第44話 不承不承




 11/1。

 ダンジョン攻略から2日経った。


 自衛隊にも公的に確認して貰って、我が家のダンジョンは以後安全との日本国政府からのお墨付きを貰う。胸を撫でおろしている関係者は国内で千や二千ではきかないだろう。天沢からは大勲位菊花大綬章ものの功績だと言われたが、それって皇族とか総理大臣が貰う奴ですよね? どれだけ功績上げたからって、一般人がもらうもんじゃない。絶対にやめてくれと言ってある。


 そもそもの話、公的には死んでいるのだ。

 最早生きていることを知っている関係者がそれなりの数いるので、有名無実な部分もあるのだが、会社から業務外の死亡という事で、見舞金貰ってるし、保険会社からは保険金も降りてるのだ。今更金が惜しいわけではないが、詐欺とかで訴えられたら困る。


 倍にして返すから示談にしてくれないかなー、っと思っていると、その辺はなんか超法規的に何とかしてくれるらしい。


 なんだか妙に政府の対応がしおらしい感じである。直接関わってるわけではないのだが、樋口さん経由で伝わってくる情報からはそんな印象を受ける。星道会の乾が何かしたのだろうか? 確かしたとは言ってた気もするが。


「単純にダンジョンについて何かあったときに頼りになるから、他国に出ていかれると困るんじゃないの? 」

 自衛隊のレベルを底上げした結果、対ダンジョンに関しては現在世界最強の戦力を有している日本。国内の処理が終われば海外派遣も視野に入っているとか。


「それにしても時間に追われないって素晴らしいな」

 時間制限付きの上に、何階層まであるかも分からない先行きが分からない状態。暗中模索の中での攻略だったので、これでもかなり心理的圧迫を感じていたのだ。それも今や自由である。


「ぱぱー、なつめがぷるぷるしてるー」

 桃の声。棗(なつめ)とは我が家に新たに加わった家族である。栗花が出産? いやいや、ダンジョンで拾ってきたあの謎生命体の事である。不老不死なのでダンジョンに放置してても死ぬわけではないが、見た目子供くらいなので、それはそれでなんだか良心が痛んだのだ。


 子供達は怖がるかなと思ったが、意外と李空も桃も警戒していない。ぺたぺたとツルツルの肌を触ったり、頭や背中のひだを引っ張ったりしている。


「ちっち? といれいかなきゃだめだよ?」

「ワタシ、トイレしマセン。パパ。カミサマがハヤクしたホウガいいってイッテマス」

 棗経由での伝言。神様は暇なのか、ちょくちょくこうやって伝言を送ってくる。

 多分、また俺の痴態を見てゲラゲラ笑いたいのだ。家でのんびりしているとつまらないに違いない。


「うっせー。パパは今充電中なんだよ。少しは休ませろって言っとけ」

「ワタシからハ、カミサマにハナセマセン」

「ぱぱくちわるい。だめだよ」


「ごめんなさい」

 娘に叱られる父親。素直に謝る。


 しかし神。貴様には謝らんし、言う事を聞いてやる義理も無い。日常的にリアルな神託を受けてる状態だが、預言者はやる気がないのだ。そういえば、預言者ではなく現人神にロールが変化してたな。もはやどうでもいいが。


「午後から樋口さんと打合せなんでしょう? そろそろ準備したら?」

 栗花に言われてソファから起き上がる。確かに早いが、昼飯も作らにゃならんしな。


 今日の昼はラーメンである。

 昨日から仕込んでいたチャーシューの味に期待しながら、準備に取り掛かった。




 ◇◇◇◆◆◆




 樋口さんとの打合せ、と言ってはいるが、正確にはちょっと違う。

 セッティングが樋口さんというだけで、話をする相手は別にいた。


 市内の貸しオフィスの目の前まで転移で飛ぶ。

 原理はよくわからないで使ってるのだが、転移前に周辺情報が頭に思い浮かぶので、周りに人目が無い事は分かった上で飛んでいる。『いしのなかにいる』状態にはならない安心設計である。


 凄い便利だけれど、運動不足になりそうで怖い。しかし、よく考えると再生持ちのせいで、怪我も病気もへっちゃらなので今更どうでもいいのかもしれない。


 病気を発症したとしても一分毎に正常に戻るので、実質的に効果が無いのだ。では、成長もしないのかというとそういう話でもないらしい。より良い状態になった場合は、それが正常と判断されるらしい。


 筋肉痛後の超回復は普通に起きている。ただし一分でそれが起こるために、筋肉痛を感じる暇もない。本来なら一日二日掛けて回復するのが一分毎に起こるので、筋肉の成長が著しい。ダンジョン攻略をはじめてから心なしか体が引き締まった気がする。


 再生が無くともレベルが上がると自然回復力も上がるので、よりハードなトレーニングを継続的に行えるようになる。そのせいで高レベルだと身体能力の向上が著しいらしいとかなんとか。


 棗の検索を使って調べた結果、そんな神託では得られないような知識も詳細に知ることが出来た。だが、棗の言語能力がまだ十分ではないので、検索された結果を正確に伝達できているかはちょっと微妙な所もある。検索はできても棗経由でしか出力できないので仕方ないが。


