第45話 三面六臂
国外出張は分身に任せる。
本体は基本的に家から出るつもりがない。
つもりが無いというか、忙しくて出てる暇も無いというか。
勝手に忙しくしているだけで、別に誰に頼まれたというわけではない。
ただ、折角ダンジョンが私物化出来たので、色々と内部を弄っている最中なのだ。
そのままの状態で置いておくと、間違って誰かが入ったときに要らぬトラウマを植え付ける可能性があるから、というのも大きい。
チュートリアルダンジョンと言いつつ、全くチュートリアルしていないこのダンジョンを、本来の目的通りに作り変える作業をしている所である。後々は国内で一番のダンジョンとして権益を確保して、がっぽがっぽと不労所得を稼ごうという腹である。
長期的に考えると、人類は上位の生命体に進化する必要がある。
別に俺が望んでいるわけではなく、手を出せない高次元にダンジョンを作った奴がいて、そいつがそう指向している以上、その流れは変わらないだろう。
慈悲とかそういうのはあまり期待できない。人が紙に書いた絵を破くとき、絵の出来が良ければ勿体ないな、くらい思うかもしれないが、ただの失敗作だったらなんとも思わないだろう。敢えて言えばスッキリする可能性はある。
あいつらが俺達に抱く感情など多分そんなものだ。
腹は立つが、止める手立ては無い。唯一あるとすれば同じステージまで到達することくらいか。
そのためにも、やはりダンジョンで魂の修行とやらは必須である。
思うに、星道会とかミトラ教の根拠地となっている場所にも、今の俺と同じように考えた奴が手を入れたダンジョンがあるのだろう。
しかし、それでもレベル100くらいを排出するのが精々。
機会があればどんな構成なのか聞くべきだろうか。ああ、棗に検索してもらえばいいか。一々行くのも面倒だし、聞いたところで正直に教えてくれるとも限らないし。
最終的に神々が望んでいるのは、レベル10,000オーバーの人材供給ということになる。
上限突破のスキルを取得するのが最低条件。まあ、人類全体がそうならずとも、定期的に供給できる下地を作り上げることができれば満足してくれるのではないか、と考えている。してくれればいいなぁ。
今まで億年単位でトライアンドエラーを繰り返してきたという気の長い連中だし、百年に一人でも排出できれば人類の存続にも目は瞑ってくれるだろう。
今は俺という存在がいるので、多分一世紀くらいは大目に見てくれると信じている。
後は、近隣に未攻略の凶悪なダンジョンが無いかチェックが必要か。
あれば、ミトラ教がなにか言ってくると思うんだけど。ラファエルがダンジョンの発生時期と場所がわかる道具があるとか言ってたし。
ああ、でも場所はわかってもそのダンジョンの難易度は事前に分からないのか。分かってたらニューヨークのダンジョンにしろ、ここにしろ、もう少し事前に手を考えていただろうし。
棗でそれも検索できるかな?
でも、ふるいわけが大変だな。ダンジョンの平均レベルとかでマスクかけられたりするんだろうか。
「なぁ、棗。現在世界中にあるダンジョンで、敵性体の平均レベルが80以上で未攻略なダンジョン検索できるか?」
「ふぇ? ア、ハイ」
ダンジョンコアをいじくり倒してる俺の横で呑気にアイスを食べていた棗が間抜けな声を上げた後応じた。
「エーと、ニューヨーク、ヘイキンレベル385、カラコル、ヘイキンレベル122、マナウス、ヘイキンレベル149、ゼミオ、ヘイキンレベル488」
全然わからん。ニューヨークはいいとして、マナウスはブラジルだっけ? カラコルとゼミオってどこだよ。
「それぞれ国名で教えてくれるか?」
「ハイ、アメリカガッシュウコク、メキシコガッシュウコク、ブラジルレンポウキョウワコク、チュウオウアフリカキョウワコク、デス」
北米、中米、南米、アフリカ。よくもまあばらけてくれる。あれ、メキシコって北米? 中米? まあ今はどうでもいいや。
「それぞれの氾濫迄の期限は?」
「53、48、2、0ニチデス」
「は? 0って、氾濫してるってこと?」
「ハイ。28ニチマエにハンランズミでス」
平均レベル488のダンジョンが一か月近く前に氾濫してる?
