第38話 国内動静




 都内某所。

 50人ほどが入れる会議室に、錚々たる顔ぶれが揃っていた。

 内閣総理大臣を筆頭に、官房長官、各省の大臣と次官、陸自から統合幕僚長、警察庁長官、警視総監等。国を運営する政府のトップに、自衛隊、警察のトップ級の面々が集まっていた。


 議題は、政権与党のある議員の家が襲撃された件についてとされていた。

 大々的なニュースにこそなっていないが、大臣経験のある現役の国会議員の家が襲撃されたとなれば、警備を派遣している警視庁の面目は丸つぶれである。


 結果的に人的な被害こそ無かったものの、元大臣の怒りは相当であり、名誉挽回の為にも警視庁を上げて犯人捜しに血眼になっているところだった。


 同日には暴力団事務所への討入り騒動などもあり、都内の警察関係者はピリピリしているところに今回の呼出である。事前に詳細が知らされていなかった警察関係者は、総理大臣以下の顔ぶれに何事かと困惑の色を隠せずにいた。


「揃ったようですので始めさせていただきます。今回お集まり頂いたのは、国民の安全に関する重大な懸念事項が発生した為、情報共有と対応を審議するために関係する皆様にお集まりいただきました。予めお願いですが、内容が内容であるため、外部への情報流出は厳に慎むようにお願い致します。手元の資料も終了後回収させていただきますので、重ねて宜しくお願い致します」


 司会の男の発言に、警察庁長官が手を挙げる。


「すまない。私は加戸元大臣宅襲撃の件で伺ったのだが、間違いはないだろうか?」

 事前に聞いていた内容が、国民の安全云々と結びつかず質問すると、司会の男は首肯した。


「はい、間違いございません。それを含めましての議題で御座います。まず、資料内容をご説明させて頂ければと思いますが」

「わかった。話の腰を折って済まなかった」

 取り敢えず来る場所を間違えたわけではないようだが、と小首を傾げながら各席に配られた資料に目を落とす。


 題して、『超高難易度ダンジョンとその危険性について』。


「この資料は陸自が民間から供出された情報を元に、陸自の幕僚本部と内調で内容を精査した上で作成したものとなります。緊急性の観点から粗々な分析とはなりますが、重要性から情報共有が早い方が好ましいと判断した次第であります。衝撃的な内容となりますのでお覚悟の程をお願い致します」


 司会の男はそう言って、前方のスクリーンに一枚目のスライドを出した。手元の資料の一枚目と同じ内容である。居並んだ重鎮たちはそれぞれ好みの方に目を通しながら司会の男の話に耳を傾ける。


「まず、ダンジョンに関する基本的な情報ですが、場所は東北の地方都市のとある民家。詳細については情報漏洩時の混乱が予想されるため伏せさせていただきます。発生時期は今年8/16。ダンジョン発生後当日の内に住人が警察に通報。情報を受け取った陸自が翌日調査隊を派遣しています。


調査を行った隊員の内一名がダンジョン内で死亡。ご存じの無い方の為にご説明しますが、ダンジョン内で死亡した場合は入口に生きた状態で戻されるため、殉職したわけではございません。原因はダンジョン内の敵性体の攻撃を受けたため。その敵性体の姿がこちらです」


 前方のスクリーンに赤竜の動画が映し出される。

 杏弥が調査中に取り溜めていた動画の切り抜きである。フロア内に踏み込んだ杏弥の前方、巨大な赤竜が鎌首も擡げてブレスを放つ。


 数秒でブレスが止み、後には死体も残っていない。静まり返った室内に、ごくりと唾を飲む音が響いた。


「もう一つ、この炎の威力を検証した動画がありますのでご覧ください」

 今度はフロア内に台車で煉瓦の山を持ち込んでいる。同じようにブレスが放たれ、数秒後、人体は当然無く、煉瓦の方もほぼ消滅して床面近くのものが一部溶解した状態で残っていた。


「煉瓦の材質はマグネシアだそうです。工業用の炉に使われる耐火レンガで融点2,800℃、沸点3,600℃の物質です。それを数秒で揮発させていることから、直撃を受けた場合に受ける熱量は、広島型の原爆を爆心地以上であると推察されます」


 範囲は限定的とはいえ、核爆弾以上の攻撃を放つ生物。


「手元の資料の次のページに、この敵性体が地上に出てきた場合の想定被害を記載しております。この炎による攻撃は最大3分間継続し、その間敵性体自体も縦横に動き回れるとのことから、当該ダンジョンのある地方都市は壊滅します。人口23万人の九割以上は死亡する見込みです」


「自衛隊による迎撃は?」

 ある大臣の発言。


「対ドラゴンの防衛計画は立案しておりますが、市街地でのミサイル攻撃が必須となる事から、市内全域からの住人の退去はマストとなります。避難計画については関係省庁と詰める必要がございます。氾濫が発生したのを確認してから発射する他ない以上、すべてが想定通りに行ったとしても家屋等、ダンジョン周辺地域の建造物は壊滅状態になることは必至です」


「攻略はできないのか?」

 別の大臣の言葉に、司会の男は肩を竦める。


「自衛隊の装備では非常に難しいと言わざるを得ません。範囲こそ限定的とはいえ、核と同レベルの熱量攻撃が3分間継続するという時点で、まず耐久出来る盾が存在せず、ダンジョンという特性上、強力な武器を持ち込むことが困難なためです。防衛大臣、何か付け加えることがありますでしょうか」