 閑話休題。


 ここの貸しオフィスは、天沢が後にダンジョン関連の会社を設立するために押さえていた場所だ。星道会の横槍が無ければ、今頃ここで社長となってふんぞり返っていたかもしれない。話そのものは完全に消えたわけではないので、後々本当にそうなっている可能性はある。


 中に入ると、樋口さんとラファエルが待ち構えていた。

 それから、もう一人。


 長いピンクの髪をツインテールにした幼女がいる。ラファエルの娘だろうか? しかし、なんだか物腰が子供っぽくはない。こちらを見て目を見張っているが……。


 名前  Jibril(じぶりーる)

 レベル 9【193】

 ロール モブ【宣告者】

 スキル なし【鑑定(Lv.6) 水術(Lv.6) 回復(Lv.8) 慈恵(Lv.8) 心眼(Lv.4) 時短(Lv.1) 強欲(Lv.1)】

 称号  なし【人間殺し 小鬼殺し 豚鬼殺し 大鬼殺し 古き者 竜殺し】



 水術 …… 水属性魔法が使える。基礎攻撃力×(1+Lv×10%)。

 回復 …… 回復魔法が使える。HPを基礎攻撃力×Lv×1%。

 時短 …… CTをLv×10%短縮する。

 強欲 …… ドロップアイテムがLv×1%の確率で倍になる。


 小鬼殺し …… 小鬼類に対してダメージ50%up。

 豚鬼殺し …… 豚鬼類に対してダメージ50%up。

 大鬼殺し …… 大鬼類に対してダメージ50%up。

 古き者  …… 魂魄強度50%up。

 


 おおぅ。

 レベルが過去いち(自分と敵性体は除く)だし、スキルも称号も多い。

 見た目幼女だが、これは只ものじゃないな。


 そう言えば鑑定持ちも自分以外で初めて見たな。


「お待たせしました」

 取り敢えず、挨拶。

 こちらの視線の意味を理解してか、幼女が大仰にカーテシーを行う。ミトラ教はヨーロッパ発祥らしいし、そちらの礼儀で最上位のもので敬意を現したという事だろうか。


「お初にお目にかかる。ミトラ教四大使徒が一人、ジブリールと申します。以後お見知りおきを」

 幼女の外見からは想像も出来ない完璧な礼と、丁寧な言葉使い。


 やはり見た目通りの歳じゃなさそうだな。

 最近不老不死のスキル持ちを家族に迎えただけに、そう言う事もあるかと勝手に納得する。


 そう言えば最近気が付いたのだが、実はミシェルもラファエルも日本語を話していないらしい。多分ジブリールと言ったこの子も母国語を語っているのだろう。俺には日本語にしか聞こえていないので気付いていなかったのだが、どうやら神託Lv.1の効果は脳内アナウンスが翻訳されるわけではなく、全言語に対する翻訳だったらしい。


 もっと言えば、意思を言語に変換するスキルと言ったところか。

 なので、相手が何の言語を語ろうとも、勝手に翻訳し、またこちらの言葉も相手に翻訳して聞こえるらしく、端から聞いてると異言語で会話が成立している奇妙な状態になるのだとか。棗の言葉がたどたどしく聞こえるのは棗の言語レベルそのものというか、知能レベルの問題である。


 便利なのでよいのだが、唯一弊害があるとすれば今何の言語で喋ってるのか、俺だけは良く分からないという事だ。読唇術をマスターすればその限りではないだろうが、生憎そんな予定はない。


 預言者のロールなのに、言葉が違うからと預言を広げられなかったら意味ない。そういう意味で神託に付加された効果なのだろうと思う。


 閑話休題。


「これはご丁寧にどうも。凍野杏弥です」

 こちらも頭を下げる。幼女に畏まってるようで妙な気分だが。


 それから全員席に着いて、樋口さんがまず口火を切る。


「では、これから非公式にですが米国と日本国のダンジョンに関わる会合を執り行います。私は日本国政府の依頼で立ち会うだけですので、特に発言は致しませんし、この会合での決定について何か意見するものでは無い事を予めお断りしておきます。また、日本国政府も同じ立場であると言付かっております」


 何故一介の自衛官である樋口さんが、という話ではあるのだが、政府内での話し合いの結果だという。日本国政府は俺という存在を戦略的に非常に重要視しているらしい。


 国内のダンジョンの氾濫については一先ず収めることが出来そうだが、一方でこれ以上ダンジョンが発生しないとは誰も考えていない。凍野家に出来たクソダンジョンと同等かそれ以上のダンジョンがまたいつどこに発生するかは分からないのだ。


 結局のところそれは神の気まぐれでしかない。故に、日本国政府は俺に見限られるのを恐れている、らしい。あまり実感はない。所詮、自分の家の問題を片づけただけの事だ。今でも、誰かがどこかで似たようなことをしているのではないかと考えている。


