第43話 満貫成就




 人類を卒業してしまったらしいが、特にその実感も無いまま現れた通路を進み、ボス部屋の前に辿り着いていた。


 肉体の死からの開放とはどういう意味だろうか?

 不老不死になった?

 それともダンジョン外でもリスポーンするとか?


 今一つ意味は分からなかったが、確認のために外で死ぬのもどうかと思う。


 まあ、わざわざ確かめなくともいずれ分かる日も来るだろう。


 ボス部屋の中では黒いドラゴンが寝そべっている。

 予想通り黒竜である。


 ステータスは以下の通り。


 名前  黒竜

 レベル 251

 スキル 竜の咆哮(Lv.9) 黒竜の吐息(Lv.9) 分裂(Lv.9)

 称号  水を統べる者


 黒竜の吐息 …… Lv×100万/秒の水属性範囲攻撃。


 水を統べる者 …… 水属性被ダメージ無効化。水属性与ダメージ100%up。


 上の層とさして変わらない。分裂があるので、火力が出せないと倒しきれない厄介さはあるが、正直レベルが二桁も違うと、雑魚敵と大差が無いのだ。


 秒間100万、称号の効果で200万という途方もないダメージを叩きだすブレスも、今となってはそよ風と変わらない。


 何せ、HPが1,000億を超えているのだ。攻撃力もそれに比例して上がっているだろう。

 例え相殺されようが、一撃でオーバーキルである。緊張感も何もない。


 無造作にボス部屋に侵入する。黒竜が即座にブレスの体勢に入るが、最早無限収納で防御する必要も無い。


 音速を越える速度で射出される水のブレス。

 物理的な威力だけを考えれば、被弾と同時に人体など粉々になるであろうに、風呂でシャワーを浴びている程度にしか感じない。


 黒竜のブレスも所詮は水を高速で打ち出すだけのようで、回収したところで使い道もなさそうである。なのでそのまま収納もせずに黒竜に向かって歩を詰める。


 竜はブレス中にあまり動かない。

 多分、そういう仕様なのだろう。青龍は厄介だったが、通常ボスは今思うと可愛いものである。


「せいっ」

 軽い掛け声と共に足をビンタすると、巨大質量で轢き潰されたように一撃でひき肉に変わり、次の瞬間には消滅して宝箱がドロップした。


「うへぇ。ちょっと強くなりすぎ?」

 倒す感慨も何もない。宝箱を無限収納にしまうと、次の階層への通路に目をやる。


「五層で終わりかと思ったんだけど」

 五行モチーフだから、という根拠しかなかったが。このレベルなら、どんな階層でも大抵ゴリ押せるだろう。


 さっさと進めてしまおうと、階段を降りる。


 九十九折れのいつもの階段。

 思えばここ二か月で一体どのくらいこの階段を上り下りしたのか。

 家で過ごした時間より、階段を上り下りしていた時間の方が長い気がする。


「そもそも、一々階段作らないで欲しいよな。面倒くさい」

 通路一本で繋いでも良いではないか。

 階段にするにしても律儀に100段も必要ないだろうに。


 周回要素のあるゲームではこういう小さなストレスが原因でゲーム離れが起きるのだ。

 製作者には是非とも改善してもらいたい。


 その製作者が、数多の来訪を望んでいるのであれば、という注釈付きではあるが。


 階段を下りた先、10m程の通路の中央に階層移動用のポータル。

 取り敢えずそれは無視して、六階層の様子見に行く。


 通路とフロアの境界から奥を覗くと、なにやら円形の部屋になっており、中央に直径3mほどの光る球体が浮いている。


 真っ白い部屋で、他には何もない。

 何もないが、こちらを見て笑みを浮かべている奴がいる。


 反射的に鑑定を使う。


 名前  名称未設定

 レベル 1

 ロール 化身

 スキル 降霊(Lv.9) 不老(Lv.9) 不死(Lv.9) 検索(Lv.9)


 降霊 …… 上位生命体を肉体に降ろせる。

 不老 …… 経年劣化しない。

 不死 …… 死なない。

 検索 …… 任意の知識を検索できる。回答があるとは限らない。


 ツッコミどころ満載である。

 そもそも、なんだこいつ? ロールがあるので敵性体ではないのだろうか。


 レベル1でスキルがカンストしているというのも妙だ。

 名称未設定って、どういうこと?


