第36話 岡目八目




 都内への出張も済み、星道会については様子見である。

 実行部隊のヤクザ含めてお仕置きしたので、損得勘定がまともにできるのであれば手出しはして来ないだろう。しかし、世の中には一定数、それらを度外視で行動する輩もいるので油断は出来ない。


 暫くは家族一同家に引き籠る予定だ。誘拐騒ぎで心に傷を負って外出出来そうにもない、という言い訳にしてある。実際まるきり嘘というわけでもなく、特に桃はお外が怖いと言っている。


 その様子を見るとお仕置きが足りなかったかなぁと思わなくも無いが、親として法を少しばかり犯すことがあっても、最低限人としての道理は踏み外さないように生きたいものである。


 こちらの情報を流していた議員にも釘は刺したし、そもそも流す先が普通に考えれば委縮するだろう。あれだけやってまだ向かってくるならば、仕方がない。


 そう、仕方がないってやつである。


 その時はこちらも覚悟を決めよう。放っておけば良いのに、追い詰めた奴が悪いのだ。

 何が悪いって主に頭が。


「んで、なーんでお前は帰んないんだよ」

 銀髪の少女。年齢は自己申告で18。JKじゃねーか。当然のように学校には行ってないらしいが。


 不法侵入で警察に突き出したのに、次の日にはケロッとした顔で娑婆に戻ってきやがる。高レベル隠密持ち。要はこいつを入れて置ける檻が無い。拘束しようにも存在を感知できなくなるのでは、一般人には対処のしようもない。リスポーンループでレベルも20台まで下げたが、人類の大半には認識されないままだ。


 そうそう、今更であるがリスポーンでレベルが下がる仕様が確認できた。1回1ずつ下がるらしい。レベルを上げる前に不撓不屈の称号を得ていたので、自分では確認のしようがなかったのだ。復讐心もあったが、繰り返しリスポーンさせたのはレベルを下げて隠密が効く対象を減らすためでもあったのだが。


 結果として精神がぶっ壊れたのか、何かに目覚めてしまったのか、人が変わったようになってしまって途中で止めている。特に良心は痛んでないが、頭が痛い問題ではある。


「ご主人様の元にいたい。ご主人様のお役に立ちたい。迷惑かけた分、ご奉仕したい」

 ほらほら、栗花さんが凄い目でこちら見てますよ? 別の意味で家庭の平穏を乱すのは止めてくれないかなぁ。


「そういうの良いから家に帰りなさい」

「自分を殺そうとした相手なのに許す寛大さ。そこも好き。きゃっ」

 頬を染めるな。好きとかいうな。俺はどちらかと言わずはっきり大嫌いだぞ。別に許してないしな。


「お前が視界に入ってると落ち着かないんだよ。いいから、ハウスハウス」

 俺にとってはほぼ無害だが、家族はそうも行かない。危なっかしいスキルも持ってるし。どこか遠くにいて欲しい。出来れば勝手に野垂れ死にして欲しい。


「ねぇ、そろそろイチャ付くの止めて事情話してよ」

「イチャついてねえ。っていうか、俺が聞きたい。どうしてこうなった」

 どうしてこうなった。本当に、何が悪かったんだ。


 事情を掻い摘んで栗花に説明すると、兌に行った復讐? 八つ当たり? 拷問? 虐待? の内容にドン引きされる。なんでや、こちとら殺されてんやぞ。バツとしては温いくらいだと思ってたんだが。


「あー、そりゃあ、そんな目にあったら壊れちゃうよねー。ねぇ、杏弥。自分の尺度で物事を判断しない方がいいよ? 普通の人は必ず生き返るからって、何遍も死ぬような目にあうなんて耐えられないのよ。死って生物にとって最大のストレスなんだからさ」

 何故か栗花が兌に同情的である。だから、こいつは俺を殺して桃を攫おうとした奴なわけだが。


「まあ、分かるけど。結局無事だしね。未遂に終わった犯罪、しかも実行犯ではなく教唆だけで受けるには、ちょっと酷過ぎるというか」

 え、そう?


 んー、やばいな。ダンジョンに潜り過ぎて感覚がバグってるんだろうか。常識のラインがずれてる?


「えーっと、ドゥイちゃん? もう私たちに危害を加える気は無いのよね?」

「勿論。ご主人様は絶対。奥様達も保護の対象。命に代えても守る。例え相手が誰であれ」

「分かったわ。じゃあ、不法侵入の被害届は取り下げてくるわ。余罪は知らないけど」


「おい、大丈夫か?」

 さすがにいきなり信用し過ぎでは?