 まあ、気を使って介入を避けてくれるならそれはそれで構わない。面倒が無くて有り難いというものだ。

 樋口さんを使っているのも、多少なりと気心が知れていると政府が判断しているからだろう。今更別の人を派遣して、へそを曲げられても困る、という事だと思う。


「すみませんね、なんか樋口さんには手間ばかり取らせて」

「いえ。これも国防に資することだと私も理解しておりますので」

 国を、国民を守りたいが、第一の樋口さんにとっては業務範囲という事らしい。


「それで、話っていうのは?」

 ラファエルからの呼出。ダンジョン攻略の打ち上げというわけでもないだろう。


「まずは、ダンジョン攻略おめでとう。キョウヤのお陰で世界が救われた。これは大げさな話ではない。ミトラ教の四大使徒が認める功績だ。キョウヤがいなければ人間の世は終わっていたことだろう」

 大げさな、とは思うが。


「ありがとう、と言っておこうか、一応」

「それで、今日来たのは以前アドバイスして貰ったニューヨークのダンジョンについてだ」

「ああ、なんか言った気がするな。その話ってこの場でしても良い奴か?」

 樋口さんを見ながら。一応米国として秘匿していたのではなかったか。


「構わん。既に日本国上層部には事情を伝えている。その上で、正式な訪問だからな」

「ああ、つまり」

「援軍の要請、ということになる」

 なるほど、と思いつつ視線は隣の幼女に。レベル193の探索者がいれば攻略も可能では? と思ったからだ。


「鑑定持ちであったな。今の私のレベルは貴殿のアドバイスを元に一層を攻略した結果だ。元は180だったのだが、このレベルになってから一度に10以上も上がるとはな。しかし、それでも二層以降は私一人では攻略できんかった」

 なるほど。一応アドバイス通りにはしたようだが。


 それにしてもレベル180から193まで上がるということは、一層の敵、というかボスがかなり強力だな。ええと、計算上は……、350? なるほど、これは確かにきついかも。


 とはいえ、レベル1の奴が主導で倒せば一発でカンストする経験値が入るので、以降は比較的楽勝だと思うのだが。


「ラファエル? 出来るだけレベルが低い奴にやらせた方が良いって言わなかったっけ?」

「勘弁してくれキョウヤ。信頼できるレベル1などいないんだ。どこの馬の骨とも分からない奴、いや、分かっていたとしても、急激にレベルを上げさせて良からぬ思想に走られたらどうする。対抗手段の無い状態で無警戒に出来ることではない」


 言われてみれば確かに。

 俺の場合も家族や、自衛隊という組織にある程度均等に振っていた。深く考えたわけでも無かったが、それでも無意識に警戒していたのかもしれない。巳波の件もあったしな。


「納得。けど、レベル帯が300前後だとするとウチのダンジョンよりきつそうだな。どうしようかな」

 援軍に行くのもいいけど、目の前の二人のレベルを上げて攻略して貰った方がいいだろうか。あまり、強力なダンジョンを一人で占有するのもそれはそれで考えものだし。


「お前らのレベルを上げてやることもできるけど?」

 米国くんだりまで行くのが面倒くさい。経験値共有でレベルを上げて後勝手に宜しくとした方が楽なのだが。

 どうせ経験値は腐るほど余っていることだし。


「それは出来ない、というか勘弁してくれ。現状を鑑みれば我儘と取られるかもしれないが、それでも永い間鍛えて今の私がいるのだ。他人に手軽に上げられたのでは、これまでの私の立つ瀬がない」

「同じく。人に与えられたのでは、本来の意味で魂の修練にならん。レベル上げの支援という事であれば受け取るが、まるっきり借り物というのであればそれは話が違う」


 態度は頑なである。宗教人に教義を否定することを強要することは出来ないか。

 説得は時間の無駄だな。

 あんまりやりたくはないが、仕方がない。米国が滅ぶと影響でかいしなー。


「わかった。ところで俺の国籍はまだ復帰してなくて、パスポートも無いんだけど?」

「不要だ。既に米国と日本国政府の間で話はついている。最寄りの米軍基地から直接向かう」

「後、飛行機嫌いなんだけど」

 さすがに我儘が過ぎるだろうか。けど、高所恐怖症もあってマジで苦手なのだ。会社の国外出張で何回か仕方なく乗ったことはあるが、嫌いなものは嫌いである。出来るだけ乗りたくない。


「ふふ、ははは、ダンジョンで幾度となく死んでるくせに、今更高いところが怖いと?」

「少なくともダンジョンで高所を巡る場所があったら、攻略を諦めていただろう程度には」

 本当にそれは幸いだった。とはいえ実際にあったら文句言いながら我慢していたかもしれないが。


 ただ、本能的な恐怖に抗うというのは結構大変なのだ。


「許可があるって言うなら、勝手に入国しても怒られないか?」

「渡航手段が他にあると? あまり時間が掛かるようでは困るが。期限まで50日程しかない」

「1秒あればいいよ。樋口さん。そういう訳なんで、政府には救援に向かったとお伝え下さい」

「え? あ、はい」

 状況を理解している者は一人もいない。


 俺は戸惑うラファエルとジブリールの肩に手をやると、ニューヨークまで転移を行った。




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