 外見からして、普通の人間ではない。というか、そもそも生物学的に人類ではない。


 手足は2本ずつで、直立二足歩行をしそうな見た目ではあるし、関節の方向も人間と同じではあるが、おしりから腕くらいの太さで長さ2mはあるツルツルとした尻尾が生えている。


 頭部も髪が無い代わりにヒダというか葉っぱのようなというか、薄いグリーンのものが折り重なるように生えてる。そのワカメみたいなヒダ(?)は後頭部から背骨沿いに尻尾の付け根あたりまで生えていた。


 体毛といえる体毛はなく、ヒダ以外の肌は白く、てらてらと滑らか。

 尻尾を除く五体のバランスは人間に近いが、比較的手足が大きい。

 身長は130~140cmくらいだろうか。李空よりちょっと大きいが、栗花よりは小さいといったところ。


 顔のサイズの割に大きな瞳は薄いブルーで、瞳孔が縦に長い。

 体表がてらてらしていることといい、全体的にトカゲっぽい。


 服に類するものは見えないが、股間に生殖器のようなものも見えないので、男か女かも良く分からない。


 ただ、口元は笑っている。

 笑って、こちらをじっと見ている。


「こわー」

 未知との遭遇である。


 遂に人類以外の別種の知的生命体と邂逅したのだ。このダンジョンの奥で。

 人間型の敵性体としてはゴブリンやオークもいるらしいが、会ったことないし、奴らには人類と意思疎通できるほどの知性はないらしい。こいつは明らかに目に知性が宿っている。


 ファーストコンタクトは慎重にしなければ……、なんて殊勝な思いは特に無かった。


 ずかずかとフロア内に侵入すると、ぺたりと床に座っている得体のしれない生物の前にしゃがんで、顔を覗き込む。


「お前がこのダンジョンの製作者か?」

 言語が通じるかどうか、なんて発想は無かった。取り敢えず頷いたらぶん殴ろうとだけ考えていた。


 この約二か月の事を思えば、その程度の権利はあるはずだ。

 今のレベルで殴れてしまえば、殺してしまうというのも頭から抜け落ちていたが。


「チガウ。ワタシ、ダンジョンのビヒン」

 たどたどしくはあるが、完全に日本語だった。異生物が話した母国語に違和感を覚えて、少しだけ頭が冷える。


「ビヒン? 備品? ダンジョンの一部ってことか?」

「ソウ。カミサマ、ダンジョンをツクッタ。ソノトキ、ワタシもツクッタ。ズット、ズット、マッテイタ」

「何を?」


「アナタを。コウリャクシャがデルのヲ。ヨウヤクキテクレテ、ウレシイ」

 微笑みに邪気は無く、ただ屈託なく笑う子供のようだ。


 それにしても、ダンジョンを作ったのは神様か。神様ってどうやったら会えるんだろう。人類を卒業した今なら直接会って殴れないだろうか。


「そりゃおめでとう。で、攻略者が来たら何をするんだ?」

「カミサマからのデンゴンがアル」

 よたよたと立ち上がると、天井を見上げて、一言口にする。


「コウレイ」

 スキルの一番目にあった奴だ。降霊。上位存在を降ろす、だったか。ロールが化身だが、まさに神のアバター(化身)として作られた存在?


