、ウルトラレアスキルを進呈します。更なるご活躍をお祈りします』


 さすが上級者用ダンジョン。ウルトラレアスキルときたか。チュートリアルダンジョンはレアスキル一個だった。あんなクソダンジョンをクリアさせてレア一個かと憤ったものだが。……ってスライム一匹倒しただけなんだが?


 やはり妙だ。

 前情報や後情報と実際の難易度が釣り合っていない。

 せめてデビルスライムがレベルカンスト且つ上限突破持ちであれば釣り合わなくも無いが。


 不審に思いながら、ダンジョンコアでダンジョンの構成などを確認する。

 そして、今更ながらに上級者用という意味を悟るのだった。




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