第35話 天罰覿面
10/21。AM10:22。
東京都内のとある指定暴力団の事務所にカチコミが入った。
襲撃者は少なくとも銃弾二十八発、百か所以上の刃物による斬撃を受けたが、一向に止まる様子も見せず、組員を次々に無力化。
組長の前まで辿り着くと、何事か約束させた後に忽然と姿を消した。
後には男が流したはずの血痕や破れた衣服なども残っておらず、遺留物から個人を特定するのは不可能であった。
冷や汗で全身を濡らした組長は、即座に下部組織を含めた全組員にある通達を出す。
また、同日AM11:12。
政権与党で大臣経験もある議員の自宅に暴漢が押し入った。
警備を瞬時に無力化した男は、議員の頭に銃を突き付けて何事か約束させた。
後々反故にすればいいとその場では口約束をした議員だったが、同日深夜に再び男がより厳重になった警備をすり抜けて現れ、枕元で念を押されることになる。
そして時間は戻って同日PM0:22。
都内外れにある、とある宗教施設。
表向きの看板は仏教由来の新興宗教で、信者数は全国で30万人と発表されている。自己申告で実態は不明だが、金回りが良い事は確かなようで、東京ドーム三個分の敷地に、巨大なお寺風な建物と庭園が作られている。
一般開放はしていないので、近隣からも謎の宗教施設と不審がられているが、宗教法人特有の閉鎖的な環境故に、その実態が外に漏れることも無いようだった。
真実は星道会の極東支部であり、国内最古のダンジョンの所在地である。
近現代で新たに発生したダンジョンではなく、言い伝えによればその成り立ちは大和政権の成立よりも古いと言われている。因みに麦の生家に現れたダンジョンは、現在の日本国政府が把握している中では最古である。
古来から星道会によって管理されており、日本の信徒の鍛錬場を兼ねている。
歴史上幾度か時の権力者に接収されそうになったこともあるが、その度にその権力者は謎の死を遂げるため、何時しか星道会はアンタッチャブルな存在として認知されていた。
日本国領土でダンジョンの発生は殆どなかったため、星道会極東支部が新規ダンジョン攻略や接収といった星道会本来の任務を行う事は少ない。どちらかと言えば、来るべき日に備えてただダンジョンでの訓練、つまりは敵性体の討伐に明け暮れているのだ。
表向きの新興宗教も、ダンジョン探索を行う修験者を金銭的にサポートするためのものである。星道会日本支部長は表の新興宗教の差配と、修験者の管理を行っている。
当人も嘗てはダンジョン探索をしていたが、この場所にあるダンジョンでは既にレベルが頭打ちになってしまっている。大陸にある星道会の本部ダンジョンに行けば伸びしろはあるものの、年齢的に無理も厳しく管理職をやっている形だ。
「支部長、木攻会(ぼっこうかい)が襲撃受けたらしいですよ」
「暴力団なんだから、そう言う事もあるでしょう」
木攻会は謎の男に襲撃された指定暴力団の名前である。星道会とは昔からのつながりがあり、俗世に関与する際の手足の一つとなっている。
「どうもスキル持ちの線が濃厚なようで、問い合わせが来ています」
「知りませんよ。大体うちがどうこうするわけないでしょう。自分を自分で殴るような真似をするとでも?」
「では、そのように回答しておきます」
「ああ、お見舞いの言葉は添えるんですよ」
「承知しました」
秘書の女に告げて、自分は本部からの問い合わせメールに頭を悩ませる。
「兌が音信不通になったから探せ……って、高レベル隠密持ちが自分の意思で隠れてるなら出来るわけないでしょうに。普段極東支部は惰弱だなんだと馬鹿にするくせに、どういうつもりなんだか」
本部から送り込まれてきた少女。
星道会の中でも指折りの実力者である八星の地位に付き、極東支部長など小指であしらえる程度の実力差がある。八星の中でも兌と呼ばれる少女は特に暗殺、諜報に秀でており、その手のスキル持ちの中では世界一の実力者との呼び声も高い。狙われて生き残っているのは、ミトラ教の四大使徒くらいなものである。
「そう言えばミトラ教がまた国内に入ったとの情報もありましたね。やれやれ、本部がお冠ですよこれは。こんな状況なんだから、仲良くすればいいのに」
星道会の思想はどうあれ、支部長はミトラ教と反目している状況が好ましいとは思っていない。平時であれば、そんなものに拘っている暇もあったが、今は有事である。ダンジョンの乱立に人類が一丸となって対処せねば、種そのものの存続も怪しくなる。
「多分、元々はどちらもそういう目的の組織だったと思うんですがね」