待て待て。ならば何故まだ情報が伝わってない。
中央アフリカって言ったか? ちょっと、これは先になんとかしないとまずそうですよ。
◇◇◇◆◆◆
氾濫が起きている中央アフリカも気になるが、残り二日のブラジルも放ってはおけない。メキシコはレベル帯的にぎりぎりミトラ教が何とかできる気もするので、一旦任せるべきか?
既に攻略に望んでいるのを横合いから掻っ攫う形になってもあれなので、状況を確認することにする。
電話でも良いのだが、話をするなら顔を合わせた方がやり易い。
という事で、転移でニューヨークに飛んだ。
セントラルパークの森の中。人目が無いところに飛んだあと、何食わぬ顔で歩道に出る。何気に米国に来たのは初めてだなーと、きょろきょろと見回すが時刻は深夜1時。人通りはそれほどでもないが、全くいないということも無い。さすが都市の中心部だけある。
それにしても時差の事あんまり考えてなかったな。うっかりうっかり。
こんな時間に訪ねてきたんじゃ迷惑か。一旦帰ろうかなと思いつつ、取り敢えずダンジョンの位置くらい確認するかと公園内を歩く。
少しばかり歩くと、小さな城が見えてくる。
その前に警備員と共に、見慣れた美女がいた。こんな時間にいるとは仕事熱心なのかなんなのか。
まあ、分身が攻略中のはずなので、出てくるのを待ってるのかもしれないが、一日二日ではさすがに終わらないと思うぞ。
「……え?」
ミシェルがこちらを見てぎょっとしている。まあ、それはそうだろう。中を探索しているはずなのに、何時の間にか外にいるのだ。
「ミスター、凍野? え、え、ちょ、どういう……」
分かりやすく狼狽している。
「驚かせてしまって申し訳ない、ちゃんとダンジョンは攻略中なのでご安心を」
潜り初めてダンジョン内時間で六時間ほど。割とサクサク進んで現在3層攻略中らしい。小賢しいギミックについては経験豊富なラファエルとジブリールとかいう幼女に聞いているため、すんなり進めるとのこと。
「……訳が分からないけど、本人で間違い無いようね」
「こんな時間にすみません。時差を失念してまして、誰もいなかったら一旦帰ろうかと思ってたんですが」
「緊急の要件ですか?」
「出来るだけ早い方が好ましい、と言ったところですかね」
先程棗に検索して貰った情報を掻い摘んで話す。未確認だけどと一応付け加えた。
「……カラコルとマナウスのダンジョンは把握してますが、アフリカは初耳です。そもそも、アフリカは東アジア同様に別組織の管轄でおいそれと手出しが出来ないので、ダンジョンが発生したのは把握してますが、攻略状況までは」
「星道会みたいなのが他にもあるんですね。それで、伺いたかったのはマナウスのダンジョンを攻略して何処かに差し障りが出ますか? 期限も無いですが既に攻略の目途が立っているとかであれば手出しは控えようと思いまして」
ミシェルは首を振る。
「……いえ。期限内での攻略は不可能とみて、ミトラ教は放棄したダンジョンです。攻略して頂けるというのでしたら、是非」
「どこからも苦情は?」
「来ないでしょう。ブラジル政府に情報は渡していますから、既に避難が始まっている可能性もあるので、現地は混乱しているかもしれませんが」
「それは幸いですね。じゃあ、さくっと片づけて来ますか。カラコルはどうします?」
「そちらは恐らくミトラ教で対処可能です」
「了解です。アフリカのは手を出すとまずい感じですか?」
「星道会ほど強硬派ではないですが、単純に強いです。勿論、ミスター凍野の足元にも及ばないとは思いますが」
「氾濫が表立ってないのはその組織が頑張ってるから?」
「いえ、平均400台の敵性体が暴れているとすれば、とても抗しきれるとは思えないのですが」
そうなのだ。今頃アフリカ全土が壊滅していてもおかしくはない。
何かしら、トリックがあるのだろうか。
「一度現地調査は必要かな。まあ、なるたけ穏当に事を進めるように頑張ります」
また変な組織に付け狙われるのは御免だからな。
「では、私は一旦ブラジル寄って今日は帰りますので。中の私に宜しく」
まあ、事が終わったらさっさと帰るとは思うが、夕飯の支度をそろそろしなければならないのだ。
唖然としているミシェルを置いて、マナウスに転移。攻略が面倒なのでダンジョン丸ごと無限収納に入れて帰宅したのだった。
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