 顔が元の位置に戻ると、それまでの屈託なさが一切消え、非常に人間臭い表情となる。なんというか、おっさん臭いというか。


「ははは、おめでとう! やあ、やあ、よくぞこの超高難度チュートリアルダンジョンをクリアしてくれた、凍野杏弥君。君の活躍はずっと見させてもらっていたよ。実に楽しませてもらった!」

「ほぅ」

 どうやら神様が降臨中らしい。なんだか話し方も俗な感じだなー、この神様。


「まさか、単独でクリアしてしまうとはね! あまりの脳筋プレイに、あちらでも君は大人気だったよ。他の神々も大いに笑わせてもらった。折角預言者のロールを預けたというのに、まさか自力で攻略してしまうとは!」

 すげえ馬鹿にされてない? 何? 何か間違ってたか俺? 間違ってるのはダンジョンの構成だろ。


「ん? ああ、そうだよね。わからないから頑張ったんだもんね。失礼した。いやぁ、製作者側の意図としては、預言者の初期スキル神託のLvを上げて、情報を一般公開することで、人類全体の底上げをした上で、一丸となって攻略することを想定していたんだけど。何? どうやってスキルレベルを上げるのかって? 分かってるでしょう?


君が脳内アナウンスと呼ぶ神の声を複数回聞けばいいんだよ。それほどハードルを上げたつもりは無かったのだけどね。ああ、君は例外的な特典を得た場合にしか聞こえないと勘違いしていたんだね。けれど、思い出してみて欲しい。それ以外でも神託はあったはずだよ。そう、ダンジョンに入った直後だ。


おや、顔色が悪い。大丈夫? 疲れたなら座っても良いよ。神の御前などと畏まる必要もないし。今や君も同じ魂の位階に達したんだから。そう、同朋と言ってもいいだろうね。それで、ああ、そうだ、スキルLv上げの話だったね。新たなダンジョンに入れば同様のアナウンスは聞こえる。何のために世界中にダンジョンが乱立していると思っているんだい?


預言者たる君が、数多のダンジョンに入って神託のスキルLvを上げるために用意したんだよ。まあ、確かに国家の動きも気の毒ではあったけれど、普通に考えれば攻略不能なダンジョンがあれば、よりレベルの低いダンジョンに入ってレベル上げをするものだろう? 初期レベルでラストダンジョンに挑み続けるような真似、まともな人間ならするわけがないもの。


レベルが上げられるかは置いといても、ダンジョンを攻略するための手がかりを他のダンジョンに求めるのが常識的な対応だと私達は考えていたんだ。


そういう常識的な対応の結果、別のダンジョンを訪れ、幾度か繰り返すうちに神託のレベルが上がり、ダンジョンについての理解が深まると共に、その情報を公開してくれることを期待していたんだよ。まあ、そう落ち込まないで。すれ違いはあったけど、結果的には僥倖だったよ。まさかチュートリアルダンジョンで神の位階にまで魂魄を強化しきるなんてね。


6300万年前は二階層止まりだった。2億年前は五階層までいったが、結局世界はダンジョンに呑まれた。2億5000万年前は全てが失敗だった。3億7000万年前は四層まで行ったが、そこで諦めてしまった。4億5000万年前は攻略には成功したが、神の位階に到達する者は現れなかった。一部の攻略者以外は滅ぶしかなく、結局は時代に呑まれていった。


しかし、君ならもう一つの初心者用ダンジョンも問題ないね。ふぅむ、突出した個による一点突破。あまり想定はしていなかったけど、これはこれで面白いな。何? 何が目的だって? ミトラ教徒に聞いてないかい? あそこはまだ教義に残ってるはずだけど。信用してない? はぁ、信用云々は別にして古来からダンジョンに関わってきたことは聞いたんだろう? だったら情報は貰った方がよかったんじゃ?


ああ、良いよ良いよ。そんな性格だからこそ、ここまでこれたんだと思うよ。 それで私達の目的だっけ? それは同朋を産むということ。ダンジョンを使い、魂魄を鍛え、肉体に依存せぬ生命体への進化を促す。既存の宗教にも似たような思想は含まれているでしょ? 神の位階に到達するための修練場。ダンジョンとはそれを数値化し、生命体をより高みに導くための補助装置。神が己の場所まで生命を導く試練そのものだよ。


その性質上、当然攻略は困難を極める。一方で攻略そのものは特に重要視はされてない。その過程で魂魄を鍛えることこそが目的だからね。なら時間制限はいらない? そうしてしまえば必死にならないでしょ。怠惰の中でダンジョンの利益だけを貪り、結局行きつく果ては緩やかな亡びさ。まあ、今回はは少しばかり期限が短かったんじゃ? という意見もあるにはあったけどね。