「このドラゴンだけであれば倒すことは可能だ。可能となった。しかし、問題はその後だ。二層以降の攻略は自衛隊では不可能との結論となった」


 思わせぶりな言葉に、事情を知らない者達は首を傾げる。


「では、続いて二層の情報に移りたいと思います」


 そう言って、司会の男は二層の即死攻撃をしてくる雑魚敵。そして、緑竜の情報を開示する。

 悪辣なスキルの内容に顔色が悪くなる面々。何より雑魚敵の想定される総数が問題だ。


 掠っただけで90%の確率で即死する生物が5,500体も野に放たれる。動きも早く、補足するのも困難な鳥に、地中に潜伏して自爆するモグラ。


 更に三層。悪夢としか言いようのないアンデッド達の群れ。しかも、時間と共に無限に湧き出る。


 四層。ゴーレムの群れ。


「まるで地獄だな」

 説明された大臣達も顔が青い。


「正に。付け加えますと、最もレベルの低い雑魚敵で110。四層のゴーレムは220。ボスのドラゴンは251。現在陸自で攻略している他のダンジョンでは最高レベルの敵でも80程度です。


レベルが単純に氾濫した際の脅威度の指標にはなりえませんが、どれだけ絶望的な状況かご理解いただけるのではないかと思います。これら各階層の情報から、実際に氾濫が発生した際は遅滞防衛線に終始し、散らばった敵性体を各個撃破する他ないとの陸自幕僚本部からの意見でした。


一般的な小火器では対応できない公算が高く、重火器をそこかしこで運用する事となり、広範な地域が焦土と化すでしょう」


 平たく言えば手に負えない、である。


「現状の装備では犠牲者はベストケースで数百万人。失う国土は本州の三分の一。最悪のケースは本州の放棄となっております」


「米軍に救援の要請は?」

 その言葉に、外務相が首を振る。


「氾濫が確認され次第撤退するそうだ。詳しくは聞けなかったが、米国も深刻な状況が想定されて他国に割く戦力は無いそうだ」

「なんてこったい」


「氾濫と同時に核ミサイルによる飽和攻撃を具申されたよ。少なくとも米軍は同じケースではその方針で日本国内であっても同様の対応をしたいと許可を求めて来ています。最悪勝手に打ち込まれる可能性も」

「まじかよ」


 ざわざわと会議室が俄かに騒がしくなる。

 司会の男がその様子を一通り眺めた後、パンパンと手を叩いて耳目を集める。


「さて、悲観的な話ばかりしてきましたが、ここまでの話で疑問を抱いた方はおりませんでしたでしょうか? 自衛隊が攻略を放棄したはずのダンジョンで、なぜ二層以降の情報があるのかということに。ダンジョンというのは階層ごとにボスが設定され、倒さなければ次の階層に進めないのにもかかわらず、です」


 ダンジョンについて多少の知識があった何名かが、そう言えばという表情になる。

 そして、今ほど説明された地獄というのも生ぬるいダンジョンを思い返す。


「……攻略をすすめている奴がいるのか?」

 呟きは誰のものだったか。


 しかし、内容を嚥下することが出来ない。方法が分からない。装備の整った自衛隊で無理なのだ。 ならば誰が? 他国の工作員? 米軍?


「そう。自衛隊が諦めたダンジョンを、無謀ともいえる挑戦を継続し、少しずつ攻略を進めている方がいます。幾度となくダンジョン内で死亡を繰り返し、それでも諦めることなくひた向きに。彼はこのダンジョンが発生した民家の家主です。家には妻子がおります。


そして不幸にも発生時に偶然子供がダンジョンに足を踏み入れてしまった。知識のない方にご説明しますが、氾濫した際、ダンジョンから出た敵性体はダンジョンに立ち入ったものを真っ先に狙うそうです。自衛隊に諦められ、氾濫後も清算が無いと判断した家主は、妻子を守るために幾多の死を厭わずに攻略を続けているのです」


 司会の言葉に、シン……と会場が静まり返る。


 その中で防衛大臣が口を開いた。


「彼が文字通り命を張って得た知識を提供して貰った事により、自衛隊も格段に強化された。お陰で国内のダンジョンは件のもの以外は氾濫前に制圧が完了する目途が立ったという事実をお伝えしておく。加えて言うならば、彼以外にあのダンジョンを攻略できるものはいないと断言する」


 攻略できなければ日本が壊滅するか、或いは自国に核ミサイルを打ち込む必要のあるダンジョン。

 その行く末が、一人の男に掛かっているとの宣言。


 それを受けて、総理大臣が口を開く。


「さて、長々と状況の説明をしてきましたが、最後にお願いとなります。関係各省は彼のダンジョン攻略について一切妨げることの無いようにお願いします。比喩でもなんでもなく、国家の一大事です。また、防衛大臣は関係各省と協力して万が一の場合の住民の避難計画と防衛計画の策定をお願いします。以上」


 警察庁長官と、警視総監は会議が終わり、顔を見合わせる。

 つまり、元大臣の家を襲撃したというのが?


「捜査は進めて頂いて結構ですが、直接的な介入は一月先送りをお願いしますね」

 司会の男の去り際の耳打ち。


 自体の大きさに、二人はただ頷くことしかできないのだった。



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