反目している組織同士ではあるが、最終的な目標は人類の救済である。手段の違いに拘って目的を達せないなど、本末転倒も良いところである。しかし、理性的で合理的に動ける人間ばかりであれば、そもそもこの世に争いなど起こらない。
願わくば自分に火の粉が掛かりませんように。
ささやかな願いを胸に抱くが、それが叶う事はない。
火の粉どころか、火元そのものが既に施設内に侵入していた。
◇◇◇◆◆◆
支部長がふと、おかしいなと思い書類から顔を上げる。
本部に報告を上げに行った秘書が戻らないし、そもそも昼間は何かと喧騒のある施設内から、何の物音も聞こえない。
「誰か、誰かいないか」
声を上げるが、反応は返ってこない。
「動くな」
静かな少女の声。そして、首筋に振れる冷たい金属の感触。
突然の事に硬直しながら固まっていると、前方の扉が開かれて男が入ってきた。
――見覚えは、ある。
しかし、もう暫く前に死んだはずだ。
極東支部として積極的に関わってはいないが、背後に立っている少女が目の前の男を暗殺するために送り込まれてきたことは知っている。
支部からは精々金を渡した程度だが。
「自己紹介は必要かな、星道会極東支部長、黒田 玄(くろだ げん)」
スーツを着た中年男は、名前を呼ばれて狼狽する黒田に歩み寄る。
黒檀製の机に腰掛けると、黒田を見下ろす酷く冷たい目。少なくとも生きた人間に向ける目ではない。
明確な敵。それも殺すべきと心に誓った殺意の視線だった。
星道会の一人として、時にミトラ教との抗争の矢面に立たされたこともある黒田だが、その時の方が幾分ましな気分だった。今は背後に星道会でも指折りの実力者。目の前には推定レベル400超えの化け物。前門の虎後門の狼でももう少し可愛げがある。
施設内が静かなのは、既に――?
「今の所誰も殺してない」
黒田の真理を読んだかのような言葉。震える声で、黒田は訪ねる。
「な、何が目的ですか? 復讐? しかし、実行したのも計画したのも本部と後ろの兌です。私も極東支部も直接関与してません」
嘘は吐けないが、なんとか言い訳しなければここで死ぬ。それは分かった。
どういう経緯で兌が裏切って、この男、凍野杏弥と一緒にいるのか理解に苦しむが、状況は既に詰んでいて、命乞いをするくらいしかできることはなさそうである。
「それは兌に聞いた。だが、それは問題じゃない。だって、お前らは本部に逆らえないらしいじゃないか。つまり、兌が直接送り込まれず指示だけきた場合は、お前らが俺を、俺の家族を殺しに来たんだろう?」
「そ、それは――」
兌がいるせいで言い訳も出来ない。
「違うのか?」
「ち、違いません。し、しかし! ここであなたが極東支部を壊滅させたとしても、本部から別の刺客が送り込まれるだけですよ! どのみち問題は解決しない! 違いますか?!」
「俺もそう思う。しかしな、黒田さんや。どっちみち同じだというのであれば、俺としては潰しておいた方が敵対戦力は減らせるし、いいんじゃないかと考えるわけだが、どう思う?」
――こいつ、追い込まれ過ぎて自暴自棄になってやがる。
黒田は戦慄した。そして、こんな化け物を仕留めきれずに追い詰めるだけ追い詰めた本部を心底恨んだ。
古より研鑽を詰んできた自分たちがあっさりと追い抜かれたからといって、メンツを潰されたと命まで狙う短絡。
ただのサラリーマンであった男だ。目的を話して引き入れるなり穏当な手段を取れば良かったものの、決定的に反目してしまっている。
当たり前だ。なぜか生きているが、殺されたのだ。更に口ぶりからすると兌の奴は家族まで的に掛けたらしい。キレて当然で、信用や信頼など地に落ちるどころかマントルを貫通して核に達しているだろう。
口先だけでは止まらない。
しかし、葛藤も見える。大量虐殺がしたいわけではないのだろう。だから、言い訳を欲しがっている。そうしなくていい、きっかけを求めているのだ。この男がその気であれば、既に支部ごと消滅しているのではないだろうか。その予感は、恐らく正しい。
黒田は瞬時にそう判断し、杏弥の望む結末について、落としどころを作り出す。
「凍野さん。貴方は別に星道会の謝罪が欲しいわけではないだろう。口先だけの謝罪などしたところで神経を逆撫でするだけだろうし、意味もないから割愛する。貴方が星道会の介入を止めるために取るべき手段だが、極東支部を壊滅させることはお勧めしない。
理由としては、そうなれば決定的に本部のメンツを潰す事になる。宣戦布告と取られるだろう。関係修復は不可能になり、どちらかが亡びるまでの血で血を洗う戦争が始まる。……おそらく、貴方が勝つであろうとは思うが、その後に待つのは平穏ではない。それは保証出来る」
――さあ、頭よ回れ。この化け物を落ち着かせるための一言を、ひねり出せ!