「大丈夫よ。良く分からないけど、信じられるって分かるから」

 何か確信めいたものがあるらしい。ロールの隠し効果だろうか。兌のフレンドリーファイアみたいな。それとも女の勘か。


「奥様! とても優しい。素敵。ご主人様とお似合い」

「でも、杏弥に手を出したら殺すからね?」

 にこやかに、特大級の釘を刺すのも忘れないのだった。




 ◇◇◇◆◆◆




 10/23。

 おかしな奴に好かれるという突発的なイベントはありつつも、今日も今日とてダンジョン攻略である。

 おかしなやりとりは分身がやっていて、本体である俺はまだ把握していないのだが、どうやら兌が居付く事になったようだ。


 自分を殺しに来た奴と同居とか、どんな図太い神経をしているのだろう。我が妻ながら良く分からないが、当家の最高意思決定者の発言は重いのだ。


 まあ、こちらでフォローする他あるまい。


 四層の攻略は完全に行き詰っていた。

 順当にやっていたのではどう考えても時間が足りないし、何かしら今までの攻略情報からヒントが無いだろうか。


 このダンジョンの設計者は性格が悪い。


 あの手この手で攻略者を貶めて、多分どこかで酒でも飲みながら醜態を眺めてゲラゲラと笑っているのだ。何か俺がやらかす度に嘲笑している顔が思い浮かぶようである。


 ならば、探索者の精神に一番ダメージを与えられそうなギミックとは?


 ふと、背後から気配がしたので振り返る。


「きちゃった」

 もじもじと立っている兌。何のつもりか、泣き叫んで色々漏らしちゃまずいものまで漏らしながら命乞いしていたのに、その最悪の記憶の場所に自分から来るとは。


 無限収納にいつの間にか分身からの連絡が入っている。考え事をしていて気付いていなかった。


「ご主人様が困ってるって聞いたから。ご主人様に。……あれ? なんでここにご主人様が? 双子?」

 分身の種明かしはしてないので、単純に疑問だったようだ。まあ、別に教える必要もあるまい。


「俺に不可能はない」

「さすが、ご主人様。素敵。濡れちゃいそう」

 うっとりした視線をこちらに向けてくる。いや、そういうの良いから。


「まあいい。栗花が認めたなら取り敢えず俺からは何もないが。そうだな、兌。ダンジョン探索者としては俺より経験が長いだろうから、何か思い当たる事があったら教えてくれ」

 使えるものは何でも使う。兎に角、攻略してしまわなければ破滅が待っているのだ。


 掻い摘んでダンジョンの構成を説明して、最奥まで行ってもダミーらしきボスがいるだけで次の階層への階段や通路が現れなかったことを説明した。


 兌は少し考える素振りをした後、ぽつりぽつりと自分の意見を口にする。


「このダンジョンは私の知っているダンジョンとは全く違うから、何処まで経験が通用するか分からないけど……。一本道系のフロアであれば最奥にボスが待ち構えているのが一般的。迷宮系であれば隠し通路が存在する可能性もあるけれど。ご主人様がいう通り、性格が悪いというのなら、敢えてセオリーを外して何処かに隠し通路を作る可能性もあるかもしれない」


 そう、それが一番困るのだ。

 虱潰し程嫌になる作業はない。しかも余りにも遠大な距離である。ぶっちゃけ面倒くさい。三層みたいにマッピングも出来ないし、見落としがあっても確かめようもないのだ。


 現実的には人数を掛けてローラー作戦だが、そんな人員はいない。自衛隊に人員借りるにしても、このフロアのレベルについていけるようになるまでレベリングしなくては。いや、できるっちゃできるが。樋口さんにお願いするか? でも、相当な人数を長期間拘束することになるし、他のダンジョン攻略の進捗状況次第になるか?


「もしくは、その虱潰しの探索を全て空振りに終わらせるような、意識の外に隠し通路を設計するか」

 兌の言葉の続き。何気ない呟きに、雷霆を食らったかのうような衝撃が走る。


 ギギギギギ、と音が鳴りそうなほどぎこちなく兌に顔を向ける。

 何かが嵌った音が聞こえた気がした。


「……それだ」

 散々苦労させ、出来るだけ苦しませた後で、何の苦労も要らない場所に正解があったと知る。

 きっと、それがこの階層の仕込みだ。


 三層でも同じことは出来ただろうが、あそこは臭いにのたうち回るという、最悪のギミックがあるので、複数盛り込むのを避けたのだろう。やり過ぎだと思ったのか、一つ一つじっくりと苦労するのを眺めたいと思ったかは分からないが。


 踵を返して階層間の通路に戻る。

 今までの階層間の通路も全く同じ構造で、そういうものだと疑問にも思わなかったが、ここもダンジョンの一部であることには変わりない。


 例えば、四層だと思っていたフロアが丸々ダミーで、精魂尽き果てた後にこの通路に脇道が隠されていたら……。


「あった」

 手で触れなければ分からないようなでっぱり。心眼でみつけたその凸部に触れると、ガコンと音がして、新たな通路が開いた。


 その先はボス部屋になっており、純白の竜がヘソ天して寝ていた。

 緊張感ねーな。

 散々苦労した後で、この様子を見せることで更に探索者の心情を煽る設計なのだろう。


 最大限苦労したわけではないが、最奥まで探索させられた俺にとっても結構これは効く。殺意がどんどんと溢れてくるのを感じる。


「兌。ナイスアドバイス」

「うふ。褒められちゃった。ご褒美にご主人様とこづ――」

 上気した顔で脱ぎ始めた兌を気絶させ、俺はボス部屋へと向かった。


 その日、遂に俺は五階層へと至ったのであった。




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