なあに、君のダンジョン攻略と同じだよ。トライアンドエラー。私たちもまた同朋を生み出すために繰り返しているんだ。同朋を生み出す理由? それが生命が至るべき、目指すべき必然だからだよ。肉体の軛から逃れられなければ、種としていずれ必ず滅びゆく。亡びを否定してこその生命だよ。いずれ亡びると知りつつ、それに抗わないというのであれば、その時点でそれは生命とは言えないよね。それじゃあ、ただの物理現象の一形態に過ぎなくなる。


君もそうだろう? 必然とも言える亡びを否定するために、幾度死するもそれに抗った。やり方は独創的ではあったけど、誰に恥じることでもない。君は成し遂げた。それが全てさ。さあ、このダンジョンコアに触れ、ダンジョンを我が物とするといい。細かい話はいらないよ。触れれば分かる。それで氾濫も止められる。


ところで気付いてた? ダンジョンってもの扱いだから無限収納に収められるんだよ? 収納空間内は時間停止するから、無限収納を手に入れた時点で、まず試すべきはそこだったかもね? あははは」


 ……情報量が、情報量が多い。


 え、何? 地球の歴史上の大量絶滅、ビッグ5ってダンジョンのせいだったの? 隕石とか、火山噴火じゃなくて? 絶滅したからそのニッチに新たな種が繁栄したって話じゃなかったっけ? ダンジョンの氾濫で新種の生物が出てきて、既存の生命体を駆逐してたってこと? じゃあ、ダンジョンがそもそもの破壊と創生を担ってきたと? っていうかダンジョン攻略をするような知的生命体が、少なくとも五回は地球上で誕生してたという事?


 頭がグラグラする。

 そして、合間合間で凄いディスってくるこの神様。

 なんだよ独創的って。俺にとっては正道だったよ。

 ダンジョンが収納できるって、そんなの試そうとも思わんわ!

 …………くそ、その手があったかぁあああ!!


 会えたら一発殴ろうと思ってたが、そんなことを忘れるほどの情報に頭がついていかない。レベルが上がっても、ロールが現人神になっても別に頭は良くなってないようだ。四十路のおっさんの衰え始めた脳みそでは、処理が追いつかない。


「はぁ、よくわからんが、この玉っころに触れば攻略完了なんだな」

「うん。そろそろこの化身が限界だから私はお暇するけど、知りたいことがあればこれのスキルで大抵のことは知ることが出来るはずだ。君にあげるから、上手く使ってよ」

「使うって」


「人類を救いたいんでしょう? 根っこの目的は平凡だけど、そのために世界を敵に回すほどの強大な覚悟を持てるんだ。同じ理由で世界を救う事も厭わないはずだ」

「神様は、その方が都合がいいってことか?」


「どちらでもいいかな。三次元の肉体に縛られる君等と違って、私達は高次元存在故に、時間経過を俯瞰的に観測できる。駄目だったら次を試してみるだけのことだよ。君達には永遠に等しい時間経過も私達にとっては一瞬の事だ」


「邪魔するとかってんじゃなきゃいいや」

 高次元存在か。殴りに行くのも大変だなこりゃ。今殴ったところで、このヘンテコ生物が痛いだけだろうし。


「うん。君の活躍を楽しみにしているよ。では、次は私達の領域で会おう。なに、君の主観時間でたかだか1000万年かそこら。あっと言う間だよ」

「気の遠くなる話だ」

「ふふふ、私の名はヨグ=ソトース。さらばだ、新たな同朋」

 最後に名を名乗って神様は去っていった。


 ――っていうか、クトゥルフ神話かよ! おもっくそ邪神じゃねーか! しかもかなり高位な。

 あれは創作神話のはずだが、やはり人間の無意識化に神が干渉して書かせたものなのか。SUN値がごっそり持っていかれた気分だ。


「……なんだかどっと疲れたな」

 とにかく、さっさと攻略完了しよう。

 力なく部屋中央の球体に触れると、その瞬間ダンジョンの攻略が完了した。


 日付が変わって10/30。

 ダンジョンが発見されてから、75日目の事であった。



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