「さすが、宗教法人の長。話が上手いな。そうだな、教えてくれよ。どうすればいいと思う? 星道会はどうやら超法規的な組織らしいし、国家は頼りになりそうもない。反対勢力であるミトラ教に組するのも考えたが、結局対立構造は解消されないし、平穏には程遠いと考えている。なんなら、俺を巡って抗争が激化する可能性すらあるんじゃないかってな」
「見識が深い。私も同意見だ。最終的には凍野さんの知識で強化された組織が覇権を取るだろうが、趨勢をはっきりさせるまでの間にどれだけの期間が掛かり、どれだけの血が流れることか。正直特効薬は無いと思う」
「ある」
黒田の背後から、少女がバッサリと告げる。
「ご主人様が、本部を更地に変えれば宜しいのです。簡単な事でしょう?」
「兌。黙れ」
「はい、ご主人様」
黙れと言われて嬉しそうな兌。っていうか、ご主人様ってなんだよと内心黒田はツッコんだ。
――八星だぞ? 星道会の頂点付近の戦力を、一体どういう手管で寝返らせたのだ?
「それは最終手段だ。力での現状変更は後の禍根となりそうであまりやりたくない。俺にとっては有害極まりない星道会だが、世界のパワーバランスが崩れてそこかしこで勢力争いが起こるような真似は看過しかねる。現在のダンジョン禍について、星道会やミトラ教は少なからず混乱を抑える一助になっているという認識だ。クソ野郎を殺したおかげで、世界的に犠牲者を増やすのは好ましくはない」
いよいよとなれば、徹底的にやるが。言葉の裏にはそんな決意も見え隠れする。
「……では、凍野さん。何か、分かりやすい形で示威行動を起こすべきです。無論、それによる弊害も出るでしょうが、メンツの為だけに手を出すには割があわなすぎると思い知らせる他にありません」
「結局それしかないか」
「ご主人様が星道会を乗っ取るのが一番いいと思う。そうすれば晴れて本当のご主人様」
「黙れ」
「やん」
嬉しそうな声を上げる兌。首に刃物を突き付けたままじゃれるのは辞めて欲しいと願う黒田。
「この支部を粉微塵にするでもいいが、そうなると敵対行動と見られるんだったか? 面倒だな」
「おお、おおおお願いします、後生ですからそれだけはご勘弁をおおお」
「じゃあ、近くに何されてもいい空き地あるか?」
「は、はいぃ。土地だけは余ってますので!」
目配せして、兌を下がらせる杏弥。
良かった、命は助かったと、黒田はほっと胸を撫で降ろしたのだった。
――そして、その日の夜。
極東支部の荘厳な建物の横に、ものの五分で直径500m、深さ1kmの縦穴が出来ることになる。
人智を超えたその所業を事もなげに行った杏弥は、次ちょっかい掛けてきたら極東支部も大陸の本部も同じ目に併せてやると、しっかりと釘を刺して去っていったのだった。
余りの出来事に、黒田は暫くの間、身動きを取ることも出来なかった。
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